03.封印の扉(改訂版)
最初の戦闘からしばらく経ち、オレたちは大分下層の方へ降りてきていた。
「おいおい、またかよ……」
前方で、ヴィーが封印魔術の掛かった巨大な扉を見上げている。その台詞が指し示すとおり、階層を下るごとに数回、封印された扉を魔術で開錠する作業を繰り返していた。一層ごとの迷宮自体が広いもので無いため、次の階層への扉は比較的簡単に見つかるのだが、その全てが厳重に封印されていたのだ。
こういった封印を解除するには、特殊な古代の魔術に精通した者の存在が必要になるが、このパーティに限っては、そういった心配は全く要らなかった。
「シルヴィアさん、頼みます」
「了解ですわ。周囲の索敵をお願いします」
そうフェンにお辞儀をして、姫さんが一歩前へ出る。今回、他の遺跡で見つけた古代の文献を自分一人の手で読み解いたように、彼女の中には常人には及びもつかないほどの「知識」が蓄えられている。それを駆使すれば、一見解読不能な文字や魔術も解き明かすことができるのだ。
「……これは、また別の種類の封印ですわね」
しかし、そんな姫さんでも、今回の多重封印には手こずっている様子だった。どうやら扉ひとつひとつに掛かっている封印魔術が個別のものらしく、それぞれの解除に結構な時間を要している。そのために、探索のテンポが悪くなってしまっている状態だ。
地上では、そろそろ日没といったと頃合だろう。正確な時間は、やはりいつでも万能な姫さんの魔術頼みになってしまうが……ほぼ、間違いないはずだ。
集中している姫さんの邪魔にならないよう、小声で話す。
「なあ皆。今日は、ここらで一旦休むべきじゃないか?」
「ああん? だらしねぇなあヴェルク。おっさんにはキツイか?」
「あのな……」
オレの言葉に、フェンを傍らに従えたアンナがこちらを向く。
「ヴィーさん、オラも少しだけ横になりてぇだ」
「そうですね。僕も、そろそろ今日は休みたいかもしれません。敵も、強くなってきていますし」
「ホラ見ろ。お前の体力が異常なんだよ。大体オレは、まだ30だ。おっさん扱いされる年齢じゃねえ」
「アタシから見たら十分トシだよ。……ま、アンナが言うんじゃ仕方ねーか」
肩をすくめて腕を組むヴィー。たしか今年で18歳……だったか。出会ったころはまだまだガキだったが、今じゃギルド屈指のパワーファイター、か。街でも姫さんに次いで美人だと評判で、鍛え抜かれたスタイルも申し分ない。これで口の悪ささえ治ってくれれば、恋人の一人も出来るんだろうが……、ムリだろうなぁ……。
「おいヴェルク、今すげえ失礼なこと考えなかったか?」
「……そんなことないさ」
「なんだよ、その間」
変に勘が良いんだよなぁ、コイツ。それも昔から、だけれど。
「気にするな。ていうかお前、オレにだけやたら当たりがキツくないか?」
「な、なに言ってんだよ。んなわけねーだろが」
オレの言葉に、何故か慌てる様子のヴィー。一体、どうしたってんだ?
……と突如、背後で「気」が爆発的に膨らむ気配。慌てて振り向いた直後、姫さんのいた方向で爆炎が上がる。あまりに衝撃的な音と、その熱波に、全員が一瞬身を竦める。閃光の中に浮かび上がった姫さんのシルエットが、網膜に焼き付く。
「これでよし、ですわ」
思わず瞑ってしまった目を開けると、そこには炎が燃え盛っていた。
姫さんこと、シルヴィア・スティネーゼの放った業火が、迷宮内を明るく照らし出していて、もはや照明魔術が必要無い状態だ。封印されていた扉は吹き飛び、その周囲の石壁がドロドロと溶けていて、もはや溶岩と化している。
他人と比べて無尽蔵の魔力を持つという姫さんだが、これは……やりすぎじゃねえか?
「な、何が起こっただか?」
「驚かせてしまって申し訳ありません。ですが、あとちょっとのところで、その、封印が解けなくって……」
つまりイライラしてやりました、ってことか。いくら可愛い娘ぶっても、魔術で強固に封印された扉を、無理矢理吹き飛ばすって……人間離れしすぎだろ……。古代の魔術師が、どれだけ苦労してこの封印魔術を編み出したと思ってんだ。
「さあ、それでは。そろそろ一旦休息をとりましょう!」
どうやら、作業(?)をしながら、こちらの会話を聞いていたらしい姫さんが、両手をパンッ、と合わせて気を取り直すように言った。その笑顔が、背後からの炎に照らされて、まるで悪魔のように見える。
なんにせよ、話が決まったので次の行動を進言してみる。
「……暑いし、少しここから離れねぇ?」
ここから早く離れたい。姫さんを除く皆も同じ意見だったのか、コクコクと頷いた。
◇
探索開始から、2日目。しばらく探索していると、新たな封印の扉に突き当たった。時間はかかったが、今回はきちんとした手順で封印を解くことに成功した。これには、パーティ一同ホッと胸を撫で下ろした。……アレはなんというか、心臓に悪い。
「なんだべ、ここは……?」
アンナが思わず、そう呟いてしまったのも無理はない。オレたちが出たのは、やたら広く豪奢な作りの空間だったからだ。もちろん、あちらこちらは既に朽ち果てていて、どうにも不気味な雰囲気を漂わせてはいるが、こんな空間は、上層を含めてこれまでに無かったものだ。
「大分老朽化してますけど、造りは豪華、ですねぇ」
「うーん、お宝の予感」
朽ち果てているとはいえ、豪華な装飾を施された室内を眺めてフェンとヴィーが暢気に言う。念のため、忠告しておく。
「おい、ヴィー。油断するなよ」
「わーってるっつの。……少しはアタシのこと、信用しろよな」
「なんか言ったか?」
「別に」
ヴィーは詰まらなそうに片手を挙げた。なんだか気分を害したようだが、いちいち気にしていたらキリが無い。反抗期の娘がいたらこんな感じだろうか、などと考える。
しばらく周囲を調べるが、敵の気配も、お宝の気配も全くと言っていいほどに無い。少し落胆してしまう。おいおい……あの封印は、なんのためのモンだったんだよ。それとも、この場所自体に、なにか重要な意味があるとか? もしそうなってくると、オレには全く旨味の無い話になってくるなぁ……。まぁ、今回の探索で姫さんから頂ける報酬だけでも、十分といえば十分なんだが。
「どうやら、近くに敵の気配は無いようですし……少し手分けして、調べてみましょう」
「了解です、シルヴィアさん。さあさあ、アンナはこちらへどうぞ」
「じゃあ、アタシとシルヴィのペアだな」
そう言って、フェン&アンナペアと、ヴィー&姫さんペアに分かれる。うん、バランスの取れた組み合わせだ……ってアレ?
「おい、オレはどうすんだよ」
「あーん? おっさんは退路確保に決まってんだろ。ここに待機」
おいおいマジかよ……などと言っている間に、それぞれ思い思いの方向に散っていった。基本的に見つけたお宝の分配優先度は見つけたものが高くなるのだから、これは圧倒的に不利な状態だ。まぁ、ここまで最後尾で戦闘ではラクしてたからなぁ、仕方ないか。
若干憮然としてしまう感があるが、どうしようもない。元々、2対2対1の組み合わせだ。どうしても最終的には少数派になってしまう。オレは辺りを見回して、入り口間近にあった椅子に腰掛ける。どうやらここで何も見つからなければそのまま引き返すことになりそうだ。さっさと索敵を済ませて、少し休ませて貰おう。
ここに来るまで何もしていないように言われたが、その実、気を探ることで密かに敵の所在を探っていたため、神経を使っていたのだった。
まあ、「気」だなんて、言っても理解されないので口には出さないが。この技術のお陰で、これまで所属したパーティで死人が出たことは無い。どうやらそれが、ギルド側にも良い印象を与えているらしく、重要な任務にプラスαで派遣されることも多かったりする。お陰で死にそうな目にも何度かあったが、厄介なことにギャラが良いんだよなぁ……。
と、そんなことを考えながら、「気」を使った索敵を行っていると……。
「アンナ!!」
フェンの、悲鳴に似た叫び声が広間に響き渡った。
2011.07.27 改訂