33.哀しい笑顔
あのあと、オレたちは二手に分かれた。一方は、街の方向へ続く穴を調べる探索パーティ。一方は、来た道を帰って確実にギルドへと報告する帰還パーティだ。
前者は少人数編成で、オレ、ヴィー、テイルの三人。後者がフェン、アンナ、ギーグ、ジャックス、ヘンリーだ。こちらには回復術師がいないが、探索のスピードを優先した結果だった。
オレたち三人の探索パーティは、あの穴を街の方へと暫く進んだ。拍子抜けしたことに、特に罠らしいものも見つからず、ただただひたすらに真っ直ぐと進んでいくだけだった。そして、巨大な縦穴に出た。
上を見ると、光が差し込んでいる……。
◇
あそこから繋がっていたのは、街の近くにある廃坑跡だった。そこからはやはり、巨大な何かを運び出した形跡があったのだが、周囲に住む人々に聞いても、何の情報も得られず仕舞いだった。
「……これは、どーいうことなんだ? あんだけ重いものを引き摺ったような跡があるっていうのに、誰も気付かないもんなのか?」
「簡単なことさ。……コイツだよ」
首を傾げて不思議がるヴィーに、オレは手に入れたばかりの短剣を掲げて説明する。
「コイツがあれば、何か知られたくないものを隠すなんて簡単だ。……それこそ、いつぞやの帝国の暗殺者どもなんかもな」
「あ……、なるほど」
「相手に幻を見せ、記憶を改竄する能力、か……。その魔剣を持ち続けるのは、危険だな……」
オレの話を聞いて、ヴィーが頷き、テイルが呟く。確かに、これだけ驚異的な能力を持つ魔剣を失って、帝国のクソッタレどもが黙っているワケがない。
「ただ、その役割は十分に果たしただろうけどな……」
数十人の軍人を敵地に送り、なにか巨大な兵器と思しきものをも密かに搬入する。これだけの成果を上げるのに、魔剣一本で用を成すというのだから、驚異的だ。オレの傭兵時代にこんなことがあったら、不意打ちを受けて全滅もやむなし、だな……。
ちなみに探索当初、遺物が出ればテイルたちに売り渡すという約束だったが、この魔剣は、オレが預かることにした。そもそもあそこから発掘された遺物ではないし、ヌークの形見ってことになるのだが。
「ヌークを殺した剣、とも言えるからな。私たちには必要無い。……ヤツに貰った<石>だけで、十分だよ」
素っ気無くそう言って、テイルはその所有権を破棄してしまった。ヌークとしては、テイルに持っていて欲しかっただろうに。
まぁ、こういうのにも慣れているし……オレの場合、万が一適正があっても魔力が足りないから悪用のしようもないしな。それに、喜んで回収してくれそうなヤツにも心当たりがある。あまり、会いたくねぇけどな……。
「最近、面倒なことが多すぎるな……」
しかし一体、帝国のヤツらは、この王国に何を持ち込んだのか……?
◇
「……ここで少し、待ってくれないか」
これ以上の情報収集を諦めて、帰還することになると、テイルがそんなことを言って茂みの中へと入って行く。しばらくして、慎ましやかな花束を片手に持って戻ってきた。それを、廃坑の入り口へと投げ入れる。地下の暗闇へと消えていく、白い花束。
「せめて、穏やかに眠れよ。……馬鹿ヌーク」
普段どおりの口調でそう言うテイルの背中は、まるで泣いているように見えた。しばらくの間動こうとしなかった彼女の後姿を、オレとヴィーは黙って見つめていた……。
◇
オレたちはそこから帰還し、起こった出来事と調査した内容の全てをギルドに報告した。ゴード爺さんは流石に驚いた様子を見せ、すぐに王都への連絡を入れると言ってくれた。帝国の物と思われる魔剣を、あのティアに見せるのは流石にまずかろうとそのまま退散し、ギルドの建物外に出ると、周囲は既に暗くなっていた。
そこで、皆に彼の……ヌークの話を聞いてほしいと、テイルとヘンリーとが提案してきた。自分たちには、それをする義務があると言って。確かにこのままでは、全ての人間にとって、ヌークは売国奴の犯罪者として記憶されてしまうだろう。
オレは、彼の最期の表情を思い出し、その提案に乗った。結局、ヌークを欠いたパーティメンバー全員が、オレの行き着けの酒場に集まることになったのだった。
「ヌークには、姉がいたんです……」
最初にそう切り出したヘンリーの肩をポンと叩いて、テイルが続ける。
「ヌークと彼女は、腹違いでね。ヌークの姉……スザンナの母は、帝国人の血を引いていたんだ。スザンナが生まれたときに彼女が死んで、父親は別の女性と再婚してヌークが生まれた。家の近かった私たちは、すぐに仲良くなってな」」
そう言って、懐かしむように虚空を見つめるテイル。
「最初は良かったんだが、戦争が全てを変えてしまった。……スザンナは、帝国の血を引く娘ということで迫害を受けてな」
「僕たちも、必死に彼女を守ろうとしたんですけど……」
「力の無い子供には、どうすることもできなかった。彼女はそんな私たちを見て、泣きそうな顔をしながら、笑っていたよ……」
二人の話を聞いて、周囲が静まり返る。ヴィー、アンナ、フェンの三人は、辛そうに眉根を寄せる。その頃の世間の様子を知っているであろうギーグは、うーむ……と唸る。
「当時は、そんな差別も珍しくなかったからな……」
「彼らの家は裕福では無かったものの、由緒ある家柄だったのでな。余計に周囲からの当たりが強かったんだろう。そんなこと、やはり子供だった私たちには、よく分からなかったが……」
テイルがそこで言葉を切ると、今度はヘンリーが口を開く。
「結局スザンナ姉さんは、自らその命を絶ってしまったんです。誰にも分け隔てなく、優しい、僕たちにとっても本当の姉のような存在だったんですが……」
「王国の人間たちによる、愛する姉への理不尽な迫害。それが、ヌークが帝国へと傾倒することになった切っ掛け、か……」
自身には、その血は流れていないというのに。皮肉なもんだな。
「彼女が亡くなってからはテイル姉さんが、急に姉として振舞うようになったっけ。それまでずっと、僕たちと同じ、彼女の弟妹、だったのに」
ヘンリーの話に、テイルは肩をすくめ、笑う。どこか遠い日々を思い出すような口調で、答える。
「子供心に、彼女の代わりを務めなくては、と必死だったんだ」
「ヌークは本当に、テイルを彼女の代わりに、と思っていたんだろうな……」
オレの言葉に、ヘンリーは頷く。
「ええ。それには僕の存在が邪魔だったんでしょうね。僕たち、連れ子同士で血は繋がってませんから。そういう意味でも、成り代わることは大して難しく無かったと思います」
ギーグといいコイツらといい、どこもかしこも複雑なんだな……。
「……悲しい話だべ」
「そうですね、アンナ……」
それを聞いたアンナが、マスクの下でグズグズと鼻を啜る。フェンが、そんな彼女にそっと寄り添う。今の話じゃないが、アンナと、中性的な容姿のフェンの二人がそうしていると、まるで本当の姉妹のように見える。
しかし、当のテイルは首を横に振って見せた。
「そうでもない」
彼女は、自分の手の平を見つめながら言う。そこには既に、<石>を受け継いだ者特有の刻印が刻まれている。
「ヌークが私たち二人を家族だと思っていてくれていたのは、本当だ」
たしかにアイツは、幻の中でヘンリーを殺せなかった。本当に死んで欲しいと思っていたなら、容易く出来ただろうに。あの、数瞬の中で見せられた幻の中でさえ、彼は躊躇ったのだ。
「それが分かっただけで、十分だよ」
そう言いながら、テイルはどこか哀しそうに微笑んだ。それが、彼女たちが子供の時に見たという、スザンナの笑みだったのだろうか……。
2011.08.14 ご指摘いただいた部分を修正