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31.地底湖の畔にて

 薄暗い地底の底で発見した巨大な地底湖を前にして、オレたちは簡単な食事を摂っていた。


 まぁ、探索に持ち込める食料なんてたかがしれてるし、日持ちのしないものは昨日の夕食に食べ切ってしまったが、それでも葡萄酒や蒸留酒とがあれば、一瞬だけでも疲れを忘れることができる。酒の飲めない年齢のアンナには悪いんだけど。


「へぇ。それじゃお前ら、姫さんの言ってたような性質の悪いヤツらとは別口……だってのか?」

「……よくもまぁ、そんなことを本人たちを目の前にして言えるよな……」


 酒が入って口が軽くなったのか、派閥の内情を話してくれたテイルたちに、オレは言う。それに対して、ギーグが顔を歪めて不快そうな表情を見せる。


「我々の長が変わって以降、派閥内の雰囲気が変わってしまってな。それまでは、そう悪くない組織だったんだが……。私たちは、それに反対するためギルド内の地位を上げようとしているんだ。派閥内での発言力は、ギルド内での地位と比例するからな」


 テイルの言葉に、オレはなるほど、と思う。


「同じ探索者から、成果である遺物を買い取るのに、そんな理由があったとはね……。となると、あの大会に出てたのも……」

「まぁ、地位向上活動の一環……といったところだな」


 テイルはそう言って、肩をすくめる。……そういうことだったとは露知らず、こないだの武術大会ではやり過ぎちまった気がするなぁ。まぁ、向こうもオレを殺そうとしてたし、お相子だとは思うんだけど。


「そりゃ、悪いことをしちまったな」

「全くだぜ。あの醜態を晒しちまったせいで、オレの派閥内での地位は底辺まで落ちたと言っても過言じゃねぇ」

「それは仕方ないぞ、ギーグ。確かに優勝できれば、賛同者を募って派閥内の勢力図を変えることは出来たかも知れないが……私は元々、分の悪い賭けだと言っていた筈だろう?」

「ちっ、わかってるっての……」


 なるほど。一言に性質の悪い巨大派閥と言っても、内情は色々あるんだな。ていうか、ギーグがそんな殊勝な考え方の持ち主だったとは、意外すぎるな。


「まぁまぁ、元々の派閥長は、ギーグさんのお兄さんでしたからね。変わってしまった組織を思って、気持ちが先走ってしまったのでしょうし……」

「うっせぇよ、ヌーク。オレはただ、本来就くべきだった長の座に登り詰めたいだけだ。あんのバカ兄貴、よりにもよってあんなクソ野郎を後継者に据えるなんてな……」

「仕方あるまい。今の派閥長は、前派閥長の義兄上だったのだろう?」

「……兄貴の後を追うように病気で死んじまった義姉貴は、良い人だったんだがなぁ」


 うわぁ、複雑……。派閥内事情っていうか、家庭内事情っていうか……凄く面倒な話を聞いてしまったなぁ。テイルは、こっちのそんな心境を知ってか知らずか、佇まいを正してオレを見る。……なんだよ?


「というわけで、遺物が出たら安く譲ってもらえるとありがたい」

「……お前、そのためにこんな話したのか?」

「うむ。最近、遺物を買い漁りすぎて、あまり金銭的に余裕が無いのでな」

「姉さん、それじゃ正直すぎるよ……」


 道理で、派閥の内情をスラスラと語ってくれるワケだぜ。オレはハァ、とため息をつく。その視界の端に、地底湖がうっすら波打つのが見えた……ような気がする。


「…………ん?」


 ……なんか、盛大に嫌な予感がする。こう、ピリピリと、自分の中から警告を発する声が聞こえるというか。十数年ぶりに気を察知できなくなった、不安感からくるもの……だろうか?


「? どうしたんですか、師匠?」

「いや……気のせいだと思うんだが。お前は、なにも感じないんだな?」


 気を察知できないオレは、フェンとヴィーとに索敵を任せきってしまっている。そのオレの言葉に、フェンはきょとんとした顔をして答える。


「え、ええ。モンスターの気配も、不審な気も感じませんが……」

「アタシもだ。何も感じねーよ……」


 オレは、対面に座るフェンとヴィーから視線を外し、テイルの横に座る男に視線を向ける。ジャックスは、蒸留酒の入ったボトルを片手に、焚き火をじっと見つめている。


「ジャックス、お前はどうだ? お前も、気を読めるんだろ?」

「……気?」


 オレがジャックスに質問を振ると、隣のテイルが首を傾げる。


「簡単に言えば、人間やモンスターなんかが持ってる生命力とか、気配のことだよ。オレとフェン、ヴィーは、その気配を察知することができるんだ。……そしてジャックス、お前もな」

「…………」

「お前ら、これまでも、コイツのお陰で何度か危機を回避してきたんじゃねーのか?」

「そ、そう言われてみりゃあ……」


 ギーグが、なにか思い出したように呟く。恐らくジャックスは、かつてのオレのように、仲間たちの危機を察知しては、それとなくソレを回避するように仕向けていたのだろう。ギルドで調べれば、オレと同じように、組んだパーティの死亡率がかなり低い数字になっているハズだ。


「そうなのか? ジャックス……」


 テイルの質問に顔を上げたジャックスは、呟くように言う。


「……俺も、ソイツらと同じだ。何も気配は感じない。ただ……」

「ただ……?」

「ここは静か過ぎる、と思う」


 その言葉に、オレはハッとする。ハルマッゾから受け継いだ知識と、現在の状況が重なった。急いで立ち上がり、なけなしの魔力で湖面に照明魔術を放つ。パパパパッと、一瞬だけ周囲が明るく照らされる。


「……お前ら、ゆっくり後ろに下がれ」


 オレが言い終わる前に、術師以外の人間が立ち上がっていた。術師組は状況を理解しておらず呆けていたが、アンナとヌークはそれぞれフェンとテイルに手を引かれてゆっくりと水辺から離れる。


「え? え? なにが起こったんです?」

「お前もだ、ヘンリー。さっさと立て」


 たった一人、未だ焚き火のそばに一人呆然としているヘンリーの腕を掴んで立たせ、オレは言う。


「死にたくなかったら、走るぞ」


 やがて、風も無いのに関わらず湖面が波打ち、ソレが姿を現した。存在そのものがあまりに無色透明で、気配の察知すら難しいモンスター。照らし出された湖底にあったのは、コイツが養分を吸い尽くしたと思われる人間やモンスターの死骸。


 古代には多勢いたという気の使い手たちも、この気配の無い怪物は恐れていたほどだ。外敵もなく、地底でぬくぬくと育ったソレは、あまりに巨大で、まるで冗談のようだった。


「な、なんだありゃあ……?」


 それを見て、ヴィーが呟く。そのあまりの脅威に、死霊術同様ハルマッゾの生きる時代に、絶滅させられたはずのコイツを、知らないのも無理はない。オレたちの方へ意外なほどのスピードで這いよってくるのは、古代にデススライムと呼ばれた、遺跡でも最凶のモンスターだった。


 焚き火がソイツに飲み込まれて、ジュッと音を立てて消える。オレは、皆に向かって叫ぶ。


「……何も考えるな、走れ!!」


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