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17.焦燥

 あれから数日。


 例の約束は、ヴィーのやつが中々捕まらなくて、果たされていないままだ。他のやつらも、どうせならあの時にいた全員一緒に……という希望で、しばらくは各々自分のやるべきことに専念することになった。


 あの日以来、オレは毎日のようにフェンと共にあちらこちらの遺跡に潜って修行に明け暮れている。ちなみに、街に近い遺跡内でのモンスターを討伐すると、いくらかの報酬が受けられるので、生活費稼ぎも兼ねていたり。


 先日、またティアの研究に付き合って、少し良い収入があったんだが、溜まってた家賃(食費込み)に消えてしまったからな……。そりゃあ、この間から宿屋の二人がどことなくオレに冷たいワケだ。


 そういえば、研究室に訪れた際、ティアから魔剣に名前を付けることを勧められた。どうやら、それによって魔剣を使役する際の精神負担を軽減する効果があるらしい。


『私たちだって、名前も知らない人と一緒にいるより、知ってる人と一緒にいるほうが安心するでしょ?』


 ……とのことだった。たしかに、魂で繋がっている、なんていうくらいだし、理屈は合っているかもしれない。こないだの戦闘でも大分消耗したわけだからなぁ。ただ、ハルマッゾが魔剣に名前を付けていたという記憶は無く、そういう知識も無かった。


 それでも一応、ティアに言われたとおり、適当に名付けておいた。


『うーん。それじゃ、ハルマッゾの持っていた魔剣だから、ハルマーで』


 ……正直、オレの言葉を聞いたときのティアの白けたような視線は、少し心にグサッときたね。魔剣ハルマー。そんなに悪くないよなぁ……?




 まあそんなこともありつつ、今日もオレは、いつものようにフェンに気の捉え方を教える予定だった。


 とはいえ、元々センスの塊みたいな童顔の男は、数回の実戦をこなしただけで、その技術を手にしつつある。そろそろ、次の段階に進むべきかと考える。


 このまま、かつてのオレを超えるのも時間の問題だな。……などと思って弟子の先行きに安心しきっていたら、フェンが珍客を連れてきた。


「毎日毎日、生傷さこしらえてきで、一体なにしてるだか!?」


 それは、珍しく怒った様子のアンナだった。いつもどおり、マスクとフードのちんちくりんなファッションで、腰に両手を当てて胸を張り、怒りを表現している。なんか、こうして見ると、ぬいぐるみみたいだな。


「す、すいません、師匠。どうしても、止められなくて……」

「……なんかオレが悪者になってねぇ?」

「いくら修行つっても、フェンがあんなに怪我するなんておかしいべ!!」

「ちょ、ちょっと、アンナ……」


 たしかに、昨日は少し、大きい怪我をしたんだよな。フェンがアンナを心配するように、フェンのことを心配をしているだろうアンナの怒りはもっともかもしれない。しかし、こういう状態の子供の相手は、苦手なんだよなぁ……。




 それからどうにかフェンが説得を続け、アンナがこの修行に同伴するということで決着がついた。まあ、怪我をすぐに治してくれるのは、万が一の保険という意味でも、修行の中断を避けられるという意味でもありがたい。ハルマッゾも、回復魔術はあまり得意じゃなかったみたいだしなぁ……。


 ただし、普段のアンナは、昼間は教会での回復術師としての治療活動に従事しているので、休みが取れたときに限り……ということになったが。


 探索者としての経験の浅い理由がそこにあるアンナだが、こないだのパーティの中で、一番忙しいのは最年少のコイツなのかもしれんな。姫さんだって、スティネーゼの家を継いでいて、ヴィーはその護衛についている。フェンだって、ついこないだまで四六時中アンナを守っていたのだ。


 ……ってアレ? 最年長のオレが、一番暇じゃねえ?


 いやな思考の結果に頭を振り、フェンの様子を伺う。恐らく、アンナに余計な心配をさせたくなかったのだろう。複雑そうな表情で、遺跡内の通路を歩いている。


「まぁ、そんなに気に病むなよ。アンナにだって、お前を心配する権利はあるさ」

「そうですね……。ただ出来れば、この修行が成果を出すまで、アンナには安全な場所にいて欲しかったのですが……」


 もしかすると、ハルマッゾとの格の違いを見せ付けられたあの日から、アンナを守りきるという自信を喪失しかけているのかもしれない。


「今の自分がアンナが守れるか、不安か?」

「…………」


 オレの質問に、フェンは黙ったまま俯く。あの日までのフェンは、どこまでも自信に満ち溢れて決して揺るぐことの無い、生意気な小僧だったんだがなぁ。一度の敗戦でここまで弱ってしまうのは、やはり若さからだろう。


「だけどなフェン、それで良いんじゃないか?」

「え?」


 生きていく上で、一度も負けない人生など無いだろうしな。……そう思いながら続ける。


「自分より強い相手と戦って運よく生き延びたんだ。あとはソイツを超えられるように努力し続けて、より強いヤツになっちまえば良い。ま、口で言うほど簡単じゃないけどな。……それまでは、オレがフォローしてやるよ」

「……はい。ありがとうございます、師匠……っ!」


 などと、ちょっと良い感じの師弟っぽい会話をしているオレたち二人は、ジト目で見つめ続けるアンナの怒りの「気」に、気がつかないふりをしているのだった。その怒りがフェンの身を心配した結果生まれたものだけに、フェンも、過酷な修行を課しているオレも、文句の言いようがない。


「二人でブツブツと楽しそうだべな。毎日怪我ばっかして、そんなに修行が面白いだか?」

「い、いえ、とんでもありませんよ、アンナ……」


 首をちょこんと傾げて、うーん、と疑問の表情を浮かべている……であろうアンナ。冷や汗をかきながらそれに答えるフェンの声は裏返っている。……そんなにアンナを怒らせるのが怖いのか、コイツ。


 と、そこで――。


「……ん?」

「? どうかしましたか、師匠?」


 急に立ち止まって集中しだしたオレに、フェンが問い掛ける。


「……ああ、くそっ!! お前、アンナ連れて来い!!」

「あっ、どこさ行くだ!?」


 二人に説明をする時間も惜しんで、オレは全力で遺跡の奥へ走り出した。見つけた階下へ続く階段を一気に飛び降り、「そこ」に辿りつくまでに漆黒の魔剣ハルマーを召還して、幅の広いタイプの投げナイフ8本に変化させる。


 たしかに、心なしか負担が軽いような気もするが、元々魔力を消費しない魔剣であるハルマーでは、その効果は判別しにくい。


「はぁ、はぁ、だ、誰か……」


 通路の角を曲がり、そこに現れた人影……否、スケルトンたちの群れを見る。その中には、たった一人うずくまる女の姿。その呼吸は浅く、地面には血が広がっている。


 それを目で確認する間に、スケルトンの発する気を頼りにナイフを全て投擲。それぞれの首の骨を断ち切られたスケルトンたちが、地面に崩れ落ちる。


 それを尻目に、動かない女のそばに駆け寄ったオレは、腰の探索用ポーチから包帯を取り出して止血を始める。手足に裂傷、そしてわき腹を刺されているが、見た目の割に傷は深くない。しかし――。


「……か、顔。わたしの、顔が」


 女の命であるその顔に、縦横の大きな裂傷が走っている。特に、横に引かれた傷は鼻を上下に裂いて頬骨を露出させていて、端整だったであろう顔に凄惨な印象を与えている。


「今、腕の良い回復術師が来る。少し辛抱してろ」


 そこへ、アンナを背負ったフェンが現れる。


「はぁ、はぁ。師匠、これは……?」

「話はあとだ。アンナ、こいつを治せるか?」


 オレの言葉に、よいしょ、とフェンの背中から降りたアンナは、その女に近づいて容態を調べる。その間にも、女の傷に掌をかざし、痛みを和らげる効果のある魔術を掛けているのが分かる。


「ああ、このぐらいだっだら、こないだヴェルクの腕さ繋いだ時より大分楽だぁ」


 アンナはあっさりとそういうと立ち上がり、肩から提げた大きな鞄から短い杖を取り出してかざす。その先端には、魔力を一定量増幅させる宝石がはめ込んであり、アンナの魔力に反応して、淡い緑色に輝きだす。


 その輝きが女の体を包み込み、傷ついた部分を補うように光が集まっていく。手足の裂傷と、腹の刺し傷、顔に刻まれていた傷とが、みるみるうちに修復されていくのがわかる。まるで、時が巻き戻っているかのような、不思議な光景だ。


「ほれ、終わりだべ」


 そう言って、アンナは杖を鞄に仕舞ってしまうと、女のそばに屈みこんでオレの巻いた包帯を外し始める。その手つきは慣れたもので、普段の教会での姿を伺わせる。


 アンナはフェンから水筒を受け取り、傷口に水をかけて血を落とす。すると、そこにはまるで傷跡のないまっさらな皮膚が存在している。すでに、傷のあった場所が分からないくらいだ。女が心配していた顔の傷も、キレイに治っている。


 回復術による傷の完治度は、その資質によるところが大きいというが、まったく大したもんだ。今日、こいつがいなかったら、この女は運よく助かったとしても、心と顔に深い傷を残してしまうところだったかもしれない。


「失くした血の量が多くて体力が落ちてるだで、さっさと上に運ぶのが良いだよ」

「ま、待って……」


 オレとフェンとを促して、地上に上がろうと提案するアンナを、その女自身が引きとめた。


「待って、わたし、一人じゃないんです……」

「ほかに、探索者仲間がいるんだな?」


 通常、探索者が一人で遺跡を探索することは許されていない。よほどの実力者であれば別だが、その実力者たちだって、何が起こるか分からない遺跡の中へ、進んで一人で入っていったりはしない。そんなことをするのは、よほどの自信家か、先の考えられない馬鹿だけだろう。


 だから、恐らく生き残りの仲間がいるのだ、と言うと思っていたのだが、女は首を横に振った。息も絶え絶えといった様子で、言葉を続ける。


「6人いた、仲間たちは、全員、殺されました……私の、恋人も」

「……一体、なにがあったんだ?」

「ミノ、タウロスが、突然現れて……」


 遺跡に現れるモンスターの中でも、最上位レベルのミノタウロスが、街にほど近いこの場所にいる。周囲への影響や脅威度だけで言えば確実に、封印されていたハルマッゾ以上だ。


 その事実にオレたちが驚くより前に、ドォン、という遠い音が、遺跡の更なる奥から響いてきた。……女の言葉は続く。


「殺されそうになった、わたしを、逃がそうと、偶然居合わせた、女性の探索者が……」


 その言葉に、いやな予感が全身を駆け抜ける。


「ソイツ、名前は?」

「聞いてません。……でも、赤毛で、大剣使いの――」


 それを聞き終わる前に、オレは猛然と走り出していた。修行って……一人でなにやってンだ、あの馬鹿娘!!


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