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滅ぶ予定の魔王国ルミナ、実は全員が将軍級でした ~常識人の魔王アルト、血に飢えた国民に担がれて帝国を返り討ちにする~  作者: 雪野湯
第二章 世界を書き換える力

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第46話 理を凌駕する者

 超越者たちの戦い……と称すればよいだろうか。

 時空間と次元を操る、人知を超えた闘争は、イロハに軍配が上がる形で終焉を迎えた。



 カイリの魔導士たちは、無言と恐怖を抱きしめて離そうとしない。

 イロハは血に塗れたミナヅキに瞳を向け、小さく上下する彼の胸部を確認すると、微かに安堵の色を見せた。


 私たちもまたミナヅキの安否を気にしていたが、その中でギドラだけは、イロハの小さな拳を食い入るように見つめていた。その暗緑色の瞳には、武の頂へ立つ者への畏怖が宿っている。



「……凄まじい技だ。俺の理解を遥かに超えている」


 これにイロハは、少し照れくさそうな表情を浮かべた。

「ふふ、お褒めに預かり恐縮です。ですが、私の使用した武技は、オリジナルの劣化版。そのような評価は面映ゆいですね」


「な、劣化版だと!?」


「はい。私の技は神を穿つのがせいぜい。ですが、オリジナルである『(りゅう)風巌ふうげん振揺盪滌(しんようとうげき)は――神をも殺す拳です」

「神を、殺す。そのような技が……しかしこれは、君のような特殊な存在でなければ使えぬ代物なのだろうな」



 ギドラは理解が及ばぬ技を前に、イロハという存在そのものも理解を超えた存在と認め始めていた。

 しかし彼女は――


「いえ、この技の開祖である方は、皆さんよりも脆弱な種族。魔力はなく、気という力も希薄な世界(ばしょ)でありながら、ただひたすらに技を磨き上げることで、神の心臓を握り潰すほどまでに昇華したのですよ」

「なんと……そのような御仁が? 一体、その方は?」


「名は、蒼冽(そうれつ)。ずっとずっと、昔の方です。私たちケンタウルス族では……いえ、私たちを管理していた方々がその技を研究し、完全ではありませんが再現できるまでに至ったのです」



 ここで私が、小さく呟く。

「管理?」



 するとイロハは、不意に固く閉じた。何か失言をした際に見せる、彼女特有の仕草だ。

 イロハは無言のまま、困ったように薄く笑った。

(やはり、口が甘くなっていますね。私たちのルーツを語るなんて……)



 ギドラやアマネ、メールたちもその奇妙な単語に疑問を抱いているようだが、イロハの様子を見て問い詰めることはなかった。



 ギドラは話題を逸らすように、言葉を継ぐ。


「俺は多くの強者を見てきた。だが、君のほどの存在を見たことがない」

 この言葉に、イロハが小さな笑い声を漏らした。

「くすくすっ、何をおっしゃっているのですか? あなたのそばには、敬愛されている陛下がいらっしゃるじゃないですか」


「なに?」


「私は長生きですので、何度かお会いしたことがあります。正確な実力は測り知れませんが……あの方ならば、メールさんが打ち破った八卦(はっけ)魔方陣を1秒足らずで破壊するでしょう。私の技もまた、見事に防ぎきるでしょうね」


「リヴァートン陛下はそれほどまでの高みに……ふ、ふふ、はははは、それは当然だろうな。なにせ、帝国の頂点に立つお方だ。あははは、ハハハハハ!」



 自分の主を誉められたことで、景気の良い笑い声を響かせるギドラ。完全にルミナの護衛役を演じていることを忘れている。

 幸い、ミナヅキは気を失い、八人の魔導士も呆けているから良かったものの。


 彼の背後から、アマネがはっきりわかるようにわざとらしく呆れた声を漏らす。

「調子よく笑っちゃって、自分の王様の実力も知らないなんて、駄目な配下だと思わないの?」

「黙れ、小娘。ふん、だがやはり、この世界で最強であられるのはリヴァートン陛下のようだな」



 満足げに頷くギドラ。だが、イロハがまたもや異を唱えた。


「それはどうでしょうね? 私は勇者様方の実力を詳しく知りませんが、セッスイ様が『最強』であれば、ミナヅキ様を超えるわけですし、その実力は計り知れないかと」


 すると、お次は、アマネが景気の良い笑い声を上げ始めた。

「ふふふ、あはははは。どうやら、パパには勝てないようね。ま、最強の勇者ですもの。仕方ないでしょうけどね」

「父の実力もまともに知らぬ娘が何を言っている?」

「黙れ、親牛!」


 二人が互いに歯を剥き出しにして睨み合いを始めてしまった。

 私は小さく息を漏らす。

「はぁ、仲がいいのか悪いのか……さて、増援が来られても面倒だ。さっさと城から脱出するとしよう」



――待て……

――待て……

――待て……



 何重にも重なり合う、喉奥から絞り出したような、小さくも、重く圧し掛かる声。


 声の主は――――ミナヅキ!!


 彼は赤く染まった両手で己を支え、立ち上がろうとしていた。

 その姿に、イロハが声を震わせた。


「そ、そんな、動けるはずがありません。分子レベルで時間断裂が起きているんですよ。安定するまで動けるはずが――」



「ここで」「ここで」「ここで」

「私が諦めてしまえば」「私が諦めてしまえば」「私が諦めてしまえば」

「カイリが」「カイリが」「カイリが」


――滅ぶ、滅ぶ、滅ぶ…………



 木霊のように言葉を重ね、膝を立て、立ち上がり、足を摺り、時間のズレにより何重にも揺れる体を引きずりながら、彼は私たちに向かってくる。


 イロハはその姿を前に、一歩、足を後ろに引いた。


「ありえ、ない。(ことわり)を超えている。どうして、あなたは動けるのですか……?」

「彼の『心』が、(ことわり)を凌駕したのだろうな」


「アルト様……」


「私には細かい理屈はさっぱりだ。だが、君が驚くほどに、彼の心が君の言う『(ことわり)』とやらを打ち破ったのだろう」


「そんなこと起こりえないのですよ、アルト様! だって、ミナヅキ様の肉体は時空間が断裂しているんですよ!? 活動電位も神経伝達物質だって、まともに機能するはずが――」


「それが、心というものなのだろう」


「っ! 私は……心を学び、それを一つ一つ重ねてきました。ですが、アルト様。この事象は……理解……不能です……」



 私たちは皆、ミナヅキの執念……いや、カイリを想う純粋な心を前に、動けずにいた。

 真っ赤に染まった姿で、伸ばした指先から血を落とし、揺らぐ肉体を引きずり、ひたすらにカイリの未来を憂う。



――守らねば、守らねば、守らねば……



 もう、よせ。よすんだ、ミナヅキ。そう言葉に出したい。だが、彼の姿を目にするとその言葉が胸奥に留まり、出てこない。

 

 この場には……彼を止められる者は、誰もいない……。



――もう、よいのです。ミナヅキ。



 不意に、穏やかな声が響いた。

 私たちは一斉に声の主へと顔を向けた。

 そこに立っていたのは、二人の女中に支えられた老女。

 気が付けば、十字路を塞いでいた障壁は消失しており、彼女はその傍らに静かに立っていたのだった。

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