10.殺戮の夜(改訂版)
その後、無事に部屋での戦いを切り抜けたオレとマリアは、屋敷の門扉から少し離れた茂みの中に身を隠していた。……オレの視線の先には、周囲を取り囲む多数の敵。
「随分多いな。こりゃあ、簡単に脱出ってワケにもいかないか……」
「解るの?」
「……ま、ざっと50人くらいかな?」
部屋に残された数人の男たちを無事に倒し、屋敷から出たところで気付いた。魔剣奪取のために用意された人員なのか、ヤツらを迎えに来たのか、もしくはヤツらごと始末にきたのかは分からないが、屋敷の周囲をかなり多数の気が取り囲んでいたのだ。
発している気から察するに、質・量ともに先ほどのヤツらよりも数段手ごわい連中だということは間違いない。家並みの暗がりに紛れているヤツらの防具は黒く塗られて闇に溶け込んでいる。ほぼ全員が比較的軽装だが、装備の質は良さそうだ。ハルマッゾ戦で鎧を失った身としては、羨ましい限りだ。……げ、魔術師らしいのまでいる。
「この街が比較的国境に近いとはいえ、そんな数の人員を一体どうやって……」
「そんなこと考えてる場合かよ?」
とりあえず、ギルドにでも入り込んでしまえばどうとでもなるかと思っていたが、あの数が相手ではそうもいかない。しかし確かに、これだけの数の武装集団に、誰も気付かないものか?
うーん、これは試されている予感。主に「あの女」に。
「ああもう、仕方ねえな。オレが隙を作るから、さっさと逃げろ」
「逃げろって、この状況で……一体、どうするつもり?」
「丁度良い機会だ。魔剣の力を見せてやるよ」
「近くに隠してあるの?」
「……さてね。それじゃ、ちょっと行ってくる。いいな、上手く逃げろよ?」
怪訝な表情でこちらを見る、それでも美人な彼女にオレはそう言って、隠れていた茂みから出る。左手をヒラヒラと振りながら門へ向かい、古びた門扉を押すと、ギイィ、と錆びた鉄の音が暗闇に響く。周囲に展開する「敵」へと届きかねない音量だが、オレは構わずに堂々と出て行く。
相手の攻撃を警戒して「気」の動きを探るが……意外なことに、相手はこちらがかなり至近距離に近づくまで行動を起こさなかった。もしかすると、黒ずくめの服をまとったオレを、黒装束のヤツらの一味と思ったのかもしれない。しかし、相手も馬鹿ではない。こちらが何者であろうと、けして油断はしていなかった。
「貴様、何者ダ?」
たった一人黒塗りの鎧で全身重装備をした男に、帝国訛りの声で尋ねられる。その様子を見るに、普段から街に潜入して市民に化けていた、というワケではなさそうだ。やりやすくて助かるよ。
『アンタらが探してる魔剣使いさ。丁度、お仲間を殺してきたところだよ』
『…………』
相手の使う王国語より、遥かに流暢な帝国語でそう応えてやると、静かに爆発する殺気が、周囲の暗がりからひしひしと感じられた。どうやら、本当に迎えにきただけだったようだな。ここは街はずれだし、特に塀で覆われてるわけではないから進入・脱出は簡単だろうが、マリアの言うとおり、国境はどうやって越えて来たのだろうか。まぁ、ソレを考えるのはオレの仕事じゃ無い、か。
『アンタらをここで全滅させてやっても良いんだが、オレも街中じゃあ出来るだけ戦いたくない。さて、どうする?』
オレは、肩をすくめて提案してみせる。相手の殺気が、よりこちらに集中するのが分かる。これだけこちらに意識を集中させれば、マリアも大分逃げやすいだろう。……と、黒塗り鎧の男がこちらの姿をジロリと睨み付けながら、口を開く。
『……今、魔剣は持っていないのか?』
『だったら?』
『それは残念だ。お前が死んでから、ゆっくり探すことにしよう』
そう言って、ヤツは飛びのいた。……嫌な予感がして、足元を見る。おいおい、なんだよこの魔術陣は……っ!!
『死ね』
次の瞬間、足元に敷かれた魔術陣に大量の魔力が流れ込み、爆発。周囲が閃光に包まれた――はずだった。
「……ふぅ、危ねえところだった」
しかし、炎はオレの体を焼かずに掌の先に流れていく。それを見て、炎と魔力の明るさとに照らされたヤツの顔が照らし出される。その驚愕の表情に、思わずオレはニヤリと笑う。
「どいつもこいつも、そんなに見たきゃ、見せてやるよ……ッ」
オレは空中に手をかざした掌の先に、魔剣の存在を意識する。最初は慣れなかった感覚だが、ティアに繰り返しやらされて随分と慣れてきた。炎を魔力に分解しながら取り込むソレが漆黒の姿を空中に現す。
『非実体化できる魔剣!? しかも魔術を吸収している、だと……!?』
オレの手に収まったソレを見つめながら、黒塗り鎧の男が呻く。しかし、いつまでも驚いていてくれるワケもなく、しかし、それでもいくらか焦った様子で右手を上げて振り下ろし「やれ」の合図。今度は遠距離から放たれた氷結魔法が、闇夜に紛れて飛んでくる。しかし、それも意識することで空中分解、魔剣に吸収される。
次の瞬間に身を低くして飛翔してきた数本の矢をかわし、前方へダッシュ。まずは司令塔を潰すために黒塗り鎧の男の懐に潜り込み、一閃。相手も上手く反応して剣を合わせて来たが、その業物らしい金属製の剣は、魔力で構成された魔剣によって紙のように切り裂かれてしまう。そのまま、オレの剣筋は相手の首を通過する。
以前のオレだったら、勝てなかったかもしれないな。
『…………ッ』
男は、最期に何か言おうとしたが、そのまま兜を被った首だけが地面に落ち、闇に包まれた街はずれの家並みに金属音を響かせる。それを背後に聞きながら、かなり遠くの距離から正確に矢を放ってきた男たちを見つける。右手に意識を集中させ、魔力の塊である魔剣の形を変化させる。
やがて、魔槍と呼べる形になったソレを投擲。遠くに見える弓使いの男のうち一人の胸にぽっかりと穴が開く。背後の壁に槍の形をした漆黒の魔剣が突き刺さり、近くに潜んでいた男が駆け寄りソレに手を伸ばすが、ソイツが触れる直前に魔剣は空中に霧散し、その手をすり抜ける。
魔剣は空間を跳躍してオレの右手に戻り、オレは、槍型のソレで魔術を吸収する魔剣を手放した隙を見て放たれたのであろう雷鳴弾を瞬時に分解・吸収。そのまま他の弓使いに向かって再投擲し、今度は頭を刎ね飛ばす。
その間に切りかかってきた男たちの斬撃を余裕で躱し、ハルマッゾに使ったような「気」の一撃を食らわせて心臓を破裂させ、近くの路地に入る。そこへ、頭上から短刀を構えた男が二人飛び掛ってくるが、「気」によってソレを正確に把握していたオレは、再度呼び戻した魔剣ですれ違いざまに切り伏せて、狭い路地の壁を三角跳びで駆け上がる。
見晴らしの良いその場所にいた魔術師の腹に魔剣を突き刺し、そのまま頭頂部までを両断。その手には発動しかけた雷鳴弾が残っていたが、手の肉を焦がしただけで消えてしまう。その場所で、槍型から数本の投げナイフに変形させた魔剣を、残った魔術師と弓使いを主に狙って次々と投擲する。物陰に隠れていた者も、壁をすり抜けて飛翔してきた魔力製の刃物が頭を貫通し、絶命する。
頭領を最初に潰され、援護役の魔術師・弓使いを中心に仲間たちが次々と命を落としていくのを見て、相手に動揺が走るのが分かる。しかし、こちらはその動揺に対して決して容赦なく攻め続ける。剣型に戻った魔剣で近くに潜んでいた三人の男たちを斬り殺す。
やがて街はずれに響き渡る、絶叫と怒号――。
◇
その後も、オレは敵を狩り続けた。古代の英雄ハルマッゾから受け継いだ、魔剣と<石>の力を使って……。
2011.08.28 改訂