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34.王都へ

「うっわぁ!! すごいべすごいべ、人があんなに沢山いるべ!! 見るだよ、フェン!!」

「はいはい。見ていますよ、アンナ」


 馬車が王都の門を潜るなり、向かい側の席についていたアンナが、子供のように……いや、実際子供なんだが……はしゃいでいた。それを、まるで本当の兄……見た目は姉のように見えなくもない……のように優しく見つめるフェン。


 フェンの視線は、まるで本当の親兄弟のような、真の愛情に満ち満ちているような気がする。まぁ、片方が子供だからっつーのもあるんだろうが、不思議なヤツらだよなぁ。まさか本当に、この二人も兄妹だったりするんだろうか?


 ヴィーは国王の妹で、姫さんには行方不明の兄が、ギーグにはギルドの派閥内で対立する義兄がいて、テイルとヘンリーは血の繋がらない義姉弟。最近、周囲の人間関係が複雑で、疑心暗鬼に陥ってしまってるだけなのか……二人そろって金髪碧眼と、見た目もどことなく似ているような気もするけど。


「わぁ、風が気持ち良いべ。ヴェルクには感謝しなっきゃなんねーだな」

「いらねーよ。その代わり、オレが怪我した時は頼むぜ」

「えっへっへ。そんなのお安い御用だべさ」


 実は現在、アンナはあのマスクとフードとを外した状態で、そばかすが残り、垢抜けてなくて少女らしい顔を露にしていたりする。


 アンナが探索で使っていた保護魔術を、オレの中で眠っているハルマッゾの知識を使って改良し、宝石や、その成分を含む鉱物類などの影響からも身を守れるようにしたのだった。本来、探索中は常時かけ続けている消費魔力の少ない魔術だったし、眠る時にさえ対象の鉱物類に気をつけていれば、以降は素顔で自由に歩きまわれるだろう。


 まぁ、ハルマッゾの知識を本格的に利用する一環だったが、上手くいったようで何よりだった。なんだか、アンナよりもフェンの方が嬉しそうにしていて、オレに対する敬意の念が一層深まってしまった気がする。その視線に込められる期待ってのが、少々重い。オレは、そんな偉い人間じゃねぇぞ……。


 とにかく、どうやら「アレ」の実用性も期待できそうだ。


「……? なに、人のことジロジロ見てるだ?」

「別に」


 オレは一言そう言って、馬車の窓から外を見る。確かに、王都は人で賑わっていた。これも恐らく、武術大会の影響だろう。かつて、まだ傭兵だったころにココへは来たことがあるが、流石にここまで賑わってはいなかった。……兵士だけは、たくさんいたが。


 と、今度はアンナが、オレの方をジーッと見ている。正確には、オレの肩の方を、だが。


「……どうした?」

「いやぁ、よく寝てるだなぁ……と思って」

「ふふふ……」


 最初は張り切っていたヴィーだったが、3日間の長旅に疲れたのか、今はオレの肩に頭を乗せて寝入っていた。それを、微笑ましそうに見ているアンナとフェン。……くっ、言いたい事があるなら、言ってくれ。なんか言われるのも癪だが、そうしていられるのも微妙な気分だ。


「……あ、そろそろ着きますよ」


 やがてフェンがそう言って、オレたちの乗った馬車は停留所のある広場へと入っていく。



 ◇



 広場で馬車から降りたオレたちは、とりあえず自前の荷物を降ろして宿へ向かうことにした。本当は、この王都までの道程にはもっと時間がかかると思っていたのだが、オレの知る頃と比べて、街と王都とを繋ぐ街道は遥かに整備されており、意外に早く辿りついてしまった。


 ちなみにヴィーは、アンナに起こされてオレの肩に寄りかかっていたことに気付くと、顔を赤くして恥ずかしがっていた。疲れていたのだろうし、仕方ないと思うんだが。……ま、一応フォローしとくか。


「なに恥ずかしがってるんだ? 別に、年相応に可愛らしい寝顔だったぞ?」

「かっ……!? 馬鹿っ、なに言ってやがる!?」

「なにって、思ったままのことだが……ってかソコのお前ら、その顔やめてくれないか」


 オレとヴィーのやりとりを、またしても暖かい視線で見守る二人に、ついついそんなことを言ってしまう。だがしかし、アンナはオレのその言葉に対して、より一層ニコニコとした笑みを向けてくる。


「仲の良いことは、良いことだべ」

「くっ、言ってろ。とにかく宿へ向かうぞ、フェン」

「はい、師匠。テイルさんに紹介していただいた宿は、こちらの方向ですね」


 王都に住んでいたことがあるというフェンの言葉に従って、オレたちは歩く。先日共に探索したテイルが気を利かせ、武術大会本選へ進むオレに、彼女の知り合いが経営しているという宿を紹介してくれたのだ。彼女曰く、ヌークの死という業を背負わせてしまった侘びだということだったが。


「本当に、凄い人ごみだな」

「そうですね。僕も、ここまで賑わう王都を見るのは初めてですよ」


 馬車の中からも見えていたが、王都の大通りは途轍もない数の人々で賑わっていて、フェンはアンナがはぐれないように、その手をしっかりと握っていた。……ヴィーが、それをじーっと見ていることに気付く。オレはそんなヴィーを見て、冗談を言う。


「なんだ? オレたちも、手ぇ繋ぐか?」


 しかしヴィーは、一瞬驚いた顔をしたあと、顔を赤くして頷いた。


「……うん」


 オレの思考が、一瞬ストップする。……え? マジで言ってるのか? いや、言い出したのはオレなんだけれど。混乱しながらヴィーを見ると、こちら側の右手を、ほんの少しだけ持ち上げているのが分かる。……ま、減るもんじゃなし、良いか。


 そう一人で結論付けると、オレはその手を左手で握る。ヴィーは、オレが触れると一瞬ビクッとしたあと、弱い力で握り返してきた。ふと振り向いたフェンがソレに気付いたようだったが、何も言わずに案内を続ける。……なんか、変な気を遣われた気がしたが、気のせいだろうか?


 普段から重い大剣を握るその手は、普通の女の子のソレと比べてけして柔らかいものではなかったが……とても暖かかった。それがとてもヴィーらしくて、オレは思わず微笑んでしまう。それを見て、ヴィーが赤いままの頬を膨らませて、言う。


「いい年して子供っぽいって、思っただろ」

「はは。今回はハズレだな」

「なんだよソレ……って待てよ。じゃあ、いつのは当たってたんだ?」

「……それは秘密だ」


 オレたちはそんな他愛も無い会話をしながら、手を繋いで、群集の中をゆっくりと歩く。……やがて、目標の建物が見えてきた。



 ◇



「本当に、この宿がそうなのか……? ていうか、ホントに宿なのか、コレ」

「ええ……聞いていたのは、ココで間違いないようですが……」

「はあぁ、立派な宿だべなぁ……」


 玄関から中へ入って目にした光景に、オレは思わず尋ねてしまう。そこはとても広大な空間で、今いる一階から最上階までが巨大な吹き抜けで繋がっている。周囲には多様の花や観葉植物が置かれ、その空間の中央には、室内でありながら噴水まである始末だ。


 先ほど見た外観も「宿」と言うより、ほとんど「城」といった様相だった。……昔は、こんな立派なもんは流石に無かったぞ。フェンも知らないようだから、最近出来たのだろうか?


「……へぇ、凄ぇな」


 驚いて立ちすくんでいるオレたちを他所に、ヴィーがすたすたと受付へと進んでいく……と、誰もついてこないことに気付いて振り向く。ちなみに人ごみを抜けた今、もう誰も手は繋いでいない。


「あれ? どーしたんだ、みんな」

「いや、どうしたってお前……コレ見て、驚かねぇのかよ」


 むしろオレは、その素っ気無い態度に驚くぞ。ヴィーは、そんな質問に対して、ああ……と頷く。


「シルヴィと一緒にいたら、こんなんばっかだからなぁ……」

「……貴族ってのは、一体どうなってんだ」


 万年金欠気味のオレには、姫さんの生活がまるで想像出来ない。あの屋敷ですら、オレからすれば桁違いの豪華さなのに……。と、とにかく行きましょう、と言って、フェンが受付に立つ女性へと歩み寄る。その女性は、フェンへ向かって深く腰を折ってお辞儀する。


「いらっしゃいませ」

「すいません。僕たち、探索者のテイルさんにこちらを紹介されて来たんですが……」

「はい、伺っております。少々、お待ちくださいませ」


 女性はそう言って、遠距離伝信魔術を施された遺物を取り出して耳に当てると、その相手と話し始める。


「……受付です。例のお客様方がいらっしゃいました。……はい……はい」


 たしかアレ、オレたちの街でなら中古の家を一軒買えるくらいのシロモノだが……遺跡で発掘されたものって、こういうところで使われてるんだな。いや、知ってはいたけど、こうして見たのは初めてかもしれない。姫さんのところでも見なかったしなぁ。アレを模写した使い捨ての札なら、傭兵時代に何度か見かけたが……。


 フェンの後方でボーッとそんなことを考えていると、不意に背後から殺気を感じて反射的に振り向く。オレの間合いの外に、一人の男が立っていた。


「流石ですね。少し殺気を飛ばしただけで、その反応。感嘆に値しますよ」

「……お前かよ」


 そこにいたのは、銀髪の色男。元・聖貴士団、団長のジュールだった。見ると、どうやらオレが斬り飛ばした右腕は無事にくっついたようだ。


 ……と、隣にいたヴィーが、オレの様子に気付いて振り向く。それに対し、ジュールは目を合わせぬように深々とお辞儀をする。この国では、王族と話す際には目を合わせることを禁じられている。本当なら、この場で跪く必要すらあった。


「あれ、アンタ……たしか武術大会の決勝でヴェルクに負けた、魔剣使いの……」

「ジュールと申します。初めまして、ヴィー様」

「? ……アタシのコト知ってるのか?」

「勿論でございます」


 戸惑うヴィーと、それに目を合わせず、にっこりと微笑むジュール。オレは、そのやり取りを聞きながら、内心舌打ちをする。ヴィーは、まだ自分が王位継承権を持った前王の後継者だということを知らないのだ。未だに、自身を守るために遣わされた騎士が、己の父だと信じている。


 以前の戦いは、悲しすぎるその事実をコイツに知られないようにするためのものだったのだが……。もしジュールがこの場でそれらを明かしてしまったら、全てが水の泡だ。


 ヴィーにとっていずれ知らなければならない事実だったとしても、帝国との間が穏やかならぬ今の時期に、コイツがそういった事態に巻き込まれるのは避けたい。無鉄砲なコイツは、全ての責任を背負って前線へ突撃しかねないからな……。


「おい、ジュール……」

「分かっていますよ、探索者ヴェルク。今日は、挨拶だけにしておきましょう。……それでは、失礼いたします」


 ジュールは、無言の殺気を己一人に向けて飛ばすオレに向かってそう言うと、身を翻す。その際、一瞬だけヴィーの顔を直視して。ヴィーは、去っていくその背中を見送ったあと、首を傾げる。


「なんだったんだ、あの男……。ヴェルク、なんか知ってんのか?」

「さぁて……ね。案外、お前にホレてんじゃねぇか?」


 その質問に肩をすくめて、答えを曖昧に誤魔化す。それに対して、顔を赤くして怒りの表情を見せるヴィー。


「……アレ、もしかして脈ありか? しかし、アイツはあんまりオススメできねぇぞ」

「ばっ、馬鹿言ってんじゃねーよ!! 大体、アタシはヴェルクが……」

「ん? オレが、なんだって?」

「~~~ッ!? し、知るか馬鹿!! 朴念仁!!」


 そんなに、人のことを馬鹿馬鹿言うなよ。しかし……大会に出場する残り11人の魔剣使い、か。覚悟しちゃあいたが、なかなか大変なことになりそうだ……。


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