19.女剣士の休息
「最近、こんなパターンが多い気がする」
いつもの見慣れた景色を前にして、ついつい嫌気が差してそんな言葉を放つ。……多いっていうか、そもそもこんなパターンしか無いような気がするぞ。一体どうなってんだ?
「……起き抜けに、なぁに言ってるだか、この男は」
隣から聞こえる舌足らずで高い声の主は、まあ、例に漏れず、我らが治療の女神アンナ様だ。しかしこれだけ、気絶して、女が傍にいる状態で目覚めるってパターンが続くのは、まさかハルマッゾの影響じゃないだろうな……? まさかオレ、これからなにか起こるたびに気絶することになるのか……?
嫌な予感に戦慄していると、訝しげな表情のアンナが、オレの顔の前で小さな手をヒラヒラと振る。
「ヴェルク、なにボーッとしてるだ? 半分死にかけだっただが、怪我はとっくに完治してるだよ」
うーん。アレは流石に死ぬかと思って格好つけてたが、そんな状況からでも呆気なく、完全な状態に復活させてみせられると、オレの立つ瀬が無いというか……。しかも、それをなんでもないことのように言うのだから、子供ながら格好良いぜ……。
ていうか、今回のオレ、ほとんど活躍してねぇな。いや、別に良いんだけどさ。……フェンほどじゃないし。
「? どうしただ?」
「いや……また、お前に助けられたみたいだと思ってな。そう言えば、この間の礼も言ってなかった」
そう言うと、アンナは首を振る。
「なに言ってるだ。そもそも、こないだ腕さ繋いだときだって、ヴェルクにはオラの呪いさ解いてもらったべ。今回だって、ヴィーさんを庇って怪我したんだもの。礼はいらねーだよ」
「そのヴィーも、他人を助けるために行動したワケだしな……。ってか、お前ってなんでオレを呼び捨てなんだ? いつからだっけ?」
ふと思い浮かんだ疑問。こないだの探索が初対面だったワケじゃないが、そこまで親しかったワケでもない。姫さんやヴィーはさん付けだしなぁ。フェンとは昔からの付き合いだって言うし……。
ヴェルちゃん以外なら、大抵なんて呼ばれようと別にあまり気にはしないんだが、一体、なにがどうなったら、アンナの中でそういうコトになるんだ? オレ、あの中で一番年上だぞ? 自分で言うのもなんだが、下手したら父親でもおかしくない年齢だ。
「ありゃ? 言ってなかっただか?」
と、アンナが答えようとした瞬間。コンコンとドアをノックする音。
「よおアンナっちー。うちの甲斐性なしは起きたー?」
「おおミントっちー。甲斐性なしのヴェルクは、さっき起きたところだべー」
……ああ、はい。理解しました。すごく。
「ところで、ヴィーのヤツはどうした?」
「おやおやヴェルクー。起きたばっかりで、もうヴィーお姉ちゃんの心配?」
「いや……、まあな」
また変な方向に話がいきそうで咄嗟に否定したくなったが、素直に頷く。心配なのは本当なんだし。
ここにアンナだけがいるってことは、フェンのヤツは恐らく、助けた女に付き添ってゴード爺さんに探索の報告でもしてるのだろうと思うが……。ヴィーのヤツ、あれだけの気と魔力とを消耗して、果たして無事でいられたのだろうか? 最後に見た記憶では、一見元気そうだったけど……。
「ヴィーさん、あんの女の人の傍から動けなかったオラたちんトコまで、瀕死のヴェルクを運んでくれただよ。オラがヴェルクを治療したあとも、ここまで運んできでくれて……」
そこまで言って、俯くアンナ。
「だけどヴィーさん、そこで力尽きて倒れただ……」
「……今、どこにいる?」
アンナの沈んだ表情と口調に、オレは緊張して顔が強張る。もし万が一、アンナの手に負えない状態になっていたとしても、ハルマッゾの<石>から得た知識を総動員すればどうにかなるかもしれない……などと考える。
しかし、そんなオレの様子を見ていたミントは、ぷぷぷ……と口元に手をやり、一言。
「今も、ヴェルクの隣にいたりして」
「……は?」
その言葉に、慌てて毛布を捲る。すると――。
「すぅ……、すぅ……」
気力と魔力を使い果たし、いつぞやと同じように、ゆったりとした呼吸で気持ち良さそうに眠るヴィーの姿。よく見ると、オレの服の袖部分を掴んだままだ。少し腕を動かしてみるが、まったく離そうとしない。それを見て、心配そうな口調でアンナが言う。
「意識は無いんだども、ヴェルクの服を全然離してくれなくてなぁ。仕方なぐ、そのまま一緒に寝てもらったんだべさ。きっとヴィーさん、よっぽど疲れていたんだべなぁ……」
「うふふ、これぞ愛のなせる業よねー」
オレは、意見の違う二人の言葉に耳を傾けることもなく、ヴィーの顔にかかった前髪をそっと払って、毛布を掛けなおしてやる。名前も知らぬ他人を助けるために、見たら誰もが逃げ出すような怪物に挑んだ女剣士、か……。その安らかな寝顔に、思わず笑みが浮かぶ。
父親が娘にするように、自然とヴィーの頭を撫でていたこの時のことを、オレは度々からかわれる事になるワケだが。……まぁ、そのくらいは仕方ないだろう。
「……おつかれさま、ヴィー」