24.聖貴士の思惑
闘技場には、どよめきと歓声が混在していた。
一方は、オレの手にしている如何にもな魔剣に対して。そしてもう一方は、そんな魔剣使いを相手にして一歩も引かず、むしろ優勢に戦いを進める美剣士に対して。……ジュールのソレだって、一見分からないだろうが魔剣なんだけどな。
上段、下段、多数のフェイントを入れて、再度下段。
オレの繰り出す斬撃は、ジュールの振るう細身の剣によってことごとく撃ち落されてしまう。かつて鋼鉄の剣を相手ごと断ち切った魔剣ハルマーも、同じ魔剣相手ではそうもいかないらしい。
一度、バックステップで間合いをとる。相手も足を止め、お互いが試合開始時に戻ったかのような位置に。オレはそこで、ようやくため息をひとつ。
「……ふぅ。さすが、元聖貴士といったところか?」
しかし、オレの言葉にジュールは「いいえ」と首を振る。
「元、ではありませんよ。貴士とは、貴族でありながら最前線で戦う騎士であり、この国の王家に忠誠を誓う者たちです」
そう言って、ジュールは笑う。本当に、心底楽しそうに。
「つまり現在の私たちは、正当なる後継者であられるヴィクトリア様の聖貴士なのです」
機。
次の瞬間、ジュールの姿はそれまでいた場所から掻き消え、その魔剣の切っ先が、オレの喉元に迫っていた。それを、首を掠めながらギリギリで躱し、さらにバックステップ。しかし、飛びのいた先には、またしてもジュールの姿。横から斬りつけられ、それを魔剣ハルマーで受け止める。
手が痺れる。魔力の塊であるハルマーによって衝撃は軽減されるはずだが、その剣圧は、ハルマッゾのそれと比べても遜色ないものだ。
「速ぇな、オイ……ッ!」
「ありがとうございます。それだけが取り柄なものでして」
にこやかに笑うジュール。嫌味なほど爽やかなやつだ。
コイツが持つ魔剣の能力は、恐らく「加速」だ。非常に単純かつ強力な能力だが、それを千年分を超える知識と技を蓄えた<石>を得ている達人が扱うと……たとえオレが魔剣を持っていようが、数千年分の知識と技を得ていようが関係ない。……フェンも、コレにやられたのだ。
オレは意識して、魔剣ハルマーを二本の剣へと変化させる。ジュールはというと、それを見て微笑んでいる。まさに余裕の笑顔だな……。
「果たして、それで私のスピードについてこれるでしょうかね?」
機。
先ほどよりも高速の斬撃が、オレを襲う。オレは両手に持つ二本の魔剣を駆使してそれをどうにか凌ぐが、それでもまだ足りない。その剣戟の最中、双剣となった魔剣ハルマーの、さらに柄の先にも、それぞれ刃を作り出し、計4つとなった刃で相手の攻撃を迎え撃つ。
しかし、ジュールはそれを見て楽しそうに笑う。
「ははは、まるで奇術師ですね」
魔剣の加速能力によって、超高速・超高圧で繰り出される達人レベルのソレは、オレの神経をも削り取っていく……。このまま戦っていたのでは、勝ち目はない。
「……ッ」
ジュールの斬撃が体に触れる直前、相手の剣と己の体との間に魔剣ハルマーを無理矢理ねじ込む形で防御。しかし、相手の加速という能力によって威力が上乗せされた斬撃は、受け止めた魔剣ハルマーごと、オレの体を後方へとふっ飛ばす。
そのまま、衝撃の勢い余って地面を転がる。
「……凄いですね。ここまで私の剣を凌いで見せたのは、貴方が初めてですよ」
余裕の表情でそう言うジュールに、オレは息を荒げ、地面から立ち上がりながら応える。
「ハァ、ハァ……。それは、こっちの台詞だ……」
どんなに正確に「機」を読んでも、その実際の攻撃との時間差があまりに少なく、対応がどうしても遅れてしまう。逆に相手も<石>の知識なのか、こちらの「機」を読んでいるようで、それを捉えると加速された剣捌きでオレの攻撃をあっさり封じてしまう。
こちらも、魔剣を双剣に変化させたり、ハルマッゾの知識から「気」を使って身体能力を上げたりしているのだが、それでもまだ追いつけない。こちらがあの手この手を使って追いつこうとするにつれて、向こうも加速能力の出力を上げているようだった。……一体、どこまで加速できるんだ?
「どうにも、うまくねぇなぁ……」
「この状況を前にして、それだけ冷静でいられるのもまた、凄いものですね」
相手の魔剣は、魔力を周囲へ放出するタイプのものでは無い。そのため、魔剣ハルマー最大の特徴である「魔力吸収」も意味を成していない。挙句、ジュールは攻撃や回避で加速するその瞬間にだけ、魔剣の能力を発動させているらしく、魔力消費による疲弊の色も見られない。
……いや、そもそも姫さんのような魔力容量の多い人間が多くいる貴族という人種にとっては、魔剣の行使など対したことではないのかもしれないが。
能力が意味を成さず、スタミナ切れも望めない。……くそっ、マリアの報告書にあった「魔剣封じ」だかっていうのは、こういうことか。たしかに、いくら強力な攻撃ができようが、これでは意味が無いな。
それこそ、現国王の持つ光の魔剣ヴィジターのように、文字通り光速の攻撃を放てるのであれば、また話が変わってくるのだろうが……。
オレは、ちらりと観客席のヴィーへと視線を向ける。声は聞こえないが、どうやら応援に熱が入りすぎて、大分ヒートアップしてるようだ。あ、ぶつかった大男をぶん殴った。おいおい。
「あいつが、女王にねぇ……?」
オレの言葉に、ジュールも一度そちらを見て苦笑いし……意外な言葉を口にする。
「前王の意思ですしね……それに、あの方が国を治める必要はありませんよ」
「……どういう意味だ?」
ジュールは、オレに視線を戻してニヤリと笑う。それは、それまでの爽やかさとは一線を画した、壮絶な笑み。
その口から語られる内容は、思いもしないものだった。
「あの方には、王に相応しい貴族の誰かと婚姻を結んで頂ければ、あとは何もしなくて構いません。……そうですね。我々貴士なんて、お相手には丁度良いのかもしれませんね」
そう言って、くつくつと、心から楽しそうに笑うジュール。
しかし、それを見ても、思考が止まってしまっているせいか憎らしいとも感じない。……ちょっと待てよ。なに、言ってやがるんだ?
「あの方の仕事といえば、その人物との間に跡継ぎを作ること……ぐらいでしょうか」
……………。
オレは、魔剣ハルマーを空中で分解。霧消させる。そして体内へと意識を集中する。無数に分離した魔剣ハルマーが、体内で骨や筋繊維に纏わりつく。それぞれが、身体能力を補助し、限界を超えた力から肉体を守る働きをするように。
「おや? どうしまし――」
次の瞬間、オレは己の「気」を密かに消し、体内の魔剣の形状を操作することで肉体の動きを加速、ジュールの脇を高速で駆け抜ける。ハルマーを変化させた、手の平に収まるような極薄刃のナイフによって、ジュールの腕はその魔剣ごと宙を舞う。
ジュールと、観客席の女共の口からは声にならない絶叫が漏れる。おいおい、腕の一本や二本で、オーバーなヤツらだな。オレは、くるくると回転しながら落ちてきた魔剣を空中で掴む。背後では、ジュールの鎧に包まれた腕が、ぐしゃりと落ちる音。会場が、またしてもシーンと静まり返る。
「それじゃあ結局、お前ら全員を殺すしかないワケだ」
限界を超えた動きに対して、己の体が訴える痛み。オレは、それに耐えて笑ってみせる。目を見開いて、あまりに意外そうな顔を見せるジュール。
「油断大敵ってヤツだな。……元、聖貴士さんよ」
……まずは、一人目だ。