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29.小休止と喜劇

 街より東の山中で発見された遺跡の探索一日目を終えて、オレは宿営地となった場所から更に奥まった、小さな部屋の隅っこで頭から水を被っていた。


「ああ、生き返る……」


 髪に付いた血を粗方落とすと、組み立て式の木桶に水を溜め、そこに浸しておいた布で身を清める。乾いた血と共に、心身の疲れが落ちていく気さえする。……あくまで気分的なもので、疲労した腕にはあまり力が入らないままだが。


 別に、遺跡内で水源が見つかったわけではない。というのも、テイルたちが引き連れていた術師の一人が水魔術使いだったのだ。


 大気中にこれだけの水分がある場所でなら、魔術を使うことで水を作り出せるというソイツの提案に、オレは飛び乗った。戦闘ではあまり活躍していなかったその年若い魔術師だったが、オレの中でコイツの評価は一気に上がった。名前はヌークとか言ってたな……ようやく覚えたぜ。よく見ると、なかなか端整な顔立ちをしている。


 最悪、着替えだけしてそのままで過ごすか、持ってきている飲み水を使うハメになるところだったからだ。水源が見つかるのが、一番良いのだけれど、長時間戦った皆の疲労度を考えると、今日はコレ以上の探索はムリだろうしなぁ。


「しかし、水魔術ねぇ……」


 水魔術、とはいえ、水を無から作り出せるワケではない。氷点下だったり、乾燥していて周囲に水分のないところでは使えないなど、使用に制限があることが多く、攻撃力や範囲も限定されてしまうことから、普通は水辺や船の上くらいでしか使わないものだ。探索者にはその術者自体をあまり見かけないのだが……これは意外に便利だな。


 ハルマッゾから受け継いだものの中に、こうした水魔術の知識自体はあるのだが、実際にこうして探索中に使ってみると、そのありがたさが身に染みる。オレに、もっと魔力があればなぁ、と思わずにいられない。


 ちなみに、テイルたちの探索では当たり前のように使われる術の使用法らしく、ギーグが背負っていた荷物の中には、簡単な沐浴セットすらあった。考えるに、これはテイルのための物のような気がするんだが、まさかギーグのヤツ、あの女に惚れていたりするのかね?


 ちなみにもう一人は、やはりテイルたちの派閥に所属する回復術師だった。名前はヘンリー。今はテントを張った宿営地で、アンナを前に正座してその回復術の講義を受けている。意外に友好的な態度のソイツらに驚いたオレだが……まぁ、親交を深めるのは良いことだよな。


「ヴェルク殿」

「ん? テイルか。どうしたんだ?」


 体を粗方拭き終わったころ、これもやはりテイルのために持ち込まれたと思われる衝立の向こうから、その当人の声が聞こえる。感覚が鈍っているのか、気は感じられなかった。うーん、けっこう重症だなぁ。これじゃ足手まといになりかねん。


「着替えを持ってきた」

「ああ、そっか。サンキュー」

「ついでだ。どうせ次は私が使わせてもらうからな」


 どうやら、使い物にならなくなったオレの服の代わりを持ってきてくれたようだ。汚れても良いように黒い服を選んではいるが、さすがにあれだけ血塗れになってしまうとなぁ……。今はアンナの魔術で誤魔化せているが、おそらく酷い匂いを漂わせているだろう。


 衛生状態が劣悪であることが多い遺跡の中では、意外に着替えや食事などの衛生面に気を遣う。どこで、どんな毒素が付着するか分からないため、食事前には必ず回復術師の解毒魔術がその食事に対して掛けられる。長期探索に、彼らの存在は欠かせない。


 実際、浅はかにも彼らを欠いたパーティが地下で食中毒になり、戦闘中に腹を下して糞尿まみれになりながら帰還したなどという笑い話もあるが……周りからしてみれば喜劇でも、本人たちにとっては悲劇だったろうなぁ。自業自得だが……オレも気をつけよう。


 そんなことを考えながら、衝立越しに服を受け取り、さっさと着衣を済ませたオレは衝立を避けて外に出た。


「さてと。テイル、待たせ、た……な……?」


 しかし、オレの目前には、予想外の光景があった。


「……ん? どうかしたのか?」

「いや、どうかしたのかって……。お前、なんでもう裸になって……って、うわ!?」


 思いがけない事態に年甲斐もなく動揺したオレは、疲労から抜けきっていない足を転がっていた石に引っ掛けて前方につんのめる。


 咄嗟に、近くの瓦礫の上に置いてあったテイルの鎧を引っ掴むが、それはまったく支えにならず、そのままテイルの胸に飛び込む形になってしまう。オレを受け止め、そのまま後ろに倒れていくテイル。


 彼女の鎧が地面に落ち、大きな金属音を辺りに響かせる。


「イタタタ……。すまん、大丈夫か?」

「ふむ、流石だな。そんな状態でも私を庇ってみせるのか」


 倒れこむまでの間に、上手くテイルと身体を入れ替えて、どうにか彼女を自分の下敷きにすることは避けられた。しかし、テイルの下敷きになっているこの状況はなんというか……色々な意味で危険な気がする。あ、意外と胸がデカイな……じゃなくて。


「ヴェルク……なにやってんだ?」


 ついつい引き寄せられるテイルの肢体から視線を上げると、そこには赤い髪を逆立てた女剣士の姿。恐らく、先ほどの鎧が落ちた音を聞いてやってきたのだろうが……。


 ……感覚が鈍っていても、殺気って分かるんだな。


「ちょ、ちょっと待て! 誤解だ!!」

「それの、一体どこが、誤解だってんだぁ!!」


 そう叫ぶヴィーの身体が光の粒子を帯びていく。……このままだと確実に殺される。テイル、さっさとそこからどいてくれ……!!




「いやぁ、申し訳ありません。羞恥心に欠ける姉で、いつもああなんです。ほら姉さんも、ちゃんと謝って」

「……む? 私が、なにかしたか?」

「はぁ……。何度も言うけれど、一般常識の問題だよ、姉さん……」


 深く頭を下げるヌークに、首を傾げるテイル。……コイツら、姉弟だったんだな。オレは、ヴィーに酷くぶたれて盛大に腫れ上がった頬をアンナに治療して貰いながら、ため息をついた。


「あの女、そういうトコは全く学習しやがらねぇしなぁ……。その上、昔騎士だった名残か貞操観念は強いし、腕っ節もオレたちより上、だからなぁ……」

「その無防備さに、彼女を襲って教会送りにされた探索者は、数知れない……。災難だったな、ヴェルク……」


 同じ焚き火を囲むギーグとジャックスもそう言ってため息をついているのを見ると、どうやら初めてのことじゃないらしい。いや別に、コレはテイルにやられたワケじゃないし、大体お前ら、分かってるなら止めろよ……。


 あの時、ヴィーが帯剣してなかったから助かったものの、そうでなかったらオレの首がゾンビ共よろしく撥ねられていたところだ。……と、そこへ、しおらしい表情をしたヴィーが、オレに近づいてくる。


「わ、悪かったな、ヴェルク……」

「……まぁ、別に良いさ。転んだオレも悪いんだし……」


 ……ヴィーのヤツ、あーいうのはてんで駄目らしい。以前、姫さんも、オレが女……ていうかマリアを宿に連れ込んだって話を聞いて怒ってた、なんて言ってたし。そういうのに対する耐性が、無さ過ぎるんだろうな。


 探索者としての実力は既に一流だが、中身はまだまだ子供、か。……うーん。男と付き合うようにでもなれば、変わってくるんだろうけれど。


「女の人の裸さ見て動揺するなんて、ヴェルクにもカワイイところがあるべ」

「いつもは冷静な師匠も、心根は男の子……ですねぇ」


 うるさいぞ、そこの二人。


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