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辺境の魔王アルト~世界で一番小さな国が、世界で一番強かった~  作者: 雪野湯
第一章 民の狂奔、王の知性――帝国への剣

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第8話 作戦失敗?

 壁にできた凹凸を掴みながら、風化した壁が崩れ落ちないように素早く壁を駆け上がり、音もなく、ひらりと城壁の上に降りた。


 城壁に築かれた見張り用の高台へ飛び込み、ルミナ側を監視していた兵士には深い眠りについてもらう。

 ここで黒装束の顔部分を露にしながら小さな声を漏らす。



「よし、お膳立ては整えた。あとは内側から門を開けるだけだ」

「この方たちは気絶させるだけでよいのですか? 安全を確保するためならば――」

「わかっている。だが、できるだけ犠牲は避けたい。関所長を生け捕りにして、まずは降伏を促す。生け捕りが不可能ならば、戦闘だ」


「なぜ、そのような面倒を?」

「帝国と戦うといっても正面から構える気はない。そのような国力はルミナにはないからな」

「なるほど、心証をあまり悪くせず、交渉の余地を残すためですか」


「まぁ、そうだが……どれほど効果があるかはわからない。むしろ、効果がない可能性の方が高い。それでも、交渉の余地というのはどうしても残しておかないとルミナの方が不利だからな」


「条約的に問題ないとはいえ、帝国からは条約破りだと(そし)りを受けるでしょうしね。これに加えて、奇襲攻撃の末、虐殺となれば交渉の余地はゼロになるでしょう」


「そういうことだ。ブルックは血気盛んな兵士たちに、そこをしっかり含めているんだろうか……?」

「大丈夫ですよ、皆さん元気いっぱいですけど軍規はちゃんと守れる、やればできる子たちですから」

「……そうか?」



 彼らの姿を思い起こす。

 彼らは剣や槍を掲げ――


――「「「帝国! KO・RO・SE! KO・RO・SE! KO・RO・SE! ぶっ潰す! HEY!!」――



「不安だ……」

「信じましょうよ、配下を。王として」

「そうしたいのはやまやまなんだが……それはさておき」


 軽く首を横に振ってから、辺りを見回す。

「内部もまた妙な雰囲気だ。魔力が淀み、物質的な重みとして体全体に圧し掛かってくるような感覚を覚える」

「私の方も探知能力が阻害されてまま成りません。これは明らかに従来のジャミング魔石ではありませんね」


「新型のジャミング魔石、か……なぜそのようなものが、このような閑暇な砦で使用されているんだ? こちらに時間がないとはいえ、事情が全く見えてこないのは大きな不安要素だ」


「その不安ですが、内部に入った途端に探知能力の阻害が大きくなりました。そのため、相手方の動きがほとんどわかりません。」

「イロハでもか。私に至っては魔石のせいで気配が全く読めない。わかる範囲でいい、状況は?」


 イロハは目を閉じて、意識を集中させる。

「……そうですねぇ。およそ二十名ほど動きはつかめます。動きから見て、彼らは通常の見張りを行っているようです」


「何ら変わらない業務風景に新型のジャミング魔石。ますます、気持ちが悪い。しかし、立ち止まっているわけにもいかない。門を開けるぞ、イロハ。ブルックたちが待ち侘びているだろうからな」

「了解です、アルト様」



 城壁から砦内部へと軽やかに飛び降りて、門の前に来る。

 門は木製のカンヌキで封じられた、よくある仕組みのもの。


 それをイロハが一人で、極力音を上げずに引き抜く。

 彼女の見た目は少女だが、私より遥かに力持ちだ。


 カンヌキは引き抜かれ、私とイロハは門をゆっくりと押し出し、開けていく。

 そのたびに、ギギギッっと音が響き、砦の兵士に気づかれるのではないのかと冷や汗が背中に滲む。


 音で気づかれぬよう、数人が通れるほどの間を開ける。

 そこからブルックを先頭に、六十人の兵士が砦内部へと入ってきた。



 ブルックはササっと砦を見回し、眉をひそめた。

「なんとも嫌な気配が充満しておりますな」

「ああ、新型のジャミング魔石のせいのようだ」

「新型? なぜそのようなものが?」


「さてな、それは関所長あたりを締め上げて尋ねるとしよう。皆、聞いての通りだ。何が起こるかわからないから、気配は消したままにしておけ」



 ブルック・イロハを先頭に、六十人の兵士たちは無言でこくりとうなずいた。

 あれだけ猛っていた戦気を完璧に静め、皆が皆、見事に気配を断っている。

 イロハの言う通り、やればできる子たちばかりのようだ。

 ここにいる全員が一流といっても過言ではない戦士たち――。


 ブルックはよくぞここまで鍛え上げたものだ。同時に、いつ私が動いても良いように準備していたのだろうな。

 催促などのそぶりを一切見せず、私が自ら立ち上がることを信じて……。


 私は一度、ブルックとイロハへ視線をやり、後ろを振り返って、音も立てずに前へと歩き始めた。

 皆が後ろからついてくる。


 門を離れると、すぐに砦の広場があった。

 普段はここで鍛錬を行っているのだろう。

 その中央にまで来たとき、ふいに気配が変わった。


「――っ!? ジャミングが解除された!?」


 途端に周囲に気配が満ちる。

 城壁の上から、ジャミング効果を持つであろう外套を脱ぎ捨てた無数の兵士が現れ、全員が矢じりを私たちに向けていた。

 正面からは巨躯の男が大剣を背負い現れる。


「フハハハハ! 何者かは知らぬが、最初から姿が丸見えだったぞ――大間抜けめ!!」




 その頃――――砦、地下


 砦の地下では、四方に封印の魔石を取り付けられた鉄檻内部で、ぐったりと横になっている少女がいた。

 二人の兵士のうち、一人が下卑た笑いを漏らす。


「ククク、あれ見ろよ。勇者の娘なんて名乗ってもあのざま。下着を丸出しでみっともねぇ」

「余計なこと言わずに見張ってろよ」

「わ~ってるよ。しかし、いいケツしてやがる。あ~あ、目の前に女がいるのに何もできねぇってのはたまっちまうなぁ」

「そういう愚痴はいいから、そろそろ魔石の交換時間だ」

「そうだったか? 面倒だなぁ。無駄に魔力が高いから封印の力が持たず、すぐに交換の時間が来やがる。腐っても勇者の娘ってか~」



 男は黄褐色でドーム状の魔石を片手で弄びながら鉄檻へ近づく。

「さてと素早く古い魔石を外して、新しいのに交換しましょうかね」

 男はちらりと少女を確認する。


 襤褸(ぼろ)切れがめくりあがり、薄い青色の下着を纏った臀部を露出したまま、ピクリとも動かない。

 視線を魔石へ戻し、古い魔石を取り外す。

「いつまで気を失っているんだかっと、これでこっちの新しい――――っ!?」


 鉄檻の魔石へ伸ばしていた手首を細い指先に握りしめられた。

 魔石が手から離れ、冷たい石床に弾かれて、鉄檻内部へと転がる。

 男の瞳が素早く動き、己の手首を握りしめる(あるじ)を目にするが――!


「死ね」

「ぐがっ!」


 炎が男を包み、肉体はおろか叫び声すらもあっという間に焼き尽くした。

 もう一人の男が後ろを振り向き、助けを呼びに行こうとするも――。


「逃がさない」

「ひぎぃぃ!!」


 最初の男同様に、声から漏れる音も、瞳に取り込まれた光さえも容赦なく炎が蹂躙し、沈黙と肉の焦げた匂いだけが地下に広がる。


 少女は足元に残る男が落とした封印の魔石を苛立ちを込めて蹴っ飛ばし、全身から炎を巻き上げると、自身を閉じ込めていた鉄檻を熱を帯びたバターのようにドロドロに溶かしてしまった。



 彼女は一歩足を踏み出し、こう呪う。


「みんなの仇……ガター、殺してやる!」

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