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21.美女、再び

 目立つこと、面倒くさいことを嫌い大会への不参加を決めたはずのオレだったが、予選大会当日の試合開始直前……なぜか観客席ではなく、大会参加者の控え室にいた。


「どうしてこうなったんだ……」


 オレは、頭を抱えて呟く。




 時は遡り、予選大会当日の朝。


 その日は一日、会場の客席で酒でもあおりながらフェンの成長した姿を楽しませて貰おうと、オレは珍しく早起きをして、出発の準備をしていた。……ハズだったが、どうせ試合開始は昼ごろだから、と誘惑に負けて前の晩から飲み明かしてしまい、ベッドの上で毛布にくるまったままウトウトとしていた。そこへ、部屋のドアがノックされる音。


「ヴェルクー、お客さんだよー」


 どうぞ、の一言も言わせないまま、この宿屋の主と言っても良い存在である少女が、オレの部屋へ勝手に入ってくると、慣れた様子でカーテンと窓を開け、日の光と外の空気を室内に取り込む。そして、


「じゃ、これは洗濯するから」


 と言われた瞬間に、オレはくるまっていた毛布を剥ぎ取られていた。その勢いで、ベッド脇に落ちる。イタタ……。寝ていたとはいえ、ミントの「機」が全く読めなかったんだが、どういうことだ?


「ほら、人を待たせない」

「これが客に対する仕打ちかよ……」


 オレが床から起き上がり、打ち付けた頭を抑えてブツブツと文句を言っていると、ミントは続けて言う。


「下で美人のお姉さんが待ってるわよ」


 ……なぬ?




「って、お前かよ……」

「あら……。あの夜以来の再会だというのにご挨拶ね」


 急いで準備しエントランスに下りると、そこには……いつぞやオレを騙してくれた魔剣調査官殿の姿。たしかに美人には違いないが、朝から見るにはヘビーな顔だぜ……。


 絶世の美女と一夜を共にした挙句、危機を一緒に乗り越えたという輝かしい想い出は、実は自分の持ち物欲しさに近づいてきた悪女の策略だったという、ドロドロとした悪夢の記憶に変わった。


 女に騙されたことが無いワケじゃないが、アレは流石にトラウマものだったぞ。出会って即、問答無用で薬を使われるとか……。オレに対して、人としての感情が感じられなさ過ぎる。まさかコイツ、ティアの親戚じゃなかろうな?


「猫なで声でなに言ってやがる。人に薬まで盛りやがって」


 しかしその女……マリアは、オレが事の真相を知っていることに対して驚く様子も無く、軽く肩をすくめてみせた。


「そう、知っているのよね。まったく忌々しいこと……」

「……?」


 どうやらマリアの話によると、王の元に届いた彼女の報告書に、シルヴィア・スティネーゼ直筆の署名付きで「拝読いたしました。しかし、ヴェルク氏は信用に足る人物ですのでご心配なく……」と添え書きがされていたらしい。


 機密文書を盗まれるという失態をやらかしておきながら、何故か責任こそ問われなかったマリアだったが、行ってきた調査自体を無駄足にされてしまい、魔剣調査官としてのプライドをいたく傷つけられたようだ。


 ……すげぇな姫さん、オレなんかとは格が違う。騙されていたオレとしては、心からの喝采を送ってやりたいところだ。ていうか、国王に対してそんなことしても平気なのかね?


「それで、今日は何しにここに来たんだ?」


 一通りの話を聞いたオレが、抱いた疑問を目の前の美女に投げかける。姫さんの報復的行為によって、オレの中の恨み辛みも大分薄れていた。そもそも、王国を裏切るつもりなんて毛頭無いしな。


 すると、そのマリアは懐から一枚の手紙を取り出しヒラヒラ。それを見て、あの時の執事……ラスティ爺さんを思い出す。


「なんだ? また報告書でも読ませてくれるのか?」

「あのね、そんなワケないでしょう?」


 はぁ、とため息をつくマリア。そんな姿も絵になるのだから、嫌になる。こんな女が仕事の為にオレみたいな男を華麗に騙してみせるのだから、世の中信用ならねぇなぁ……。


 マリアは、そんなことを考えるオレにお構い無しに続ける。


「これは国王直筆の指令書よ。悪いけど貴方には、今回の武術大会で優勝して貰うわ」




 そして時間は戻る。


「どうしてこうなったんだ……」


 マリアに大会優勝を依頼(というか強制)されたときはなんの冗談かと思ったが、その後、実際会場へ来てみると、通されたのは観客席ではなく大会参加者の控え室。オレは、その隅にある丸椅子に座り込んで頭を抱えていた。


 正直、目立つのは好きじゃないし、ギルド内でも地味な盾剣使いに徹して防御的な役割のみを担ってきた。そんなオレが、こんなところで本気を出して戦った場合、どう考えてもカドが立つ気がする。


 頭に思い浮かぶのは、一部の嫌味な探索者ども。姫さんも嫌味を言ったりはするが、ヤツらのソレには品性の欠片もなく、嫌がらせを受けて探索者をやめたり、他の街へ移っていった者だっていたという話だ。そんなヤツらが何故、ギルド内でのうのうとしていられるかと言えば、ギルド内でも大きな派閥に属していて大きな後ろ盾があるからだった。


 いざこざに巻き込まれるのが嫌で、ギルド内のどの派閥にも付かずにのらりくらりしていたというのに……どうしよう、嫌がらせが頭にきて、そいつらをボコボコにしちゃったら。ギルドにいられなくなるんじゃなかろうか?


 フェンの修行だって、出来るだけ目立たないように、討伐したモンスター数を過少報告していたというのに。全てが水の泡だ。


 ……と、そんなわけでオレは、ここに来るまでに予選大会の祭り騒ぎに合わせて開店した土産屋で、貧相な仮面を買って被っていた。周囲にはイロモノ的な格好をして、ウケを狙おうとしているようなヤツらもいるため、それほど目立ってはいない。


 しかし、「気」が読める人間には、そんなものは通用しない。


「……あれ? もしかして、師匠ですか?」


 ギクッ、と体を強張らせるオレ。その声の持ち主と台詞の内容に、周囲がざわめくのが分かる。おい、やめろ。そんなに嬉しそうな顔をして、こっちに来るんじゃない。


「ああ、やっぱり。師匠も、この大会に出場することに決めたんですね!」

「……なに言ってるんですかフェンさん、オレは貴方の師匠なんかじゃありませんよ? どなたかと勘違いされているのでは?」


 顔を背けてそんなことを言い、暗に「オレとは関係ないフリをしろ」と伝えたつもりだが、フェンはにっこり笑って応える。


「やだなぁ、師匠こそ何言ってるんですか。僕は探索者ヴェルク以外に師事したことなんてありませんよ。……あ、分かりました。この大会が終わるまで、僕たちが師匠と弟子の関係じゃないと思えってことですね?」


 フェンは、表情を引き締めて深くお辞儀する。その行為に一切の邪気は無い。


「師匠の胸を借りるつもりで頑張ります!」


 ……天然かよ、この野郎!!


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