28.死体の群れ
大量に湧く敵を、斬って、斬って、斬りまくる。飛び散るゾンビ共の血肉と内臓とで、辺りは凄惨な光景となっている。
ヤツらは首を狩るか、一定量の体液を失うと活動が不可能になる。その血がやけに黒ずんでいるのは、その浄化作用が最初の死によって失われているからだそうだ。別に、毒素を含んでいるわけではない。
オレ以外のメンバーも上手く連携して、主に首を狙っての攻撃を繰り出している。初めて共闘するテイル、ギーグ、ジャックスの三人も、非常に手馴れた連携を見せていた。
「いくぞ、ジャックス、ギーグ!!」
「了解した」
「おおう!!」
まず、静かなる男、ナイフ使いのジャックスが、コートの下に隠していた無数のナイフを相手にピンポイントで投げつけ目を潰した後、テイルのリーチの長い槍で串刺しにし、相手の動きを止める。そして巨漢ギーグの斧がその首を目掛けて振るわれる……といった様子だ。これを繰り返すことで、一定の間合いを保ったままの戦闘を行っている。
うーん。会議室での様子といい、意外にちゃんとしたパーティなんだな、コイツら。
……しかし、ゾンビの腐った肉体は、血と肉を残しているためスケルトンなどのソレより幾分斬りにくく、血糊ですぐに刃が駄目になってしまう。数体程度なら問題ないのだが、ここにいるヤツらの数はあまりに多い。気を察知してみるが、まだまだ奥から現れそうな雰囲気だ。
実際、オレ以外の連中は、繰り出す攻撃を最小限に控えているのにも関わらず、武器の切れ味が鈍ってきているようだ。……その身体の動きと共に。
「はぁ、はぁ……コイツら、キリが無ぇなッと!!」
グシャリ、という音を立てて……もはや、ギーグの斧は相手を斬っているのではなく、叩き潰しているような状態だ。ジャックスが、静かに言う。
「ギーグ、突出しすぎるな……」
「くそっ、分かってらぁ!!」
体格もあるのだろう。一撃の威力は高いが、スタミナの消費が激しいらしいギーグは、既に呼吸が荒い。そういえば、武術大会でも一撃で決着をつけようとしていたが、アレにはこういう理由もあったのかもしれないな。
と、そのギーグのすぐ横、壁の向こう側から敵の気を察知。ずいぶんデカい気配だ。
「ギーグ……ッ!!」
気付いたジャックスが叫ぶ前に、オレは瞬時に体内に魔剣を仕込んでダッシュしていた。その衝撃に、ギシギシと骨と筋肉がきしむ。高速でゾンビと仲間たちの間をすり抜け、ギーグとその壁との間に滑り込む。ソレを呆然と見るギーグ。
鈍い音を立てて、石積みの壁が崩れ落ちてくるのを、一つ一つ魔剣ハルマーで覆われた拳で粉砕する。……もはやこうなると魔剣というより魔拳だな。
そのまま前方にジャンプ。現れたオーガゾンビの肩に跨り、薄い刃と化したナイフ状の魔剣で、その首の周囲にぐるりと円を描く。
そこから飛びのいたオレが着地するのとほぼ同時に、体長は優に5メートルはあろうかというオーガゾンビの巨体が膝から崩れ落ちる。首の上で静かに切り離されていた頭部がゴロリと転がって、呆然としているギーグの足元へ。
目を見開いてオレを見る前衛組に、告げる。
「お前ら、ここで戦ってろ」
「ヴェルク殿?」
このまま大量の敵相手に長期戦となれば、こちらは疲弊していくだけだろう。かといって、同じ街に暮らしていた冒険者たちをゾンビにしたまま撤退するのも気が咎める。万が一、第二第三の被害者が出た場合、きっと後悔するだろうしな……。
「奥のヤツらは、オレ一人で終わらせる」
オレは、体内に纏わりつく魔剣に神経を集中させて、敵に向かって駆け出した。……相手は、ソレを認識すらできなかっただろう。床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴る。その間に振るわれる、極小の魔剣が二本。
―――その一瞬で、大量の首が宙を舞う。
死霊術は、禁忌の魔術だ。大抵の場合、術者は人間やモンスターの死体を使い、そこに別次元から呼び出した邪悪な魂を宿して使役する。
ただ、その個体数が増えれば増えるほど、完全なる支配は難しくなっていく。歴史の中では幾たびか自滅する形で街や国を滅ぼしているという話だ。王国内では、それに関する書物を持つだけで死刑になるというほどなのだから、その脅威はおおよそ事実なのだろう。
実際、ハルマッゾの知識の中にも、ソレらに関するものがいくつかあったが、術の使用法といった本格的なものではなく、対処法がそのほとんどだった。恐らく、古代の英雄であるハルマッゾも、かつては死霊術師相手に戦ったことがあるのだろう。
たしかに、切れ味が落ちることの無い魔剣ハルマーは、うってつけの武器ではあるが。
「ハァ、ハァ、ハァ……ッ」
あれからどれだけの時間がたったのか。途轍もない密度の高速戦闘を続けたせいで、時間の感覚が狂っている。隣にゾンビの沈む血だまりの中で、オレは大の字になってぶっ倒れていた。服や体が汚れるのを気にする余裕も無い。そもそも、既に全身は血飛沫で血塗れになっているのだが。
長時間の魔剣使用による過度の精神負担と、身体の動作を無理矢理加速させるという荒業による過度の肉体疲労および過負荷のせいで、体が動かねぇ。いつか、街中で戦闘を行ったときのように急速に意識が薄れていくということはまだ無いが……うぐぐ、これは痛ぇぞ。
ようやく体を起こして周囲を見回すと、周囲には死体、死体、死体……。元々死んでたのを、また冥土に送り返してやっただけ……ではあるが、正直あまり気の良いものじゃない。見ると、あちこちの壁や床、天井には、オレが蹴り出し加速した度に出来た穴が多数開いている。この技、価値のある遺跡や建物なんかでは使えないな……。
と、全身の痛みに気が散漫となっていたところに、背後から物音。
「グルルルルル……」
……殺し損ねたミノタウロスゾンビだ。最後のほうは、オレも肉体的、精神的疲労でボロボロだったため、攻撃の精度が落ちていたのだろう。人間より遥かに巨大な体躯だったソレが、上半身だけとなってもまだ、こちらへと這いずり寄ってくる。オレは立ち上がろうとするが、膝に力が入らない。かといって、この状態で魔剣を使えば、その瞬間に気絶する可能性が高い。
腕のリーチが人間のソレより長いソイツは、意外なほどのスピードでオレに近づいてくる。涎と血を、地面にこぼしながら。
「おいおい、マジかよ……」
だが次の瞬間。光の帯がオレのすぐ脇を通り抜け、ミノタウロスゾンビの頭部を真っ二つに切り裂いた。ついに物言わぬ死体となったソイツは、最初の勢いを失いながらズズズズ……とオレのすぐ近くまで滑ってくる。
「ヴェルク!!」
その声に振り向くと、大量の死体の向こうからヴィーがやってくるのが見える。その手にある大剣には、まだ光の粒子が纏わりついている。どうやら、上手く力をセーブしてあの技を使ったらしい。うーん、便利だなぁ。
恐らく、向こうは無事に片付いたのだろう。疲れ果てて気の察知もままならないが、やはりさっきのヤツがここいらでは最後の一体だったようだ。
「無事かよ、ヴェルク……」
「ああ。おかげさまでな、ヴィー」
ヴィーに脇を支えて貰って立ち上がりながら、オレは言う。オレの体に纏わりつく血と汗に服や装備が汚れるのも気にせず、ヴィーは微笑む。
「あの時は、ヴェルクをこうして助ける日がくるなんて、思いもしなかったな……」
急に昔を懐かしむような表情になるヴィーに、オレは一瞬ドキリとする。なんだか、そうしてると随分と大人っぽいなぁ。
「……一体、いつの話をしてるんだ?」
「そうだなぁ。もう、5年も前になるかな」
「5年? お前と出会った時ぐらいじゃねぇか。……まぁ、お互い若かったな」
「なんだよ。ヴェルクと違って、アタシはまだ若いぞ」
そう言って笑うヴィーに、オレはついついムキになる。
「オレだって、まだ30だ。去年までは――」
「20代だったって? もうすぐ、31の誕生日じゃんか」
まぁ、そうなんだけど……あまり大きな声で言わないで欲しい。去年までは20代だった、という辛うじての言い訳が使えなくなるのが、少し悲しい。……ああ。なんだか、我ながら哀れだな。
「……って、アレ? オレの誕生日なんて覚えてたのか?」
「ま、まぁな。……お、フェンたちが来たぞ」
ヴィーがそう言って、オレが顔を上げると、通路の角からフェンたちが姿を現す。
「師匠!?」
「あー、心配すんな。ちょっと、疲れただけだ。……今はとにかく、水を浴びたいぜ」
心配そうな表情で、こちらに近づいてくるフェンをよそに、オレは呟く。しかし、ソレを聞いたヴィーは、それに応えるように呟きを返す。
「無茶ばかり考え付くその頭も、ついでに冷やしてくると良い。……心配、すんだろ」
「……すまん」
本気で心配そうな表情を見せるヴィーに、オレはただ謝るしかなかった。
ひとまず、コレで初日の探索は終了となった。