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14.街の女王

「……で、どういうことだ?」


 宿の食堂で朝飯食ってたオレんとこに現れ、いきなり片膝をついて弟子入りを志願しだしたフェンを椅子に座らせて、オレは問い掛けた。そのまま食事は継続中だ。食べながら話すよりも、食事を中断した時のほうがオヤジさんも煩いからな。今は、気を利かせてくれたのか、食堂から出てカウンターに戻っているが……。


「アンナも元気になったので、先生に弟子入りを、と」

「先生って……あのなぁ、そういうことじゃなくて、どうしてオレの弟子になんかなりたいんだってことだ」

「それは……」


 表情を曇らせ、俯くフェン。ミントが出してくれたマグカップを掴む両手には力が入り、一言一言、吐き出すように呟く。


「あの日、僕一人ではアンナを救うことが出来ませんでした。それどころか、あのまま戦っていれば、僕はあの怪物に殺されてアンナを悲しませることになっていたでしょう。だから……」

「あー……」


 なるほど。ただ、ハルマッゾに勝てなかっただろうことを悔いているのではなく、将来同じことがあってもアンナのやつを守れるようにしたいってことか……。その身も、心も。


 しかし、姫さんからの情報に、コイツが落ち込んでいるなんてのは無かったし、きっとアンナの前ではそういう面を見せないように努力しているのだろう。まったく、格好付けやがって。


 だが……そういうのは正直、嫌いじゃ無い。


「……ま、いいだろ」

「良いんですか!?」

「まぁ、オレが教えても、強くなれるかはお前次第だけどな。あと、先生ってのはナシだ。オレが恥ずかしいからな……」

「ッはい、師匠っ、よろしくお願いします!!」

「……あのな、だから――」


 それじゃ意味ないだろ、と言おうとしたところで、食堂の扉が勢い良く開いた。おいおい、この宿、そんなに新しくないんだから壊れちまうぞ?


「ヴェルクッ、どこ行きやがった!? って、アレ……フェン?」


 恐らく、自分が眠った隙にオレがまたどこぞへ抜け出したのだとでも思ったのだろう。部屋に置いてきたヴィーが、怒りの形相で食堂に駆け込んできたのだ。


 しかし、オレと、対面に座るフェンを見て動きを止めた。……その身に、一目でオレのものと分かる服を着たまま。


 食堂を、嫌な沈黙が支配する。やがて、フェンが「ああ……」と納得したように頷く。……いやな予感しかしねぇ。


「おはようございます、ヴィーさん。貴女、ヴェルク師匠とはそういうご関係だったんですね」

「な、ななな、そういう関係って……ッ!?」

「うふふ、ヴィーお姉ちゃん、顔があかーい」


 いつの間にやら、騒がしくなった食堂の様子を見に来たらしいミントまで加わって始まったその喧騒に、オレはげんなりとした様子で肩を落とす。


「もう、いい加減に勘弁してくれよ……」




 その後、萎えそうだった気持ちを奮い立たせたオレは、どうにか誤解を解いて、ヴィー、フェンと共に姫さんの屋敷にやってきた。一昨日の出来事について、恐らくオレよりも詳しいであろう姫さんから情報を得ようと思ったのだ。……それを確認するのが、恐ろしくもあるが。


 やがて、オレたちの待つ応接間の扉が開いて、姫さんと執事の爺さんが現れる。たしか、名前はラスティとか言ったハズだ。


「ごきげんよう、皆様。大変お待たせいたしました。……ヴィーさんも、お疲れ様。あとでお話を聞かせてくださいね」

「お、おう……」

「……ヴィー? なんだよ、お話って」

「な、なんでもねぇよ」


 あくまで優雅な動作で、オレたちと向かい合う位置に座る姫さん。執事のラスティ爺さんは、そのまま部屋の部屋の隅に行って、姫さんの分の紅茶の準備を始める。その動きはとても洗練されていて、さすがプロだな、と思わせるものだ。


「それで、今日はなんのご用件ですの?」


 にっこりと微笑み、そう切り出す姫さん。


「わかってんだろ、姫さん。一昨日の、あの連中のことだよ」

「それは、魔剣調査員マリア・フォーレスさんのことかしら。それとも、街に入り込んだ帝国の鼠さんたちのこと?」

「……両方だ」


 参ったね。覚悟はしていたつもりだったが、こうはっきりと言われると、目の前に座る貴族のお嬢様が、どんだけ規格外の存在かを思い知らされるぜ……。


「……あの、ヴェルク師匠? 一体なんのお話をしているのですか?」


 そこに、上手く事情を飲み込めていないフェンが質問をする。ああ、コイツ、ここんとこアンナの世話に付きっ切りだったせいで、街中で起きたことがよくわかってないのか。もしくは、姫さんによる情報規制が敷かれている……なんていう可能性もあるけれど。


 と、その姫さんが意外そうな顔でこちらを見ていることに気付く。一体どうしたってんだ?


「……師匠?」

「あ、ああ。今朝方コイツがやってきて、オレに弟子入り志願してきたんだよ」

「ええ。師匠の手で、この身を鍛えなおしていただこうと思いまして……」

「そうでしたの……」


 少し驚いた表情を見せる姫さんを見て、なんていうか、姫さんも人間なんだな、と思えて少し気が楽になった。まぁ、このことを知ってるのは、宿屋の親子含めて5人だけだしな。流石にあの二人を疑う真似はしたくない。


 オレが、フェンに簡単な説明をしている間に、執事の爺さんが淹れたての紅茶を姫さんの前に置く。彼女は、その高そうなカップを口に運び、美味しそうに微笑む。


「ああ、美味しい。それでは、そろそろよろしいでしょう。……ラスティ」

「はい、お嬢様。ヴェルク様、まずはこちらをどうぞ」


 そう言って、執事の爺さんは懐から一通の便箋を取り出して、ソレをオレが受け取る。姫さんが「どうぞ」と促すので、そのまま開いて中から手紙を取り出す。手紙に目を通す前に、姫さんに尋ねる。


「これは、なんなんだ?」

「今朝方書かれた、マリア・フォーレスさんの魔剣調査報告書ですわ」

「ぶは……ッ」


 な、なんでそんなモンがこんなとこにあるんだよ。くそっ、やっぱり前言撤回だ……。聞くのも恐ろしいが、尋ねずにはいられない。


「どうやって手に入れた?」

「企業秘密です。さあさ、お読みくださいな」


 姫さんは、にっこりと笑って続ける。


「個人的には、ヴェルクさんが彼女と出会った夜の部分なんて、面白いと思いますわ」

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