入賞して刊行した生活保護なろう作家だけど、印税がしょぼいので筆を折ろうと思います。
今話題のあの人をモチーフにした作品です
※この作品はフィクションです。
俺は潮野幸太郎。
職業は、小説家だ。
もっとも、俺は世間一般の小説家とは少々事情が異なる。
俺は生活保護を受給しながら作家をやっているんだ。
誤解しないでほしいが、これは決して恥ずべきことではない。生活保護は国民に認められた正当な権利であり、困窮する人間が利用するのは当然のことだ。
そして俺は、将来を嘱望された才能ある作家でもある。
何しろ、某大手出版社が主催するウェブ小説大賞で、見事に入賞を果たしたのだから。
応募総数は、なんと数千作品にも及ぶ。
その中から選ばれたのだ。
つまり、俺の才能は既にプロの編集者からお墨付きをもらっている。
これはもう、作家として成功したも同然だろう。
ところが、である。
先日、待望の印税が振り込まれた。俺は胸を高鳴らせながら銀行口座を確認し、思わず目を疑った。
少ない。あまりにも少ない。
天下の出版社が認めた、この俺の才能への対価が、たったこれだけなのか。
さらに驚くべきことに、この印税は収入として認定され、その分だけ生活保護費が調整されるという。
……ちょっと待ってほしい。冷静に考えてみてほしい。
俺は賞を取った小説を書いたのだ。
何万字もの文章を、時に指先が痛みながらも努力し、苦しみながらも生み出し、読者に夢と感動を届けたのである。
その為に一時的にSNS絶ちもした。少なくともそこら辺の奴よりも真剣に取り組んだ。
それなのに、稼いだ金額に応じて保護費が減らされる?
いったい、この国はどうなっているんだ。
担当者は、生活保護とは最低生活費に不足する分を補う制度なのだと説明してくれた。
そんなことは知っている。俺が問題にしているのは、そこではない。
せっかく稼いだのだから、俺の手元にもっと金が残るべきだという話をしているのだ。
さらに不幸は続く。
今後の執筆を、AIに頼る事にした。便利な道具なんだ、使ってなんぼだろう。
しかしそれが出版社には悪く出てしまったらしい。
何と俺の作品が1巻で打ち切りになると告げられた。
俺は愕然とした。
何故? 生活保護者への差別だろうか?
俺は決意した。
この日本という、住みづらく息苦しい国によって決められた、あまりにも理不尽な出来事を世間に訴えなければならない。
幸い、俺には文章という武器がある。
作家として培った表現力で、世の中の間違いを正してやろう。
俺はスマートフォンを手に取り、Xを開いた。
さて、どのように書くべきか。
俺はしばし考え込んだ。
単に不満をぶちまけるだけでは、世間の人々には伝わらない。俺は曲がりなりにも、出版社から実力を認められたプロの作家なのだ。
ここはひとつ、理路整然と、なおかつ読者の心に訴えかける文章にしなければならない。
俺はメモ帳アプリを開き、文字を打ち始めた。
『読者の皆様へ、大切なお知らせ』
うむ。悪くない。
まずは日頃の感謝を述べ、それから自分の現状を伝える。
当然、その理由についても詳しく説明する必要がある。
俺がいかに小説の執筆に情熱を注いできたか。どれほどの時間を費やし、苦難を乗り越えてきたか。そして、その努力の結晶である印税が、いかに理不尽な扱いを受けているか。
一文字ずつ、丁寧に書き連ねていく。
途中、思わず涙がこぼれそうになった。
ああ、俺はなんと不遇な作家なのだろう。
賞を取り、書籍化まで果たしたというのに、国は俺の努力に報いようとしない。
だが、俺はただ自分の境遇を嘆くために、この文章を書いているのではない。
これは、未来のクリエイターたちのための告発でもあるのだ。
俺と同じ苦しみを、これから生まれる才能ある若者たちに味わわせるわけにはいかない。
そう考えると、自然と指が動いた。
気がつけば、かなりの長文になっていた。
だが、仕方がない。俺の思いを伝えるには、これでも足りないくらいなのだから。
最後に、俺は自身の偽らざる本心を、一文に込めた。
『私は自分の力で稼ぎたいのです』
完璧だ。何度読み返しても、実に素晴らしい文章である。
簡潔でありながら、切実な思いが込められている。これを読んで心を動かされない人間がいるだろうか。
俺は完成した文章を画像にまとめ、Xに投稿した。
これで、俺の思いは世間に届くはずだ。
ひょっとすると、ニュースサイトに取り上げられるかもしれない。いや、これほど重大な問題なのだから、取り上げられて当然だろう。
なんならテレビの取材が来ることも考えられる。
その時は、作家としての品格を保ちつつ、毅然とした態度で応じよう。
そんなことを考えながら、俺はスマートフォンを机に置いた。
五分後、通知が届いた。
『いいね 12』
おお。
早速、俺の訴えに共感してくれる人が現れたらしい。
十分後。
『いいね 48』
順調だ。
十五分後。
『いいね 126』
これは、もしかすると本当に大きな話題になるかもしれない。
俺は嬉しくなって、通知欄を開いた。
そこには、さまざまなコメントが寄せられていた。
『創作活動による収入の取り扱いは、もう少し柔軟でもいいと思います』
そうだろう、そうだろう。
やはり理解のある人間はいるのだ。
『書籍化おめでとうございます。制度について議論すること自体は大切ですね』
うむ。実に建設的な意見だ。
こういう人間がもっと増えれば、日本も少しは住みやすくなるだろう。
ところが、である。
俺の目に、信じられないコメントが飛び込んできた。
『生活保護って、そもそも仕事が出来ない、自力では生きていけない弱者を守る為の制度ですよね?』
……は?
俺は思わず眉をひそめた。
そんなことは知っている。
本文にも書いたはずだ。
まったく、最近の人間は文章を最後まで読まないらしい。
俺は呆れながら、次のコメントを開いた。
『印税が少ないことと、収入認定の仕組みは別の話では?』
だから、違うのだ。そういう話をしているのではない。
俺は小説を書くために、どれだけ苦労したと思っているのか。
『勤労控除の対象を広げるべき、という主張なら理解できます。ただ、収入があっても保護費を一切減らすなという話とは違いますよね』
……まったく。どうして、こうも話の通じない連中ばかりなのだろう。
俺は思わずため息をついた。
そもそも、俺が訴えているのは努力が報われないという問題だ。
収入がどうだの、控除がどうだの、そんな細かい話ではない。
俺は頑張った。
だから報われるべきなのだ。
それだけの、実に単純な話ではないか。
怒りを抑えながら、俺は返信を打ち込んだ。
『私の文章をきちんと読んでいただければ、何が問題なのかご理解いただけると思います』
送信。
ふう、これでいい。
相手を罵倒するような下品な真似はしない。
あくまでも冷静に、理知的に。それがプロの作家というものだ。
しかし、相手からはすぐに返信が届いた。
『読みました。そのうえで、制度のどの部分をどう変えてほしいのか聞いているんですが』
なんだ、こいつは。
どうしてここまで説明しても分からないのだろう。
俺は一度スマートフォンを置き、大きく息を吐いた。
相手にするだけ時間の無駄だ。
こういう連中は、最初から人の話を聞く気などないのだろう。
俺は返信せず、相手をブロックした。
これで一人、無益な論争を避けることができた。
やはり俺は、冷静な判断ができる人間らしい。
ところが、次に通知欄を開いた時、事態はさらに悪化していた。
『で、結局いくら印税が入ったんですか?』
『書籍化したなら、少しずつ生活保護から抜けていけばいいのでは?』
『収入が増えれば、その分だけ保護費が減るのは普通のことでは?』
何なんだ、こいつらは!
俺は思わず机を叩いた。
いくら印税が入ったかなど、俺の個人情報ではないか!
それに、生活保護から抜ける?
――冗談じゃない。
今の印税だけで、どうやって生活しろというのだ。
俺は別に、生活保護から抜けたいと言っているわけではない。
自分の力で稼ぎたいと言っているのだ。
……いや、待て。
生活保護から抜けたいわけではない、という書き方は少々誤解を招くかもしれない。
俺だって、いつかは自立したいと考えている。ただ、それは今ではないというだけの話だ。
いずれ十分な印税が入り、生活保護など必要なくなれば、もちろん受給をやめるつもりでいる。
そのためにも、今は国に支えてもらう必要がある。
そして、せっかく手にした印税まで生活費に回していては、いつまで経っても豊かになれないではないか。
まったく、こんな簡単な理屈がどうして分からないのだろう。
俺はもう一度、自分の投稿を読み返した。
『私は自分の力で稼ぎたいのです』
うむ。やはり、何も間違っていない。
間違っているのは、この文章を理解できない世間の方なのだ。
俺は再びXを開き、追加の投稿を書き始めた。
どうやら世間には、もう少し噛み砕いた説明が必要らしい。
やれやれ。
作家というのは、小説を書く以外にも苦労が絶えない仕事である。
俺は追加の投稿を始めた。
『先ほどの投稿について、多くの方からご意見をいただきました。しかし、残念ながら私の真意が正しく伝わっていないようです』
まずは冷静に。
感情的になってはいけない。
『私は生活保護制度そのものを否定しているわけではありません。むしろ、この制度には深く感謝しています。ただ、努力して得た収入が生活の向上につながらない現状について、問題提起をしているのです』
うむ。我ながら実に理路整然とした文章だ。
『私は作家として、これまで膨大な時間を執筆に費やしてきました。その努力が正当に評価される社会であってほしいと願っています』
よし。最後に念を押しておこう。
『どうか、私の主張を正しく理解したうえでご意見をいただければ幸いです』
投稿。
これで誤解も解けるだろう。何しろ、俺はプロの作家なのだ。
素人にも理解できるよう、ここまで丁寧に説明してやったのである。
しかし、その考えが甘かった事を、俺はすぐに思い知らされた。
『いや、だから勤労控除をどうするかって話ですよね?』
『制度改善の要望は分かるけど、言ってることが極端なんだよ』
『本が売れれば、いずれ生活保護から抜けられるんじゃないですか?』
……ダメだ。まるで伝わっていない。
この国の読解力は、一体どうなってしまったのだろう。
俺は深いため息をついた。
さらに通知を確認すると、こんなコメントがあった。
『作品、読んでました。面白かったです。また新しい作品が出たら買いますね!』
おお! なんというありがたい言葉だろう!
やはり、俺の作品を愛してくれる読者はいるのだ。
俺は感謝の返信を打とうとして、ふと手を止めた。
……待てよ? 次の作品が売れる。
つまり、印税が入る。
すると、生活保護費が減る。
……ダメじゃないか! それでは何も解決しない!
いや、もちろん本が売れるのはありがたい。売れなければ作家としての収入は増えないのだから。
だが、今売れても困るのだ。
俺が望んでいるのは、売れた分だけ豊かになれる未来なのだから。
この読者には申し訳ないが、今は購入を控えてもらった方がいいのかもしれない。
……いや、そんなことを言えば出版社に迷惑がかかる。
俺はプロだ。そのくらいの配慮はできる。
結局、俺は返信するのをやめた。
それからも通知は鳴りやまなかった。
気がつけば、俺の投稿は数万回も表示されていた。
引用欄には、見知らぬ人間たちが好き勝手なことを書き込んでいる。
『これ、結局何を要求してるの?』
『創作活動を続けたいなら、制度改正を求めながら書き続ければいいのでは?』
『自分の力で稼ぎたいなら、まずは作品を売る努力を続けた方が……』
俺はスマートフォンを握り締めた。
何度説明すれば分かるんだ!
俺は努力してきた!
賞だって取った!
書籍化だって果たした!
それなのに、どうしてまだ努力しなければならないんだ!
俺は十分に頑張ったではないか!
これ以上、俺に何を求めるというのだ!
……もう、限界だった。
こんなにも世間の理解が得られないとは思わなかった。
俺はただ、正当な対価を求めているだけなのに。
誰も俺の苦労を分かってくれない。
誰も俺の才能を正しく評価してくれない。
出版社は俺に賞をくれた。
読者は俺の本を買ってくれた。
だが、国は俺の生活を豊かにしてくれない。
この矛盾を放置したまま、どうして創作活動を続けられるというのか。
俺は決意した。
もう、小説を書くのはやめよう。
いや、正確には休止だ。
いつか、この国が俺の才能にふさわしい制度を整えてくれるまで、俺は筆を置く。
これは逃げではない。抗議なのだ。
俺という才能を失うことが、いかに大きな損失であるか。
社会には、それを理解してもらわなければならない。
俺は改めてXを開いた。
『皆様へ。大変残念ではありますが、諸般の事情により、しばらく執筆活動を休止することにいたしました』
指が震える。
自分で自分の才能を封印しなければならないとは、なんという悲劇だろう。
『これまで応援してくださった読者の皆様には、心より感謝申し上げます』
目頭が熱くなった。
俺の作品を待っている読者もいるだろう。続刊を楽しみにしている人もいるかもしれない。
しかし、ここで折れてはいけない。
これは俺個人の問題ではない。日本の創作文化の未来がかかっているのだ。
『私は、すべての創作者が正当に評価される社会になることを願っています』
そして最後に、俺はありったけの思いを込めて、あの一文を添えた。
『私は自分の力で稼ぎたいのです』
投稿ボタンを押し、そしてアカウントを削除した。
終わった。
俺の、作家としての戦いが。
俺は静かにスマートフォンを伏せた。
窓の外では、夕日が沈もうとしていた。
まるで、俺の創作人生の終焉を象徴しているかのようだった。
……さて、これからどうしようか。
小説を書かなくなれば、当然ながら新たな原稿料など入らない。
続刊が出なければ、今後の印税も期待できない。
だが、心配はいらない。
俺には生活保護がある。これまで通り、最低限の生活は保障されているのだ。
まったく、ありがたい制度である。
そう考えると、少しばかり気が楽になった。
今までは毎日のようにパソコンに向かい、必死に文字を打ち続けていた。
これからは、そんな苦労をする必要もない。
朝は好きな時間に起きればいい。
読みたい小説を読み、見たい動画を見て、ゆっくり過ごせばいい。
そうだ、配信者として好きなゲームもやろう。
それでも小銭は稼げるはずだ。
そうしているうちに、いつか世間も俺の正しさを理解するだろう。
制度が変わり、創作者の努力が報われる時代が来るかもしれない。
その時こそ、俺は再び筆を執るのだ。
そして、今度こそ自分の力で稼いでみせる。
俺は机の上に置かれた、受賞記念の盾を眺めた。
そこには、確かに俺の名前が刻まれている。
潮野幸太郎。
才能を認められた、選ばれし作家の名前だ。
俺は間違っていない。
間違っているのは、俺を正当に評価しない社会の方なのだから。
俺は満足げに頷き、パソコンの電源を落とした。
こうして、俺の執筆活動は幕を閉じた。
これで印税を稼ぐために努力する必要もない。
収入がなくなれば、生活保護費を減らされる心配もなくなるだろう。
今まで通り、満額支給。
労働するなんて、馬鹿らしい。
だって今までもこうして、最低限の暮らしをしてきたんだ。
それでもゲームも出来るし、好きな事を好きな時間過ごせる。
何故ならこれは憲法で保障された『権利』なのだから。
別のアカウントでXを見ても、普通に仕事をしながら執筆している人間もいる。
正直えらいとは思う。でも所詮は趣味止まり。
俺みたいに賞が取れるわけじゃないんだから。
ようやく、安心して暮らしていける。
何より、俺はこの国の理不尽な制度に対し、断固たる意思を示したのだ。
これほど誇らしいことがあるだろうか。
俺は胸を張って、改めて宣言しよう。
俺は、自分の力で稼ぎたい。
だから俺は今日、自分の力で稼ぐのをやめた。




