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20.武術大会

「おぬしら、武術大会に出てみんか?」


 ある日、遺跡での修行を終えてギルドに探索の報告をしにきたオレとフェンの二人に、ゴード爺さんから武術大会に出ないかとの誘いがあった。


 フェイド王国武術大会というのが確か正式名称のそれは、王国中にある比較的大きな街で予選大会を行い、それぞれの優勝者を王都に招き国内最強の武術家を決定する大規模なものだ。武器の制限はないが、「武術」大会というだけあって、魔術の使用は禁止されている。


 この大会、先の戦争以降は国力回復が最優先事項とされて開催を見送られていたのだが、つい先月になって開催が決定され、各地ではそろそろお祭り騒ぎの準備が始まっていた。


 ただし、今回の大会は一般参加は受け付けておらず、各ギルドや、騎士団、貴族などの有力者といったものたちからの推薦を受けたものたちだけが出場できるという手筈になっている。どうやら、まだまだ国境沿いがキナ臭い中での開催ということもあり、今回の大会に不穏分子が紛れ込むのを防ぎたいという意図があるらしい。


 ゴード爺さんの話によると、どうやら探検者ギルドから出場する代表の一人として、この街の予選大会に参加して欲しいとのことだった。


 しかしオレは、その話を聞いた瞬間に答えを出していた。ゴード爺さんに対して、肩を竦めて見せ、非常に面倒臭そうな顔をして答える。


「オレは遠慮しとくよ。面倒臭そうだし……」


 大体、帝国が魔剣を奪いに来た件以来、目立つ行動を避けているというのに。アレ以来、あの行きつけの酒場にも行っていな。べ、べつにマリアの一件が尾を引いているわけじゃないからな。多分。


 一方、フェンもオレに追随するように頷く。こちらはゴード爺さんに対して非常に申し訳なさそうな表情をして。


「そうですね。僕も、アンナと一緒にいなきゃいけませんし……」


 ゴード爺さんは、オレたち二人を見比べて溜息をつく。


「仕方あるまい……。ヴェルクはともかく、街で人気者のフェンには是非出て欲しかったんじゃがのう。うちの孫も、期待しておったし」

「爺さん、孫いんのかよ! ってか、オレはともかくってどういう意味だ!?」

「ま、まぁまぁ、師匠。……しかし、ゴードさん。大変申し訳ありませんが、僕にはアンナを護衛する義務が――」


 しかし、そこまで断りかけたところで、思わぬ声がフェンの言葉を遮る。


「なぁにオラに遠慮すっことあっだか。出れるもんには出たら良いべ」


 今日は教会の活動の予定だったはずだったが、それが早めに終わったのか。いつも通り外出用のマスクとフードを被った姿で探索者ギルドのカウンター前にあらわれたアンナ。フェンが絶句している中、その言葉を続ける。


「出たくても出れない人だっているだ。出て欲しいっていうなら出るべきだべな」

「ア、アンナ……、しかし僕には貴女を守るという大事な仕事が……」


 なんだか、娘から「子離れしろ」と宣告された父親みたいに衝撃を受けているフェン。


「なに言ってるだ。街の人らを幸せにするのが、うちら教会の人間の仕事だべ」

「うぐっ……」


 もっともな正論で反撃を封じられたフェン。もはや、大会に出たい出たくないじゃなく、出来るだけアンナの傍にいたいという信念とのせめぎ合いが始まっているらしい。今もアンナを守り続けるために辛い修行に耐えているフェンに、オレはひとつ思いつきを提案をすることにした。


「フェン、お前は大会に出てみろよ」

「師匠……?」

「そろそろお前も、自分がどんだけ強くなったか試してみても良い頃合だろ。遺跡のモンスター相手じゃなく、手練の人間相手に試してみるのも悪くないさ」


 ただし、相手を殺さない程度にな……などと思いながら、オレが師匠面してそんなことを言うと、アンナも大きく頷く。


「んだんだ。もし王国で一番強いってことになったらば、もう修行なんかしねで、ずっとオラの傍にいてもらえるべ?」


 果たして、どちらの言葉がフェンにとって一押しになったのか……答える必要は無いよな? アンナに向かって感涙さえ浮かべる愛弟子の姿に、オレは肩を竦める。まぁ、師弟なんてこんなもんだよな?


「ふむ。それじゃ、無事に決まったようじゃの。わざわざアンナに来てもらった甲斐があるというもんじゃわい」


 ……この狸爺、最初から仕組んでやがったか。




「へぇー。フェンさん、武術大会に出るんだー?」


 宿屋に戻って、探索者ギルドでの出来事を話すと、ミントは楽しそうに言う。やはり、


「ああ、探索者ギルドの代表としてな。まあ、修行の成果を見るには良いチャンスだろ」

「……ぐうたらのヴェルクが、ギルド代表になっちゃうような人の先生かぁ。なんか変なの」

「ガハハ、たしかにな」

「お前ら……って、なんか食堂から良い匂いするけど」


 いつもどおりのやり取りの中で、ふと食堂のほうから漂ってくる匂いに気付く。どうにも食欲をそそるソレは、まさに今調理中のものだろう。この宿の食事は普段、父娘が分担して用意しているが、その二人がカウンターにこうやって座っているということは、一体誰が調理してるんだ?


 そう思ったところで、その父娘のニヤニヤした表情に気付く。


「……もう、言わなくて良い」


 そのまま、ニヤニヤ微笑み続ける二人に見送られて食堂に入る。まだ、食事は準備中だというのに、宿屋の泊り客たちが席について、チラチラと調理中の厨房のほうへ視線をやっている。それに対して、なんだか少しだけイラッとするのは気のせいだろうか?


 ちなみにこの食堂、たった二人で経営している小さな宿屋のものだということもあって、厨房からも食堂全体が見渡せるようになっている。そんな訳だから、厨房でせっせと調理に励む人間の姿も、食堂から丸見えだ。


 そしてそこには勿論、赤毛の女剣士の姿。




「姫さんが、里帰り?」


 オレを含む宿泊客らに思わぬ美味が振舞われた夕食の後。人のいなくなった食堂で、オレはヴィーから姫さんについての意外な近況を聞くことになった。行方不明の兄貴以外に家族のいないらしい姫さんが、里帰りって……。一体、どこに帰るんだ?


「ああ、執事のラスティじーさんを引き連れてな」

「しかし、それはまた急だな。大体、姫さんの故郷ってどこだよ」

「ヴェルク……。マジでそんなことも知らねーのか? 王都だよ、王都」


 呆れた様子のヴィーは、続けて言う。


「シルヴィんとこのスティネーゼ家は、古くは王家に連なる血筋の、超有力貴族なんだよ」


 ……へぇ。


「それは知らなかったな。オレはほとんど、探索者としての姫さんしか知らんしなぁ」

「……それは、いくらなんでも反応が薄いぞ、ヴェルク。巷ではむしろ何故シルヴィが探索者やってるのかって方が疑問に思われてるんだぞ?」

「いや、それはオレも思うが……」


 探索者なんかより、黒幕とかのほうが似合ってそうだしな。


「そんでまぁ、暇になったから、アタシはヴェルクのとこに……」

「ん?」


 オレんとこに、なんだって? オレの不思議そうな視線に気付いたヴィーが、突然わたわたと両手を振る。どうしたんだ、そんなに慌てて。


「じゃなくてっ!! そう、ミント。ミントのとこに遊びに来たんだ!! そして、アタシが暇だってことを話したら、また料理を作って欲しい、なんて言われたから……」

「……なるほどなぁ」


 ミントのヤツはヴィーに大分懐いているからなぁ。いつのまにかアンナとも友達になっていたみたいだし、修行前にオレを迎えに来るフェンとも、結構よく話しているようだ。意外に大物かもな、アイツ。将来、姫さんみたいになったりして……なんてな。


「そ、そういえばさ……ヴェルク?」

「うん?」


 オレが一瞬、恐ろしい想像をしていると、なにやらヴィーが俯く。……どうした、ヴィー?


「ア、アタシさ、無事に、修行が終わったんだよな」

「ああ、そりゃあんだけの力を使いこなせるようになったんだから、とりあえず十分だろ」


 あの日、ミノタウロスの変異種を屠ったコイツの技、どうやら、いくらかの修練を経て完全に使いこなせるようになったようだ。あれはヴィーの気と魔力を練り上げる大技で、オレや今のフェンのように気を知覚してすらいなかったハズのコイツは、それを一足飛びに習得してみせた。ただし、気・魔力の消耗量が激しく、多用できる技では無いみたいだ。


 絶対的な魔力量の少ないオレに、あの技を使うことはできない。今のヴィーと勝負して、そう簡単に負けることは無いとは思うが、一撃の威力はオレのそれより遥かに高いだろう。……まあそもそも、まずコイツと勝負しなきゃならん状況が想像できないけれど。一方的に殴られる想像なら容易なんだが。


 そういえば、そもそもあの技は魔術の範疇に入るのだろうか。コイツが武術大会に出たら、どうなるんだろう。……うん、武術大会のでかい会場が、あの技で真っ二つにされる映像が頭に浮かぶな。


 ……と、ヴィーが顔を上げるとなんだか赤い。そして、やけに弱い口調で呟く。


「や、約束を……」

「ああ、アレか」


 ヴィーのヤツ、全然掴まらないから完全に忘れてるかと思ったが、きちんと覚えていたみたいだな。さて、どうするかなぁ……。


「そうだなぁ。今はフェンの修行もあるからちょっと忙しいけど、武術大会が終わったら恐らく暇になるだろうし、その時にしようぜ」

「ほ、本当か!?」


 赤い顔のまま立ち上がり、身を乗り出してくるヴィーの勢いについつい押されて、オレは仰け反る形になる。なんかヴィーのやつ、すっげぇ嬉しそうだな。


 ……そんなに特製ベリーパイが食いたかったのか?


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