22.血の祭
フェイド王国武術大会予選トーナメント、一回戦。
会場である街の闘技場の真ん中でオレに対峙するのは、体中に大量の傷跡を残す2メールを超える大男。端から見たら、どう考えてもオレに勝ち目は無いだろう。
しかし、よりにもよってコイツとはね……。
この初戦の相手は、先ほど思い浮かべていた探索者ギルド内の派閥のトップの一人、斧使いのギーグだ。それぞれの開催地において、各ギルド2名の参加枠が与えられているらしいから、こいつはオレの代わりに推薦されたってことになるんだろうな……。
本来、同じギルドから推薦された同業者同士は、初戦で当たらないよう配慮されるはずだが、オレは探索者ギルドからの推薦枠からの出場というワケではない。……まぁ、言うならば国王推薦ってことか。まったく、会ったことも無いというのに、迷惑なことだ。
「貴様、ヴェルクとか言ったか。この街の探索者らしいが……あのいけ好かねぇ双剣使いの師匠だってのは、本当か?」
「ああ、まあね。つっても、フェンのヤツが弟子になってから、まだひと月も経たないが……」
控え室でのフェンの言動のお陰で、もう隠す意味が無くなってしまったので仕方なく頷く。被っていたお面も、ここに来るまでに外してきた。……無駄な出費だったな。
さて、どうやらギーグの口振りから察するに、フェンはともかくオレのことはよく知らないらしい。それも当然か。オレはコイツと話したことも、パーティを組んだことも無いのだった。
……というよりも、大抵派閥に属している人間というのは、同じ派閥内でしかパーティを組まない。そうすることで、探索で得られる利益を他所に回さないようにしているのだ。
特に、コイツ等の間では、探索によって得られた遺物など、利益の一部を派閥の上位者に譲ることで上納金代わりにしているという話だった。
それによって、派閥上位者は探索実績を積んでギルド内の地位を上げ、納めた側は派閥内の有力な探索者とのパーティを組めるようになるなど、派閥からの恩恵を受けられるようになるのだ。上手いこと考えたもんだと思わなくもないが、オレ個人としてはそういう面倒なのは御免だ。
利益を収めなかった者には、陰湿な嫌がらせや脅迫をしているという噂もある。……噂といっても、その出所が姫さんな以上、ほとんど真実なんだろうけどな。
そういえば、特に有力な探索者の派遣には、派閥メンバーであってもかなりの金額を積む必要があるらしく……たしか、この男もそんな有力探索者の一人だったはずだ。あまり人付き合いをせず世情に疎いオレが、名前を知っているくらいだからなぁ。
「おい貴様、ここはオレに勝ちを譲らねぇか? ギルドでも優遇するし、金ならいくらでも用意できるぞ? なんだったら、とびっきりの女を用意したって良い」
しかし、そんな男にもフェンの実力は耳に届いているらしい。その師匠だというオレに対して買収を始めるギーグ。ある意味、潔いというか、諦めが早いというか……。
たしかにフェンほど、腕前、資質、容姿の揃った探索者なんてそうそう……ってあれ? ヴィー、姫さん、そしてフェン……オレの周りには結構いるな。たしかアンナも、マスクを外せば可愛い女の子らしいと言うし。むしろ、逆の意味でオレだけ浮いてねぇか?
と、とにかく、ギーグは手段を選ばぬほどにこの大会で確実に勝ち残り、更なる名声を手に入れたいってことなのだろう。うん、なんか、それだけ必死だと、むしろ持たざる者としての親近感が沸いてくるな。
ちなみに、オレたちの会話は、周囲の声援に遮られて他の者には聞こえない。
「まぁ、悪くない提案だが……」
オレは視線を巡らせて、ある人物の「気」を探る。特徴的な気の持ち主であるそいつはすぐに見つかる。その赤毛の女は、隣に座るアンナと共に、オレに声援を送ってくれているようだった。
……ていうか、たしか試合の流れによっては凄惨な場面になる可能性もあるから、15歳未満は観戦禁止のはずだが、アンナはどうやって入ってきたんだ? まさか、無茶してねぇだろうな。
「ま、今回ばかりは、そうもいかないみたいでね」
「そうか、それじゃあ……仕方ねぇなッ!!」
目の前で余所見をし、提案を蹴ったオレに対し、ギーグは両手に持った手斧を同時に投げつけ、背中の大斧に持ち替え突進。投げられた二つの斧は、オレの後方をぐるりと回って背中に迫り、前方からはギーグの巨躯が迫ってくる。……意外と器用だな。
「死ねえぇぇえええぇぃッ!!!」
相手を殺したら、反則負けだけどな。コイツ、ルール解ってるんだろーか?
そんなことを思いながら、オレは己に迫る大小三つの斧のうち、背中に向かって飛んできた小さな二つの手斧を、後手にひょいと掴む。そして、ギーグの巨体ごと突っ込んでくる残りの大振りな一本をかわして相手の背中に回り、その男が突進の勢いを止め振り返ろうとしたところで……両の踵を縦に切り裂くように手斧を投げつける。
ガガッ、と無機質な音を立てて、二本の手斧の切っ先が闘技場の地面に突き刺さる。
「ギャアアァァ――ッ!!?」
両足を地面に縫い付けられた大男が、巨躯を震わせて絶叫する。いちいちうるせぇヤツだな、などと思いながら、オレはそれを無視してギーグの進んでいた方向へつかつかと歩く。そして、そこで彼の落とした最後の斧を拾い上げて片手にぶら下げるように持ち、そのまま振り返る。それを見て、痛みに震えていたギーグは、目を見開いた。
ある理由から、オレはこの大会で優勝しなきゃならないが、かといって普通に勝ってしまっては、コイツらとの間に遺恨が残るだろう。穏やかにいきそうにない相手となれば、いくらか脅しておかないとな。中途半端が一番いけない。
「ぐぐ……や、やめてくれ、金、金なら、いくらでも払う!! オレが悪かった!!」
「? 何故、謝る必要があるんだ?」
「な、何故って、オレが、アンタに不意打ちを……。殺さないでくれッ!!」
どうやら本当に、ルールを理解してなかったらしいな。開会式で、何聞いてたんだコイツは。当たったのがオレやフェンみたいな人間じゃなかったら本当に死んでたぞ。
「不意打ちなんて卑怯のうちに入らねぇよ。まぁ、金をくれるってんなら貰っておこうか」
オレはそう笑って、手にしていた斧をギーグの方へ無造作に放り投げる。それは回転しながら綺麗な弧を描いて、ギーグの頭部を舐めるようにしてその背後へ落ちる。頭髪の一部を失い、逆モヒカンとなった大男は、痛みからか、それとも恐怖からか……白目を剥いてその場に気絶した挙句、失禁してしまう。
闘技場の地面に広がる、血と尿。大の男が失神して見せたその姿に、ここまで声援を送りながら試合を見ていた観客が、シーンと静まり返る。……あれ? もしかして、やり過ぎた?
と、その中で一際響く一人の声。
「良いぞ、ヴェルク!!」
それが誰の声かは言うまでもない。正直、ことの本人であるオレが言えたもんじゃないが、ちょっとは周りの空気を読めよな、ヴィー。……と思った次の瞬間、ヴィーのその勢いにつられるようにして、周囲の人々の大きな歓声が、闘技場を覆った。おいおい、マジかよ。
それを聞いて、満足そうに頷くヴィー。……まるで自分が勝ったみたいな顔してやがる。
……結局その後、オレは何の障害にぶち当たることもなく、予選決勝まで駒を進めた。