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辺境の魔王アルト~世界で一番小さな国が、世界で一番強かった~  作者: 雪野湯
第一章 民の狂奔、王の知性――帝国への剣

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第6話 血に飢えた民

――宵闇に沈む平原



 作戦決行は深夜二時――命ある者は眠り、亡き者たちに世界を譲る刻。


 決行時刻まであと少し、その間にイロハは皆におにぎりを振る舞っていた。

「は~い、皆さん一つずつですよ~。あんまりおなかに入れると動きづらくなりますから、戦闘に必要な体力分だけの補給で~す」


 おにぎりの入った長方形の麻籠を首からぶら下げた、まるで弁当売りの姿のようなイロハに兵士たちは群がっている。

 私もまたおにぎりを片手に、彼らの様子を見ながら感心と呆れが混じり合う声を漏らした。



「もぐもぐ、これは驚いた。初の実戦を前に、誰も緊張していないな。ちなみに、やはり梅干しが究極だな」

「あははは、ワシが鍛え上げた精鋭たちですからな。体も心もしっかり練り上げておりますよ。それとお言葉ですが、肉みそこそが至高でしょう」


「ブルックは酸味のあるものが苦手だからな。それにしても、ブルック直々の訓練か……さぞかし、辛いものであったのだろうな」



 隣に立つブルックへ視線を向けると、彼はどや顔交じりの笑みを見せた。


 彼は私にとって剣の師であるため、彼が行う訓練が死ぬほど辛いことを知っている……通称・地獄めぐり。それは殺す気なのかと思わせるほどひどいもの。

 ここに残る兵士たちは皆、あの地獄を味わい、耐え抜いた者たちばかりなのだろう。


 おにぎりを頬張る兵士たち全員から、並々ならぬ戦気が静かに沸き立っている。

 一人ひとりの武が、一介の兵士とは思えないほど高められているのがわかる。


 彼らは口々にこれからの戦いへの意欲を漏らす。

「やったる、ぶち殺したるわ!」

「ようやくあの帝国のケツに剣をぶっ刺すことができるぜ!」


「帝国の大使が来るたびに俺たちを見下し、あの舐め腐りやがった態度を見るたびに石を投げてやろうかと思っていたが――今日は矢を眉間に投げつけてやんよ」

「ルミナは俺たちの国だ! 俺たちの故郷だ! 帝国なんぞにくれてやるものか! KO・RO・SE!」



 彼らの様子を見て、私は思わず頭を抱えた。

「おいおい、蛮族の集まりみたいになっているが、大丈夫なのか?」

「多少気合が空回りしている様子ですが、気構えは十分でしょう。それに、ついに……」


 ブルックは一度言葉を止めて、次に期待と焦燥を重ね合わせたような声を生んだ。

「……ついに、陛下がお立ちになった。声にこそ出していませんが、皆、それを望んでいたのですよ。ルミナを守るために国王陛下が意志を示してくれることを。その喜びが心と体を満たすがゆえの発露でしょう」



 ルミナに残る全ての者たちが、今日という日を待ち侘びていた――知らぬは国王のみ。

「そうか、現実を見つめることに臆病だった私が町から足を遠ざけていたため、彼らの想いを汲み取る機会がなかった。しかし……」


 ちらりと兵士たちを見る。

「相手は二百。一人三殺! いや、四殺!」

「へへへ、今宵、剣が血に飢えておるわ」

「闇夜に帝国の断末魔を響かせてやる、ククク」


 

 私は再び頭を抱えつつ、帝国との戦いを決断した翌朝、主だった国民の代表にその意思を伝えた時のことを思い出す。



――木造の商工会の会議場。


 かつては活気に満ち、大勢の人々が行き交い、熱い思いを言葉に載せて、多くの議論を重ねた場所。

 しかし今は、私を含め、十数名程度しかいない。


 寒々とした会議場で私は短い一言に全ての思いを載せる。


「この、アルト=ラウ=オーシャンはヴォルガ帝国と戦う。そう決めた」


 飾りのない言葉だけを発する。皆は言葉も動きも、鼓動さえも止めてしまったかのように微動だにしない。

 おそらく次には、昨夜のイロハやブルックのように驚きの声が上がるだろう……そう思っていたのだが。



 九十を過ぎた羊族の獣人、商工会の長が、私をまっすぐ見つめてきた。

「アルト王、本気なのですね……?」

「ああ、本気だ」

「本気の本気なのですね?」

「もちろんだ。この決意に揺るぎはない」


「帝国と……戦う。アルト王はそう決心された――――しゃぁあぁっぁああぁぁ!!」



 突然、商工会の長は老人とは思えぬ雄叫びを上げた。そして、会場に座する皆々へこう伝える。

「アルト国王陛下がついに立たれるぞ!! 野郎ども! 覚悟はできてんのかぁ!!」


「もちろんだぜ! この日をどれだけ待ち侘びたか!!」

「魔族至上主義なんていう、傲慢な思想を押し付けてくる帝国の支配下に入るなんてまっぴらごめんだ!!」

「ああ、ルミナの本気(マブ)ってやつを見せつけてんやんよ」


「「「ていこ~く! ぶっ潰す! ぶっ潰す! ぶっ潰す! ぶっ潰す! KO・RO・SE!!」」」



――――――

 意識は今に戻り、抱えた頭に顰めた眉を加えてこう漏らす。


「……私の知るルミナはもっと牧歌的というか、長閑(のどか)な民の集まりだったはずなんだがなぁ?」

「今、ルミナに残りし住民たちは全て、帝国に(あらが)う者たちばかりです。巨大かつ強大な敵と戦う覚悟を決めた者たちばかりなのです。故に、強者ばかりが残っているのでしょう」


「強者を飛び越えて危険人物の集まりになっているような? 私は、不安を覚えるであろう国民に演説の一つや二つを考えていたのだがな。その必要もなく……」


 武器を見つめてニヤつく兵士たちを横目で見る。

(狂気に見えるが――これも覚悟の裏返しか? ならば、私が迷うわけにはいかない)

「フフ、下手に緊張で体を固めるよりかは良しとするか。ただし、ブルック。無用な残虐行為はせぬよう、徹底しておけ」

「もちろんです。そのような者がおれば、ワシが直々に地獄めぐりをさせてやりますわ。あはははは」



 先ほども触れた、ブルック名物地獄めぐり……文字通り地獄のような訓練へ叩き落とす所業。

 それが味わわされると思ったら、誰も暴走しないだろう。


 会話がひと段落したところで、おにぎりを配り終えたイロハが戻ってきた。

「ただいま、アルト様」

「ああ、ごくろう。準備は良いか」

「はい、いつでも」


 イロハは麻籠をその場にそっと置き、小さくうなずく。

 私はブルックへ(めい)を発する。


「私とイロハで砦の城壁を登り、内側から門を開ける。ブルックは手はず通り、音を立てずに兵たち共に侵入。その後も気取られぬよう動き、極力戦闘を避け、関所長を捕らえる」

「ワシらを見た者は即殺。最悪戦闘に備える、ですな」


「ああ。だが、この作戦でこちら側は一人として戦死者を出すつもりはない。肝に銘じておけ」

「はっ!」



 ブルックは僅かに(こうべ)を垂れて言葉を返す。

 だが、何か懸念があるのか、私の心を探るような声をそっと漏らす。


「本当に陛下御自身が砦に……」

「それはもう決まったことだろう。砦の侵入と万が一敵に見つかった場合、脱出を含めた能力を持ったのは私とイロハくらいだ」


「ワシは、陛下にこのような危険な任務を背負わせなければならない自分自身の不甲斐なさに恥じ入るばかりですぞ。もう少し若ければ、ワシが……老いた腰が妬ましい」


「なに、適材適所だ。こちらは少数のため、人材を最大限に生かさなければ勝てぬ。では、イロハ――行くぞ」

「はい!」

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