23.隠し子
「初めまして。探索者ヴェルク」
「これはご丁寧に、どーも」
フェイド王国武術大会予選トーナメント、決勝。そこでオレと相対しているのは、ここしばらく徹底的に鍛え上げた愛弟子のフェンではなく、白い鎧に身を包んだ色男。
この男、トーナメントを圧倒的な実力で勝ち進み、その甘い容貌と相まって、闘技場には女共の黄色い声援が飛び交っていた。準決勝で探索者ギルド随一の美男子であるフェンと当たったときの女共の悲鳴ときたら……。
今現在、オレの応援をしている大部分が男、対戦相手の応援をしている大部分が女と、非常にわかりやすい構図になっている。ただし、一名だけ確実にオレの応援をしている女がいる。
「負けんな、ヴェルク!! フェンの仇をとってやれ!!」
はぁ……、アイツめ。人の弟子を勝手に殺すなよ。大体、そんなヤワに鍛えたつもりはないぞ。……まぁ、かなりの大怪我を負ったことは確かで、その治療のためにフェンのそばについているアンナの姿は、この場には無い。
そもそも、アンナの観客席への入場が許されたのは、いざというときに回復術を使って参加者を治療するという条件と引き換えだったらしい。高位の回復術師を雇うのは、確かにかなりの金がいるからなぁ。アンナなら、身元も確かだし。
ちなみにギーグのヤツも、気絶したままアンナに治療されていた。オレだって、あの場面でアンナの姿を目にしていなければ、あそこまで無茶なことはしていない。……多分。
「私達の目的についてはご存知ですか?」
「一応な。アイツに、そんな大役は務まらんと思うんだが」
オレがそう言うと、白い鎧の男はにこやかに笑う。普段、同じく敬語を使うフェンとは違い、まさに慇懃無礼といった感じで……少し癪に障る。
「それを決めるのは貴方ではありませんよ、探索者ヴェルク。……さて、そろそろ始めましょうか。会場の淑女たちを待たせるのは忍びない」
「別に、待っちゃいねぇと思うが」
お前の負ける姿はね、なんてことは言わないでおく。コイツとフェンとの戦いを見ていた限り、そんな簡単に勝てる相手ではないだろうしな。
……なぁ? 元聖貴士の魔剣使い、ジュールさんよ。
『13人の聖貴士たちが、陛下の元から離反したのよ』
『……はい?』
あの宿屋での、その後のマリアとのやり取りは、衝撃的な内容だった。……衝撃的過ぎて、理解できねぇ。
『聖貴士って、あの、お前の報告書に載ってた、魔剣封じだか魔剣殺しだかの?』
『そうよ』
『いや、ていうか、貴士って、騎士みたいに忠誠とか誓わないのか?』
『もちろん誓うわ』
オレの問いに、マリアはあっさり頷いていく。
『でも、彼らは貴族なのよ。血筋さえ違えることさえなければ、決議によって国王を決めることのできる立場にあるの。歴史ある貴族たちで構成される貴士と、有力貴族たちの同意があれば、陛下を失脚させることだってできるわ』
『国王を、自分たちの手で……』
『ま、あまり知られていないけどね』
なんだか、貴士ってのは随分と力を持ってるんだな、などと考える。しかし、よくよく考えてみれば、こんなことはこれまでに聞いたことがない。王家と貴族の対立など。……そうだ。
『しかし、<石>はどうなる? 王家の<石>は、今の国王が受け継いでるんだろ?』
そう。王であるための資格の代表的なものに、王家に引き継がれている<石>の後継者であることが挙げられる。前王の遺言とも言えるそれを受け継いでいるものこそ、王に相応しい……ということになるはずだ。
『そういうことになっているわね。……だけどもし、陛下が<石>を受け継いでいないとしたら?』
『……どういうことだ? 話に聞く現国王の実力は、並の人間のそれじゃないぞ』
オレの疑問に、マリアは肩をすくめて答える。
『彼ら王家の血筋を引く者には、元々<石>なんて必要ないのよ。生来、能力と資質に優れていて、<石>があろうがなかろうが、たちまちソレと同じものを得てしまう。彼らにとっては、そこらの魔剣すら脅威では無いの。貴方の魔剣、ハルマーでさえもね』
魔剣の名前を誰かに言った覚えもないが、こっちの動向は今でもチェックしてるっていうことか。しかし、そもそもどうしてそんな話をオレにするんだ? 疑問は尽きないが……。
『今の国王が<石>を持ってないってのは、どういうことだ? まさか、前王が他に誰かを指名したってのか?』
可能性としては、ありえないわけじゃない。そう。姫さんとこの親父さんみたいに……。
『その通りよ。前王が<石>を託したのは、隠し子である女の子。聖貴士団の面々は、その意志を尊重すべきと考えているのよ』
前王の隠し子? 女の子? ……なんだか、嫌な予感がするな。そんなオレの気持ちを知ってか知らずか、マリアはそのまま続ける。
『ただ、彼女は当時、王位継承の争いに巻き込まれることを避けるために、信用できる騎士とともに、それまで暮らしていた王都を抜け出し、各地を流浪していたの』
マリアは、これまでに無く力強い瞳と口調で、言う。心なしか楽しそうに見えるのは、オレの僻みか……?
今、オレの脳裏には、アイツと出会ったばかりの頃の様子が思い出されている。ま、女の子っつー感じじゃ、なかったけどな……。
『本名、ヴィクトリア・フェイド。……ここから先は、言わなくても分かるでしょう?』
そしてフェイド王国の王女様は、やがてある街の探索者となり、今はヴィーと呼ばれている、か。
オレは、アイツが最近見せた「力」を思い出す。王家の血、か……。アイツ、本物のお姫様だったのかよ。姫さんは、知らなかったのか? オレには考えられないが……って、待てよ? じゃあ、アイツが今も尊敬し続けている、死んだ親父さんというのは……。
『その騎士から<石>を受け継いだ今でも、彼女は本当のことは知らないままよ。一方、彼女よりも先に真実と現状とを知った聖貴士団はというと……』
マリアは、オレのことを指差す。
『彼らはまず、彼女の後見人であり魔剣使いでもある、貴方の実力を量ろうとしているらしいわ。とても、原始的なやり方でね』
オレは、先日コイツと一緒にいた夜に行った、魔剣を使った初の戦闘を思い出す。あの時は、姫さんのフォローもあって街に被害が出ることはなかったが……。しかし、魔剣使い同士の戦いに周囲を巻き込まないようにするというのは、非常に難しそうだ……。
なるほど、相手も愛国者であるならば、恐らくこちらと同じことを考えるだろう。そうなると、戦いの場は――。
『どうする? 聖貴士団の思惑通り、あの子に真実を告げる? それとも、彼女の想い出を守るために、戦うのかしら?』
そう言って、やはり楽しそうに微笑むマリア。……この悪女め。地獄に落ちやがれ。
そして、オレとジュールは同時に一歩を踏み出した。ジュールは豪奢な装飾の腰の鞘から、オレは右手の先の空間から。その手に、それぞれの魔剣を携えて。その光景に、またしても周囲の声援が一瞬、止まる。そして響くのは、やっぱりアイツの声。
「頑張れ、ヴェルク!!」
……分かってるよ、お姫様。