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25.悪夢、再び

 ヴィーに、実の父親だと思っていた人間が血の繋がりの無い他人だったと伝えるだけでなく、担ぎ上げるだけ担ぎ上げておいて、自分との間に王家の血を引く子供を産め、だと。


 まったく、ふざけたことをぬかしやがる……。


 オレは、怒りに任せてジュールを殺そうと一歩を踏み出す。コイツは、コイツらは、殺しておかなくてはならない。……今、ここで。


 歩きながら、右手に持ったナイフを振りかぶる。


「ヴェルク!!」


 …………ッ。




 ヴィーの声を聞いて、オレが動きを止めたその瞬間、横合いから酷く強い殺気を感じた。目でそれを確認するより早く、咄嗟に振り上げた右腕を出して防御する。体内に巡らされた魔剣ハルマーによって、その鋭い刃は腕の骨部分で防げたが、衝撃で数歩分後ずさる。


 ジュールのそれより幾分軽いが、スピードは上だな。


「ジュール様に、それ以上手を出すな……ッ!!」


 女の声だった。見ると、そこに立つのは全身を白い鎧で固めた女騎士。……いや、女貴士か。手には、今オレが左手に握っているジュールの魔剣と同じ意匠の、少し小振りな剣。


 おいおい。さっきの攻撃といい、まさかあと11本も、同じ魔剣があるんじゃねぇだろうな? 一人相手ならまだしも、「加速」能力を持つ12人相手に立ち回るなんて、不可能だぞ。


「ジュール様、ご無事ですかッ?」

「くっ……。ラフィ、貴女には待機を命じていたはずですが。どうして来たのですか……?」

「団長を守るのが、私の使命ですから」


 コイツ、聖貴士団の団長だったのかよ。それにこの甲斐甲斐しい女も、フルフェイスの兜で覆われてよく分からないが、声の調子から相当美人な気がする。いや、そもそも貴族には美形が多いんだが……。


 このクソ野郎、このうえにまだ欲しいものがあるのかよ。……同じ男ながら、呆れるぜ。


 ヴィーのお陰で、一気に黒い感情が霧散してしまったオレは、そんなことを考えて溜息をつく。なんだか醒めてしまって、くだらない怒りしか沸いてこない。


「……行けよ」


 オレの言葉を聞いて、ジュールが目を見開く。ラフィとかっていう女のほうは、オレに殺気を送ってくるが、そっちは無視する。女に嫌われるのは得意じゃないが、残念なことに慣れてるんでね。


「この私を、見逃すというのですか?」


 ジュールの言葉に、オレは肩をすくめる。


「お前をここで殺したら、失格になっちまうし……」


 一応、フェンがやられた分の仕返しも済んだしな。そう言って、ヴィーのいる方を見る。そこには、アンナに支えられて立つ愛弟子の姿。……まったく、心配かけやがって。もう一度、鍛え直しだな。


「後悔、しますよ」


 フェンと同じように、女貴士に支えられて立ち上がったジュール。その強気な言葉に、オレは笑って応える。


「もうしてるさ……二度と、アイツには近づくな。次はきっと殺しちまう」

「立場上、お約束は出来ませんが……その言葉は、胸に刻んでおきましょう」


 目を瞑り、頭を垂れるジュール。恐らく、誓いのつもりなんだろう。


「覚えていろ、探索者」


 人の話を聞いていないらしい女の方がそう言って、ジュールを支えたまま魔剣の力で飛び退く。オレは、控え室へ繋がる闘技場の通路へと入っていこうとするそいつらへ向かって、声をかける。


「おい、忘れもんだぞ」


 そして、拾い上げたジュールの腕を投げ渡す。腕の良い回復術師がいれば、まだ繋がるだろ。……って、おいおい、わざわざ教えてやったのに、そんな殺気を送ってくるなよ。なんだか、いつぞやのフェンを思い出すな。


「ま、とにかく終わったか……」


 二人の姿が通路へと消えると、オレは静まり返った会場内を見回す。まぁ、色んなことが起こりすぎて、混乱するわな。……仕方ない。


 オレは、左手に握ったジュールの魔剣を高々と掲げる。


 右腕は、先ほどの女貴士からの攻撃で、血が出ているしな。けして、深い傷ではないが……乱入者に、しかも女につけられた傷を堂々と晒すのは、流石に格好がつかない。全身を鎧に包んだあの貴士が女だってのは、声を聞いたオレにしか分からなかっただろうけど。


 やがて、戸惑っていた人々は状況を飲み込み、この大会の勝者に気付いてくれたようだった。じわじわと広がる歓声。一部、女共からはブーイングが聞こえるが、気にしないことにする。


 ……まあ、たまにはこうして目立つのも、悪くないかもな。




「ご苦労様」

「……お前に言われると、すげぇ苛立つのはなんでだろうな?」

「あら、なぜかしらね?」


 闘技場から、選手用の通路を通って控え室へ帰ろうとしたところで、マリアに声を掛けられる。背後からは、未だ鳴り止まぬ拍手と歓声が聞こえている。……ま、たしかに魔剣同士の戦いなんて、そう見れるもんじゃないだろうしな。


「オレを労いに来たってワケじゃあ、無いんだろ?」

「そうね、悪いのだけれど……」


 こうなることはなんとなく予測していたので、何の用か、などとは尋ねない。


 左手に持っていた戦利品の魔剣を、壁に寄りかかるマリアに向かって放り投げる。抜き身のそれの柄の部分をきちんと掴んで受け取り、微笑むマリア。


「ありがとう。これで、陛下に良い報告が出来るわ」


 憎らしいことこのうえないが、どうしても憎めない。その顔とプロポーションは、ズルイよなぁ。男の性に逆らえないこの身が恨めしいぜ……。


「それじゃ、またいずれ会いましょう」


 オレから魔剣調査官としての獲物を受け取ったマリアは、鞘を失ったその魔剣を魔術で細工されているらしい布に包むと、壁から背中を離して言う。完全なる仕事モード。


「…………。オレの方は、もう会いたくないんだがな」


 マリアの言葉に、思わず呟いてしまう。……と、そこでひとつ思い浮かぶ。


「ああそうだ。マリア、その魔剣のことだがな……」

「なにかしら? 悪いけど、これはもう渡せないわよ?」


 オレの先に立ち、去って行こうとする背中に声を掛ける。別に、名残惜しいわけじゃないが、是非言っておきたいことがあったのだった。


「いや別に、元々王家のもんだろーからソイツを返すことに抵抗は無ぇんだが……次はもっと、まともなヤツに預けてくれねぇか?」


 半ば本気で言うオレに、くすくすと笑うマリア。今のが、まるっきり冗談だと思われたのなら心外だ。マリアは、オレに視線を合わせる。


「ふふ……。分かったわ。陛下に、そう伝えておいてあげる」


 ……いや、別にそこまでしなくても良いんだけれどな。


「それより王都での本選も頑張ってね。私が得た情報によると、他の予選大会では残り11人の聖貴士たちが順当に勝ち上がっているそうだから」


 …………え?


「元々、聖貴士の力を王都の有力貴族たちに披露するのが目的だったみたいだけど……。その筆頭である団長が倒された今、彼らは貴方を倒そうと躍起になるでしょうね」

「え? ヤツら、ヴィーの保護者であるオレを倒しに来たんじゃ……」


 オレの疑問に対して、マリアは首を振る。


「ああ、それは嘘。そもそも、この大会に貴方が出ることになったのは、今朝のことだもの。いくら彼らだって、そこにいきなりねじ込むことなんて出来ないわよ」


 …………。


 じゃあ何か? アイツら、事前にヴィーのことを調べていたから、オレのことを知っていただけだってのか? いや、それにしてはオレが魔剣使いだってのも知ってた様子だったし、ジュールには「私たちの目的を知っているか」なんてことを聞かれた気もするが……。


 そこで、オレは目の前の女の楽しそうな表情に気付く。……コイツ、……まさか、ジュールたちにも情報を流してたのか?


「今日は貴方の魔剣ハルマーの能力を十分観察出来たし、聖貴士団長ジュールの魔剣回収までして貰って、実に有意義に過ごせたわ。本当にありがとう」


 手をひらひらと振って、今度こそ去っていくマリアを、オレはただ見送るしかなかった。


「生きていたらまた会いましょう、ヴェルク」


 ま、また、騙された……。

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