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辺境の魔王アルト~世界で一番小さな国が、世界で一番強かった~  作者: 雪野湯
第一章 民の狂奔、王の知性――帝国への剣

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第9話 想定外の敵将・敵兵

――――砦内部、広場



 巨躯の男は背より大剣を抜き放つと、こちらへ肉厚の剣先を向けた。

 形状から見てあの剣は敵を切るというよりも、押しつぶすといったもののようだ。


 男は私たちに(あざけ)りを交えながら言葉を発する。

「くくく、あははは、丸見えだというのに闇夜に紛れてこそこそと。ご苦労なことだ」

「丸見え? 砦の遥か手前から、こちらは完全に気配を消していたと思うが?」

「クク、これだから(いくさ)を知らぬ田舎者は」



 彼はさらに(あざけ)りを増して、少しばかり離れた場所に立つ男へふいっと首を振った。

 そちらに瞳だけを動かすと、真っ赤なレンズの入った眼鏡をした男がいた。

 巨躯の男は赤い眼鏡について言及する。


「その眼鏡は生物が発する熱を見ることができるのだ。つまり、貴様たちが闇に紛れ、気配を絶とうとも、熱を隠さぬかぎり丸見えというわけだ」

 


 彼の言葉にイロハが目を丸くした。

「まさか、遠赤外線探知!? 驚きました、この三百年でそれほど技術が進んでいるとは。そのような技術の確立はまだ先かと予測してましたが……」

「イロハ、そのえんせきなんとやらとは?」


「全ての物体は目に見えない遠赤外線という電磁波を放射しています。それは温度が高いほど強く、低いほど弱くなります。あのメガネは微細な放射を捉えて可視化する魔導機器なのでしょう」

「でんじ? ま、まぁいい。要は熱を探知する道具というわけだな。なるほど、草原に熱を発する集団が集まっていれば、警戒の対象となるわけか。そういうことで合っているかな、そこの君?」



 巨躯の男に問い返す。

 すると、彼は眼鏡をかけた男にイロハの言葉を尋ねていた。

「なんだ、えんせきがいとか、でんじはとか?」

「さ、さぁ、わかりません。このメガネは生き物が発する熱を見ることのできる眼鏡と聞いているだけですから、理屈までは」

「そうか……フッ、道具など扱えればよい。その通りだ、これは熱を見ることができる。よって、貴様たちの動きは丸見えだったわけだ」


「ならば、砦に侵入される前に対処すればよかったのではないかな?」

「ククク、それではつまらんだろう。いったいどこの阿保が帝国に弓を引いたのか、この目で確かめんとな。さぁ、その薄汚い黒衣を脱いだらどうだ?」



 彼に従うわけではないが、私は黒衣に手をかけた。それをブルックが止めに入る。

「おやめください。こちらの正体が知られてしまいます」

「ブルック、それはいまさらだ。我々はルミナの正規軍を率いて、ルミナの武器を持ち、ここへやってきた。全員が無事で帰られれば、正体を隠し通せる可能性もあるが……」


 左右の城壁を見る。

 壁の上では篝火が上がり、弓を(つが)えた百を超える弓兵たちの姿が……。


「撤退するにも、全員無事は難しい。ならば、ここで正体を明かし、戦闘ではなく交渉へと切り替える。代償は途方もなく大きいだろうが」

「ですが――」



「ブルック、隙は見逃すなよ」

「――――ッ!? はっ!」


 短い一言で彼はやるべきことを理解したようだ。

 さて、交渉でその隙を生み出そう。



 黒衣を手に取り、それを砦広場へと投げ捨てた。


 露となったのは銀の長髪と翠玉の瞳。

 紺碧の貴族服に金モールが輝き、紫の宝石を抱く勲章が権威を示す。左肩から流れる深紅のマントは星屑を散りばめ、純白のキュロットを覆い隠す。

 絶対的な支配と優美さを併せ持つ、王としての威厳を表す肖像。

 

 腰元には、左に二本の剣。

 右には一本の剣。うち、左右の剣はナイフとも言えるほど短い。

 残る左の剣は柄頭にオーシャン家の紋章である、空の竜と海の宝石である珊瑚を刻んだもの。

 刀身は無駄を削ぎ落とした鋼鉄の輝きを放つ。


 左右のナイフのような剣は、元々はイロハの持ち物。それを預かっている形で、まず使用することはない。

 特別な力を宿しているのだが、使うと命の一部を代償として支払うことになるので使用は控えたい。


 

 私に続き、ブルック、イロハ。そして、兵士たちが黒衣を脱ぎ捨てる。

 長槍を携え、象牙色の鎧を纏うブルック。

 清潔な白のエプロンとカフスが深い黒のドレスに映える、メイド姿のイロハは拳を構える。


 黒銀の鎧を纏い、剣や槍を手にした兵士たち。


 私たちの姿を目にした巨躯の男は場違いなイロハの姿に眉を顰めるが、私やブルック――そして、後ろに連なる兵士たちを見て、眉を僅かに上げた。


「驚いた。賊ではなく、どこぞの正規兵か? しかも、魔族だけではなく、獣人族にドワーフにエルフに――人間まで! そうなると、貴様は……」



 ここで、彼の後方に控えていた、兜に白い羽をつけた中年男性が声を上げた。

「ま、まさか……アルト王!? そ、そんなはずは!」

 巨躯の男は後ろの中年男性に問いかけ……いや、念を押すように尋ねる。


「間違いなのだな、関所長ヴェイパー。こいつが、ルミナの王であるのは?」

「は、はい! 稀にルミナの街に買い出しに行くことがあり、そこで何度か……というか、どうしてイロハ(ねえ)まで!?」

「え~っと……あ、リオ君じゃないですか? お久しぶりです。すっかり大きくなって」


「え、ええ、まぁ……幼いころは両親の仕事の都合上、ルミナへ訪れることが多く、その時、よく遊んでもらってましたね」

「そうでしたねぇ。あんなにやんちゃで小っちゃかったリオ君がこんなに立派になって」


「あはは、懐かしい。私の方はルミナで何度かイロハ(ねえ)を見かけたんですけどね。声をかける機会はなかったんですが」

「ええ~、そうだったんですかぁ? 一声かけてくれれば、リオ君が大好きなラズベリーを練り込んだパンケーキをごちそうしたのに」

「覚えていてくれたんだね、私の大好物を!? ああ~、本当になつかし――」



「関所長!! なにを敵とじゃれ合っているのか!!」


 巨躯の男の一喝が飛び、関所長と呼ばれた男は慌てて口を閉じた。

 巨躯の男は再度確認を行う。


「この背の高い優男が、ルミナの王であるのは間違いないのだな!?」

「は、はい!!」


「ククク、そうか、こいつがルミナの……」

 沈黙、そして――

「フハハ、ははは、あはははは!!」


 男は狂ったような笑い声を闇夜に響かせる。

 私は訝しげな瞳を向けながら彼に問いかけた。


「それで、君は何者だ? 気配から只者ではなさそうだが。もっとも、ジャミング魔石の影響がまだあるようで、気配を掴み切れていないが」

「あの魔石は我が兵以外に効力を与えるように調整してあるからな」

「なるほど。で、君は?」


「そうだったな。俺は――――ガター。五龍将が一人、ガター=ディルービオだ!」


 彼の名を耳にすると同時に、私の体は硬直した。

(ば、馬鹿な――なぜ、帝国の柱がこのようなところに!?)


 想定になかった――いや、完全に予測外の状況を前にして、焦燥が胸を突いた。

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