02.事の発端(改訂版)
一週間前。その日は、遺跡内で新たに発見された階層へ潜るために、腕の立つ探索者を集めてのパーティメンバーの募集と編成をしていた。
場所は、ギルドの地下にある一室だ。
ギルドにおいて重要度の高い会議などは、普段ここで行われているらしい……が、ギルド内では中堅どころとなったオレも、そこに足を踏み入れたのは初めてだった。
地下にあるせいで窓もなく、ただただ照明魔術の光だけが、周囲の石壁をぼうっと照らし出している。その中央には、大きな四角いテーブルが置かれており、数人の探索者が腰掛けていた。
その一番奥中央に座るのは、新たな階層を見つけた今回の発起人、通称「姫さん」ことシルヴィア・スティネーゼ。どうやら、元来強い魔力の持ち主が多い貴族の出らしく、まだ十代の半ばにしてかなりの腕前を誇る魔術師だ。
そもそも魔術の素養を持つのは女のほうが多い。ただ、普通は魔術師ギルドに入るか、研究職に就くものが大半で、探索者などという中々危険で泥臭い仕事に就く魔術師は大抵男だ。貴族の女魔術師などというと、うちのギルドでもコイツだけだ。
とくに炎関連の術に関しては、そこらの魔術師じゃ足元にも及ばない。既にギルド内ではVIP扱いで、将来が怖い娘だ。綺麗な見た目も相まって、巷にはファンクラブも存在しているらしい……。まったく、ついていけねー世界だ……。
「今回集まって頂いたのは他でもありません。先日報告した下層への探索を、貴方がたに手伝って頂きたいのです」
年齢通りの童顔に、大きな瞳を輝かせながら、シルヴィアはそこに集まったギルドのメンバーに告げた。前もって簡単な情報は貰っていたので、その内容に驚きはなかったが……。
「しかし、ずいぶん急ぐんだな、姫さん?」
「ええ、ヴェルクさん。いくら永らく未発見だったとはいえ、いつ下層から未知の脅威が上ってこないとも限りませんし。そんな出目の確率は、早めに小さくしておきたいのです」
それ聞いたメンバーの一人、回復術師のアンナが舌っ足らずな声で頷く。
「そんりゃ、立派なこってすねぇ~。つーことだらば、わたすは賛成だす」
大きなフードを被り、アレルギー対策のフルフェイスのマスクで顔を覆っていて、まるで人形みたいなシルエット。田舎の教会で育った12歳の女の子、アンナだ。コイツが今回のパーティ最年少だ。と言っても、12歳じゃあ大抵のパーティで最年少になるのだが。
戦闘中はフォローが必要なものの、回復魔術だけならギルド内でも指折りの使い手だ。探索の無い時には街の教会で医療ボランティアに参加してるらしく、教会や一部の人間からは、聖女様扱いされている。人柄もあってか、老若男女分け隔てない人気だ。探索に参加する理由も、教会の運営費のためだというのだから、頭が下がる。
「そうですね、可愛いアンナ。どんな危険が迫っても、僕が守りますよ」
アンナに優しい眼差しを向ける男、彼女の保護者兼サポート役の剣士、フェンだ。肩書きの前に凄腕と付くくらいの使い手だが、仲間内では絶賛ロリコン扱いされてる残念美男子。通称「凄腕ロリコン」のフェンだ。……ちなみにこちらは姫さんのソレと違って大っぴらには言えないあだ名だが。
オレとしては、コイツが幼女趣味なのは他に対する競争率が低くなるのでありがたいと思っていた……のだが、それでもモテるのだから始末に負えない。本人はどんなに好意を寄せられようと、意に介していないようなのだが。
「ありがとうございます。急な仕事になりますので、勿論お礼は弾みますわ」
そんな二人に、にこやかな笑顔を向ける姫さん。その隣に座っていたもう一人が、オレの訝しげな表情に気付いてニヤリと笑う。……一体なんだよ?
「なんだぁヴェルク。ビビってんなら帰ってもいーんだぞ?」
「別に……。そういうワケじゃねーよ……」
赤髪の女剣士ヴィー。黙っていれば美人だが、いかんせん口が悪すぎる。この街に来てすぐに知り合ったのでイイ加減に付き合いも長いが、コイツが姫さんとパーティを組むようになってからは、それらしい会話もしなくなったな……。こうしてパーティを組むのも、久しぶりな気がするが。
ま、いちいちコイツの相手をするのも面倒なので、肩をすくめてみせる。
……その後の話し合いで、その場にいた全員でのパーティ結成となった。おそらく、都合の悪い人間は始めから呼んでいないのだろう。そのくらいの情報網を、彼女は持っているはずだ。自分の動向を知られているというのは、あまり気分の良いものではないけれどな。まぁ、組まれたパーティのバランスも良いし、オレは文句を言う立場にない。
結局、帯同を同意したメンバーは、
シルヴィア(PTリーダー/魔術師/炎使い/お嬢様)
アンナ(回復術師/鉱物アレルギー/田舎少女)
フェン(剣士/双剣使い/ロリコン)
ヴィー(剣士/大剣使い/口が悪い)
そしてオレ。
ヴェルク(剣士/盾剣使い/金が無い)だ。
姫さん印のお仕事は、いつもギャラの払いが良くて非常に助かってます……。
◇
翌日。街の周囲にある遺跡の中で、最も初期に発見された「ガルジ遺跡」へと、オレたちのパーティは足を踏み入れていた。
ここが見つかったのは、もう半世紀も昔のことで、それは、当時まだ国境沿いの小さな村の集まりだったガルジの地が、一個の大きな街に発展する契機となった。
ここは、とっくに調べつくされていたと思っていたが、他の遺跡からとある文献を見つけた姫さん……シルヴィアが調査を続け、最近更なる下層への入り口を見つけた、とのことだった。同時代の遺跡を調べていると、稀にそういうことが起こる。
「ここです」
姫さんが、現在知られている最下層にある通路の途中で、立ち止まった。常備されている照明に照らされたそこには一見なにもないが、姫さんが手をかざして封印解除の呪文を唱えると、その壁面にうすぼんやりと新たな入り口が浮かび上がってくる。どうやら、先は小さな小部屋になっているようだった。
ヴィーが先行し、姫さんと共にそのまま、中へと入っていく。オレたちも続いて中に入っていくと、そこはこじんまりとした空間で、入り口からまっすぐいったところに更なる地下へと続く階段があった。
「なるほど、ここから先が未知の領域ですか」
「ええ、フェンさんには、ヴィーさんと共に前衛をお願いします。十分に気をつけて」
「よォし!」
先鋒を務めるフェンとヴィーが、他のメンバーに先立って新たな下層への階段を確かめる。入り口へと続く小部屋は、長く魔術的結界の張られていた場所らしく、周囲には他の探索者やモンスターによって荒らされた形跡がまるで無い。階下へ続く階段も、キレイなものだ。
「シルヴィ、照明魔術を頼むぜ」
「はい、了解しましたわ、ヴィーさん」
ここまでは、遺跡内に取り付けられた照明のお陰で不便はなかったが、ここから先は魔術師によるフォローが必要になっていく。照明魔術は、遺跡を探索する際に必要な最も初期の魔術の一つで、腕の良い魔術師になればなるほど、周囲を明るくし、数を多く照らすことができる。姫さんの場合は、その光に指向性を持たせることも可能で、不用意に誰かの視界を邪魔することも無い。
魔術師シルヴィアと、大剣使いのヴィー。一見、気のあわなそうなこの両人だが、普段は二人だけのパーティで探索しているくらいで、行動の連携が非常に取れている。
とくにパーティでの戦いとなると、戦術眼を持つ人間と、それを信頼して実行するメンバーとの連携がなによりも大事になる。そういう意味では、この二人を含めたパーティ編成というのは、そこらの野良パーティよりいくらか安心ができるというものだ。なにせ、ギルド内でもトップクラスの実績を持つバディなのだから。
「ヴェルクさんは殿をお願いしますわね」
「了解」
明るくなった下層へ続く階段を、ヴィー、フェン、姫さんの順番で降りていく。
「んでわ、オラもお先に失礼するべや」
「ああ、転ぶなよ」
「なはは、そーんなドジじゃな――んぎゃ……っ!!」
言ったそばから瓦礫に足をとられてすっ転ぶアンナ。それを後ろから抱きとめる。殿担当のオレは、アンナを階段にしっかり立たせる。……まったく、まるで子守だな。
「はぁ……。まったく気をつけろよ」
「す、すまね」
と、不意に殺気を感じる。……ああ、フェンの視線が、怖ぇ。マジ怖ぇ。ありゃあ、本気で人を殺せる目だよ。アンナ、本当にしっかりしてくれよ。オレがあのロリコンに殺されかねんからな……!!
「……けっこう、広いべな」
下層に降りると、案外広い通路が続いていた。どうやら上層と同じ迷宮タイプの遺跡のようだ。この上層に出るモンスターはスケルトンやゴブリンといった比較的弱いものたちだが、かといって、この階層にどんなモンスターが出るか。油断はできない。同じモンスターにも、個体差があるしな……。
横幅5メールほどもある通路では、オレが前衛になっても二人の邪魔になるだけだ。よって、陣形はこのまま進むことになった。
「何の気配も無いな……。気味が悪いくらいだぜ……」
「ヴィーさん、気を抜かないように」
「わかってるっつーの」
フェンの心配は杞憂だ。ヴィーの全身からは、絶え間ない気の発露を感じる。それに、オレのすぐ前を行く二人の少女も油断はしていない。アンナはむしろ、若干緊張しているようだった。さっきもすっ転んでたしなぁ……。
「おいアンナ、お前は肩の力を抜いてくれ」
「わ、わかってるだよ」
だめだこりゃ。しかし、パーティ唯一の回復要員にこんな状態でいられては、いざというときにピンチに陥りかけない。なにか冗談でも言えれば良いんだが、そんなボキャブラリーは無いのだった。……お、そうだ。
「終わったら、知り合いの店で特製ベリーパイ奢ってやるから」
しかし、冗談替わりに言ったつもりのこの一言に、意外な反応が返ってきた。
「特製ベリーパイ? そ、それってまさか西の風って店のだか?」
「お、おう。なんだよ、目の色変えて。ナターシャのこと知ってんのか?」
「とんでもね! 西の風のナターシャさまといったら、女子の間では神様だべさ!」
「はぁ……? アイツが?」
さっきとはうってかわって、瞳をキラキラを輝かせながらこちらに詰め寄るアンナ。いや、テンションの上がり方が異常だぞ。前向け、前。
知り合いのナターシャの店が、最近街の女子供にやたら人気があるという話、本当だったのか。本人曰く、とくに特製ベリーパイは朝一番で並んでも入手困難とかって話だったが……。オレは甘いものに興味が無いので、思いっきり冗談かと思っていた。
「ヴェルクさん」
「あ、姫さん、すまん。探索中に不謹慎だった――」
「その話、本当ですの?」
……え。
「おいヴェルク、その話マジなんだろうな?」
「不埒な誘い、と言いたいところですが、僕も興味がありますね」
おいおい、ヴィーにフェンもか? ……思わぬところで、知り合いの凄さを実感したオレは結局、この仕事のあと全員に特製ベリーパイを奢るハメになった。とりあえず、みんな前向け、前!!
◇
その後、慎重な足取りで階層を二つほど下がって……そこにあった封印の扉を姫さんが開く。そこには、これまで無かったモンスターの気配があった。
「さあて、ようやくお出ましだ」
ヴィーのその声に合わせて、通路の角から一匹のモンスターの一群が現れた。死霊系モンスターのスケルトンだ。ご丁寧に、全身を甲冑で覆い、手にはそれぞれ剣、盾、槍などを装備している。規則正しいその動き、どうやら通路を巡回しているらしい。
スケルトン自体、決して手ごわいモンスターでは無いが、固体によっては弓矢を使うものもいたりして、厄介な場合がある。しかし、今回は近距離用の武器を持っている個体ばかりだ。このパーティの敵ではないだろう。あの骨に宿っている魂が、よほど上質のものでない限りは。
向こうも、こちらの存在に気付く。
『我が名において命ずる。魂亡き者を滅せよ、業火!!』
姫さんが古代語でそう唱えた次の瞬間、こちらのファーストアタックが敵の前衛を襲った。魔術によって生み出された高熱の炎は、スケルトン三体の体を燃やすどころか、その甲冑すら溶かしはじめる。炎に触れた部分が、熱で真っ赤に光り、闇の中で浮かび上がっているように見えた。
燃えた敵の体と溶けた鉄の独特の匂いの中、こちらの前衛二人組が通路を駆ける。そのヴィーとフェンの体には、すでにアンナによる守護魔術が掛かっていて、通路内の熱気から二人を守っていた。うん、アンナは緊張から上手く抜け出してくれたようだな。
「でえぇぇりゃあ!!」
気合一閃、ヴィーが手にする大剣が唸りを上げてスケルトン二体をその鎧ごと上下に真っ二つにし、その下をくぐる様にして更に前方へと駆け抜けたフェンが、後続のスケルトン二体の首を双剣で撥ねる。これで七体。うーん、お見事。
「……暑い」
後方で、ただ一人守護魔術を掛けてもらっていなかったオレが、前方から漂ってくる熱気に文句を言うころには、戦闘は終了していた。
2011.07.24 改訂