30.疲労感
探索二日目を迎えて……オレの体調は最悪だった。
前日に行った、魔剣を使っての長時間の戦闘。それが肉体的にも精神的にも、オレの体力、気力をごっそり奪ってしまったようだった。一日目はほとんど探索できず、ただただ戦うだけだったからなぁ。正直言って、距離的には全然進めていない。
「体力とか気力とか、そういったもんまでは流石に治せないべ……」
アンナが言うには、そういうことらしい。確かに、腕を繋いで貰った時も寝込んだし、ミノタウロス変異種の攻撃を食らった時に死の淵からあっさり呼び戻されたときも、すぐに覚醒はできなかった。あの時にアンナが傷を治してやった女も、すぐには動けなかったようだしな……。
「……ま、そりゃそうだよな」
万能そうに見えるアンナの回復魔術も、やはり魔術という一定のルールの上に成り立っているんだな……。アンナならどうにかしちまうんじゃねぇか……と、一瞬思ってしまう。
いや、ハルマッゾの知識によると、手段がまったく無いワケではないのだが。……帰ったら、試してみるか。
というワケで、現在のパーティ構成は、前衛がテイル、ギーグ、ジャックス、フェンとなっており、オレはヴィー、アンナ、ヌーク、ヘンリーと共に後衛となっている。ヴィーでなくフェンが前衛になったのは、ヤツの双剣がテイル達と相性が良さそうなこと、ヴィーは光の剣で後衛からでも援護攻撃できることが理由だ。
ヴィー曰く、対ミノタウロス変異種戦以降の修行で、光の力をコントロールする術は手にしているようだ。しかし、あの遠距離攻撃は、威力といい速度といい反則レベルだな……。最初に見せた肉体の強化といい、フェイド王家の血筋ってのは、どれだけの潜在能力を秘めているんだろうか。加速能力があっても、あの斬撃はかわせないんじゃないか……?
「ヴェルク。本当に、大丈夫か……?」
考え込んでいるオレを、ヴィーが必要以上に心配する。同じ後衛になったことで、位置的にも話しやすいのだが、正直、オレばかり気にされても困る。今、このパーティの柱となるのは、愛弟子のフェンと、コイツなのだから。テイルたちも確かに強いが、恐らくこの二人には敵わないだろう。そもそも、魔剣がなければ街の武術大会予選で優勝したオレでも危うい。……まぁ、自分で言うことじゃないんだろうけど。
「二日酔いよりはラクなもんだ。……それより、最後尾の守りは任せたぞ」
「……ああ、わかったよ」
軽い口調で強がりを言うオレに、まだ何か言いたそうな表情だったが、ヴィーはたったそれだけ返事をして周囲の索敵に集中しだした。うん、気が察知できないのがもどかしいが、いざというときのヴィーの集中力は本物だ。これならオレも安心できる。
しかし、考えてみれば魔剣使用後は毎回、体調が回復するまで休息をとっていて、この状態で歩き回るのは初めてなんだよなぁ。あの時は、そんなに心配しなくても……なんて思ってたんだが、たしかに、これはなかなか厳しいな……。全身痛いし、気が重い。体の痛みは体内で魔剣を使用しているからだろうけど。まるで、一年分くらいの疲労感を心身に背負ってるような気分だ。
よっぽど酷い顔をしていたのか、先ほどはヴィーやアンナに一時帰還を勧められた。とくにヴィーは、自分だけでも付いていくから、と言ってくれていたんだが。……残念ながら、そうはいかない理由があった。
「一体どうして、あんなに大量のゾンビがいたんでしょうね?」
「んだべなぁ……。この遺跡くらい大昔の呪いが、未だに効いているなんてことは、まずねぇだろうけども。こないだ入ったばかりの冒険者だってゾンビになってたべ」
もはや己の弟子のようになっているヘンリーの問いに、アンナはのんびりと応える。ヘンリーは、良家のお坊ちゃんらしい容姿の持ち主で、どことなく頼りない印象を持たせるヤツだ。
昨夜聞いたところによると、テイル、ヌーク、ヘンリーの三人は、王都にいたころからの知り合いらしく、とくにヌークとヘンリーの二人は、まるで双子の兄弟のようにも見えた。どことなく、雰囲気や見た目の印象が似ているのだ。本当は、テイルとヌークが姉弟らしいんだが……。
「しかし、たしかに凄い数のゾンビだっただなぁ。一体全体、どんだけの魔力があれば、あんだけの死体を動かせるんだべか……」
「たしかに、凄い術者なんでしょうねぇ」
アンナの言葉に、うんうんと頷くヘンリー。この二人のやり取りには、どことなく緊張感が欠ける。オレにビミョーな表情を見て、ヌークが苦笑する。
「ヘンリーは、昔からああなんですよ。いつものんびりしてるっていうか……」
「たしかに、アンナのヤツもそのタイプだな。だから、馬が合うのかね……」
そんな言葉を交わすオレたちをよそに、アンナとヘンリーの会話は続いていく。歩きながら、聞くでも無しに聞こえてくるその内容。
「だども、どんな凄い術者でも、死んだ人やモンスターを勝手に道具にするなんてのは、絶対に許されないことだべ」
「モンスターも? それは、やはり教会の人間として……ですか?」
「んなの関係ねぇだ。あくまで個人的な意見だべさ。そもそもオラ、教会の人間だども、あんまり神様や教典ばっかり頼りにするのもどうかと思うべ」
「えっ? そうなんですか?」
「まぁ……オラが元々、田舎の人間だからかもしんねーけんども」
アンナの意外な言葉に、驚くヘンリー。……まぁ確かに、教会きっての回復術師が、その教会のあり方を批判してるってのは、あまり良くはねーんだろうけど。とくに、アンナの場合は、教会でも有名な存在だからなぁ。
「ウチげらみたいな地方の街はそうでもねぇけども……王都なんかの教会の偉いさんの間では、親兄弟より何より、まず神を信じることこそが信仰だっていう空気だべ。むしろ、信仰心の無い人間は人間に非ず、なんていう人もいるくらいだ」
「たしかに、そうかもしれません」
アンナの言葉に、王都出身のヘンリーは頷く。
「……だども、本当の心の拠り所ってのは信仰じゃなくて、例えば親だったり兄弟だったり、恋人だったりすんだべさ。信じるものは救われるってのは、拠り所を見つけて精神的に救われるっていう話であって、けして信者だけが神様に救われるっつーことじゃねぇべな」
うーん。オレみたいな信仰心の欠片も無いような人間には、よく分からん話だな。……心の拠り所、か。
「救われたいから善行を行うなんてのも、変な話だ。みんな、神様なんかよりもまず、もっと周りの人間を信じるべきだべ」
「それは、そうかもしれませんが……。本当に神がいようとも、世に理不尽が無くなるワケではありませんし……」
いつになく饒舌に語るアンナの言葉に、ヘンリーは一瞬だけ眉根を寄せて何か考える様子を見せる。ていうか、アンナのヤツ、そんなこと考えてるのか。その能力といい、12歳の女の子とは思えんなぁ……。
……そういえば、アンナの受け継いだ<石>の主は、元は王都の偉い聖職者だとか、フェンから聞いたことがあるような。その知識が、彼女の思考に影響を与えているのかもしれない。
「いざという時、神様よりよっぽど助けになってくれるはずだし、みんなが信じあえばもっと幸せになれると思うんだけどもなぁ……」
アンナは、うーんと唸って腕を組み、首を傾げる。
「オラみたいのがいつまでも教会にいるのも、悪いのかもしんねけども……」
最後に、教会から「聖女」と呼ばれる少女はそう呟いた。
アレ以降、モンスターやゾンビの姿は見られず、探索は順調に進んでいった。今のところ遺物や金目のものはまるで見当たらなかったが……。しばらくして、辺りが人工的な遺跡から、自然によって作り出された洞窟といった様相になり、そいつが目の前に現れた。
「……これは、なかなか壮観な眺めだな」
立ち止まった前衛組にオレたちが追いつくと、テイルが感慨深げにそう言う。たしかに、こんな景色はなかなか見れないだろうな……。遺跡内の湿気の原因は、コイツか。
「姉さん、皆の前で裸にならないでよ。絶対に」
「……む?」
鎧に手を掛けたテイルの腕を掴むヌーク。……コイツの弟やるのも、大変だな。それを見て苦笑しながら、ヴィーが呟く。
「あー、でも水浴びしてぇな……」
「だどもこんだけ広いとモンスターがいるかもしれねぇだよ」
「心配要りませんよ、アンナ。僕とヴィーさんがいれば、気配は察知できますし」
ヴィーの発言を心配するアンナ。そこにフェンが声を掛ける。たしかに二人がいれば、あまり心配はないだろうけれどな。ジャックスもいるし……。テイルは、一瞬オレの顔を見たあとに、よし、と頷いて皆へ振り返る。
「周囲の索敵を済ませたら、ここでしばらく休憩しよう」
ということで、そこにあった巨大な地底湖の畔で、オレたちは一旦休憩することにした。あー、完全に気を遣わせちまってるなぁ……。




