27.新たな遺跡へ
ソレを見て、まずヴィーが口を開いた。
「……入り口は随分、小さいんだな」
「まぁ、だからこれまで見つからなかったんだろうな」
その遺跡は、街から馬で東に向かって数時間ほどと、少し離れた山の中にあった。まるで、木に隠れるように地下へと続く入り口が存在している。
ぽっかりと口を開けたソレは、忘れ去られた炭坑のようで、一見しただけではそう危険なものだと思わないだろう。周辺で、モンスターを見たという話も聞いていない。しかし――。
「冒険者ギルドでも手練だった6人編成のパーティが、一人を残して全滅している。気を抜くな」
パーティリーダーとなったテイルは、オレたち全員に向かってそう言う。
話によると、この入り口を発見した冒険者パーティが、そのまま遺跡の探索へと移ったそうなのだが、後衛一人を残して全滅したらしい。で、錯乱状態だった生き残りのソイツがこの辺りで発見され、ようやく探索者ギルドへお鉢が回ってきたというワケだ。
うーん。意外に冒険と探索に必要な能力は違ってくるからなぁ。そいつらが冒険者として手練でも、相手がどのくらいの脅威だったのかは、まだ見当がつかんな。生き残りの一人からも、情報は得られなかったらしいし……。
「前衛は、我々三人とヴェルク殿が務める。他二人は後衛組の護衛をお願いする」
「かしこまりました」
「ちっ、しゃーねぇな……」
オレは前衛か。まぁ「気」の読めるようになったフェンとヴィーが殿を務めてくれるなら不安は無い、か。二人の成長が嬉しいような、でもどこか寂しいような、不思議な気持ちだ。
「それでは、行くぞ」
テイルのその一声で、オレたちは地下へと踏み出した。
「随分、湿気があるな……」
「恐らく、近くに水源があるのだろう」
階段状になった岩場を軽い足取りで進みながら、オレはこの遺跡の感想を呟く。ソレに対して、律儀に返してくるテイル。
その身には、騎士の如き白銀の鎧を身にまとっている。とはいえ、探索用に作られたのであろうか、いくらか軽量化はされているようで、ジュールなんかが着ていたものよりは比較的身軽そうな鎧だ。ただ……。
「この湿気の中でそんなもん着込んで、暑くないのか?」
「暑いな。今すぐ脱ぎたいくらいだ」
それは、オレとしては嬉しいが……。前を向いて集中したままのテイルに、オレは溜息をつく。振り返り、後衛をぴょこぴょこ歩く回復術師を見る。
「アンナ」
「ああ、了解だべ」
そう言って、アンナは鞄からあの杖を取り出して、小さく呪文を唱える。たちまち、不快な湿気がメンバーそれぞれの周囲から消えていく。テイルが、その魔術発動の早さに驚いてみせる。
「今の、一瞬で……?」
「教会の治療でよく使う魔術だべな。体温の維持って、人間にとって意外と大事だかんなぁ」
言うは易し、行うは難し。この外気から身を守る魔術は、通常は気休め程度に過ぎないが、アンナがやってみせたコレは、姫さんの繰り出す炎の余波にも耐える質の高いものだ。恐らく、多少の火にまかれたくらいでは破られないだろう。それを一瞬で、これだけの人数にかけるのは、常人には不可能に近い。他の術師二人も、それを感じたのか言葉を失っている。
「教会でのアンナの治療は、10人単位で行うこともザラですからね。慣れているんです」
「んだんだ」
「慣れでどうにかなるモンじゃ無ぇだろうが……」
フェンとアンナの言葉に、ギーグが呟く。……まったく、その通りだ。
「アンナ殿、感謝する」
「いいべいいべ。オラもそろそろ暑いなと思っていたところだったべ」
テイル以上に着込んでるといえなくも無い、マスクとフードを被った状態のアンナが答える。たしかに、その格好は暑そうだ。いそいそと杖を鞄にしまう姿を見ていると、アンナと目が合う。照れたように、頭をかくアンナ。
「いやぁ、オラが宝石駄目じゃなかったら、ずっと持っとくだが……」
「そんな凄ぇ術師なのに宝石アレルギーってのも、おかしな話だよなぁ……」
「えっへっへ。見るのは嫌いじゃないんだども、昔っからの体質だかんなぁ」
宝石には、魔術の効果を増幅させる力がある。
それぞれ、宝石の色によって増幅できる属性が違う。炎の魔術を得意とする姫さんの場合は赤い宝石、回復術を得意とするアンナの場合は白い宝石……といった感じだ。
その宝石に特殊なカットを施して加工することで、術者それぞれの個性に応じたものが出来上がる。故に、そう簡単に他の人間の杖を使って魔術を強化、というワケにはいかない。そこらへんは、魔剣と同じだな。
宝石の入手にも、その加工にも結構な金額がかかる。武器や防具の手入れや買い替えが必要無い魔術師たちの、一番の出費要因は、この宝石だろうな。
苦手な魔術を補助するために、宝石を複数持つ場合もあるが、そんな非効率的なことが出来るのは、よっぽどの金持ちだけだ。その人間の持つ本来のもの以外の、伸びしろの無い属性を強化しても、大して意味が無い。
アンナは、そんな宝石に対して鉱物アレルギーを持っているため、普段からマスクとフードを着用している。……術師なのに、面倒だろうな。
「大変だなぁ」
「もう慣れたもんだべ。まぁ、宝石なんか無くても、結構イケるだよ」
歩きながらそう言って、ガッツポーズを作るアンナ。
……ま、まぁ、実際にその効果を体験している身としては、頷かざるを得ないな。流石にあの時は死んだと思ったのに、今はこうしてピンピンしていられるのだから、脅威の回復能力だ。
それを、教会ではほとんど無償で提供しているのだから、偉いヤツだ。通常、そんな質の良い回復術を受けようと思ったら、個人の年収を上回るくらいの金がかかる。
「おい、もう少し緊張感を持てよ」
歩きながら顔を横に向け、背後のアンナと話していたオレは、ギーグの不快そうなその言葉に前を向き、ニヤリと笑う。タイミングが良いな。……ヴィーとフェンも、気付いたようだ。
「ああ、分かってるさ。……早速、来るぞ」
オレの言葉に、半信半疑ながらも身構える前衛組。……いや、ジャックスだけは、オレの言葉より先に警戒しだしていた。もしかして「気」を察知できるのか?
やがて、オレたちの前に姿を現したのは、人間やモンスターの死体の群れ。……いわゆる、ゾンビってヤツだった。
恐らく、その一群の中にいる比較的状態の良いアイツらは、先刻話していた冒険者のパーティだろう。死んでから時間が経っていないからか、苦悶の表情まで容易に読み取れる。しかし、それ以外のヤツらは……この湿気のせいもあるのだろうか、かなり腐敗が進んでいた。
……アンナの魔術が無ければ鼻が曲がっていたな、これは。
オレは、最初に飛び掛ってきたゴブリンゾンビを魔剣で切り殺して、歩き続ける。正確には、相手はもう死んでいるんだが。更に二匹、今度は走ってきたハウンドドッグのゾンビを切り刻む。
ソイツらから飛び散って壁や床に付着する血と肉片を見て思う。オレの得物は形の無い魔剣だから良いものの、他のヤツらは後々武器の手入れが大変だな。……まぁ、どうでも良いことか。
……何者かの手によって死霊術の呪いを掛けられた、哀れなコイツらに比べれば。
ようやくアルファポリスのWebコンテンツランキングの仕組みを理解しました。バナーつけなきゃ駄目だったんですね……(汗