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16.菓子職人

 フェンを伴っての遺跡探索(というか、あれはただの修行だったけど)を終えて、一度探索者ギルドに戻り、預けていた荷物を受け取ったオレは、知り合いの店に顔を出すことにした。


 ちなみに、フェンとは遺跡の出口で別れている。


 血まみれになってしまった手を簡単に応急処置してやったが、どうやら急いでアンナの元に帰りたいらしく、かなり慌てていた。その様子が、仕事でなかなか帰れず、自分の子供を家に待たせてしまった親みたいだった。本当に、アンナが大事なんだなぁ……。


 今日、街中を一緒に歩いてみたが、アンナ以外の子供たちには反応すらしなかったし……。幼女趣味というより、その愛情の対象がアンナ限定なだけなのかもしれないな。……なんか、余計にヤバい気もするけれど。


 せめて、アンナが成人するまで待ってくれよ、フェン。


「よう」

「あら、ヴェルク、お久しぶりね」


 表の看板に「西の風」という名が書かれた店。その裏口から入ると、そこにある厨房では古い知り合いであるナターシャが一人、いつものように翌日の仕込みをしていた。甘い香りが充満している。


「……いつものだ。使ってくれ、ナターシャ」


 そう言って、オレは昼間に姫さんの屋敷を訪ねた際に受け取っていた探索の報酬を取り出す。半ば冗談だったハルマッゾ討伐代もきっちり含まれたそれを、ありがたそうに両手で受け取るナターシャは、すまなそうな表情で言う。


「いつも悪いわね」

「気にするな。知らない仲じゃないんだし、当然のことをしてるだけだ。……あの子達、どうしてる?」

「みんな元気よ。貴方に会いたがっているわ」


 それを聞いて、思わず微笑む。どうやら、忘れないでいてくれてるようだ。


「オレも会いたいが、今は無理だな。最近、周りがちょっと血生臭いことになってる。本当は、ここに来るのもどうかと思ったんだが……」

「私のことは、気にしないで。いざとなったら自分の身くらいは守れるわ。お菓子作りって、結構腕力使うのよ?」


 そう言ってガッツポーツをとり、笑うナターシャ。オレも思わず、それにつられて笑ってしまう。




 結局、オレは店内にあるテーブル席でナターシャの対面に座り、出してくれたコーヒーを飲みながら、最近の経過を報告していた。


 ちなみに、姫さんから得た情報も話してしまっているが、コイツからその情報が漏れたりすることは、絶対に無いだろう。オレがそのくらいには信頼できる、数少ない人間だ。


「……そう。そんなことになっているの」

「まぁ、心配すんな。ハルマッゾから受け継いだ<石>のお陰で、そうやられることなんて無いだろうしな」


 一通りの説明を終えると、眉をひそめて心配そうな顔をするナターシャに、オレはなんでもないことのように笑った。


「ソレって、そんなに凄いものなの?」

「凄い凄い。そもそもハルマッゾが本来の肉体だったら、オレなんか、あっという間にやられてたさ。鎧に魂を移してパワーダウンしていたから、たまたま勝てたってだけで」

「そんなに? ヴェルクでも勝てない相手って、あんまり想像つかないわね……」

「はは、オレくらいのヤツらなら、王都あたりに沢山いるだろ」


 そう、例えそれが、ハルマッゾの力を受け継いだ今のオレであっても、な……。


 千年モノの<石>を受け継ぐ貴族らで構成される「聖貴士団」。そして、彼らが持つとされる「秘匿された13本の魔剣」か。姫さんほどじゃないけれど、敵に回したくは無いな……。


 マリアの報告書を読んで明らかになった聖貴士団の名前は、かつての戦場で王と共に活躍したと語り継がれているが、やはり魔剣調査員の存在と同じく公にはなっていない。こうして見ると、この国って結構、秘密機関が多いんだな……。


「そういえば、この店ってそんなに有名なのか?」

「え? どうしたの、今頃」


 雰囲気が重くなってきたので話題を変えてみると、ナターシャは驚いた表情をする。いや、たしかに以前、この店の評判をナターシャ本人から聞いたことがあったから、本当に今更なんだけれど。


 いつも、こうして店の閉まった夜にしかやってこないからなぁ……。


「いや、こないだパーティ組んだヤツらに、オレがお前と知り合いだって言ったら、全員すごく食いついてきてね。なんでも、お前は街の女子連中にとって神様なんだとか、なんとか」

「あらあら、それは嬉しいわねぇ」


 さっきとは打って変わり、にこにこしだすナターシャ。それだけ評判だっていうなら、褒められなれていそうなものだが、本当に嬉しそうだ。ただし、ヴィーのそれと違って態度に余裕がある。この違いはどこからくるものなのかね?


 そういえば、ヴィーと同じで、コイツとこういう他愛も無い会話をするのも久しぶりか。この街にくる以前からの、かなり長い付き合いになるのだが、街に来てからは探索で稼いだ金を渡しにくるくらいだったしな。甘い物のことは、良く分からないし……。


「さて。それじゃあ、そろそろお暇するよ」

「もう? 夜も遅いし、いっそのこと泊まっていけば?」


 ナターシャの言葉に、オレは席を立ちながら笑う。


「はは、遠慮しとくよ。……そうだ。今度、そのパーティ組んだヤツらに特製ベリーパイを奢るハメになってな。街じゃ中々手に入らないそうだが、頼めるか?」

「あら、そのくらいお安い御用よ。事前に連絡してくれれば、店を貸し切りにしたって良いわ」

「いや、なにも別に、そこまではしなくても良いんだが……」


 肩をすくめて、そんな本気とも取れる冗談を言ってオレを慌てさせると、ナターシャはうふふと笑う。流石のオレも、街中の女子供を敵に回すようなことはしたくない。ヤツら、時折モンスターよりも凶暴になるからな。


 ナターシャは、オレを表の入り口から送り出すと、軽く手を振って言う。


「それじゃおやすみなさい、ヴェルク」

「ああ、おやすみ」


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