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滅ぶ予定の魔王国ルミナ、実は全員が将軍級でした ~常識人の魔王アルト、血に飢えた国民に担がれて帝国を返り討ちにする~  作者: 雪野湯
第二章 世界を書き換える力

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第44話 ルミナ最強

 場から魔力が完全に消失し、魔導士たちを乗せた揺り籠が力なく地に落ちていく。

 彼らの悲鳴が十字路に虚しく響き渡る中で、ミナヅキは鞘に添えた手をただ震わせていた。



「たった一人の少女に……我らカイリの誇る八卦(はっけ)魔方陣が……くっ!」


 殺意を宿した冥色の瞳が、フードを被ったメールを射抜く。

 私は痺れの残る指先で自らの鞘に触れる。そして、一歩前へ出ようとした、その時――。


「ここは、私が」


 静かに制したのは、イロハだった。

 彼女に対して私は否定の言葉をかけるが……。

「いや、ここは私が出るべきだ。相手は一国を預かる者なのだからな」

「毒が抜けきっていないのでしょう。ご無理はなさらず、ここは私にお任せあれ」


 抑揚のない、しかし鋼のような芯の通った声。その表情は、まるで精密なガラス細工のように整い、一切の感情を排除している。


 あれは……(いくさ)に臨む――イロハの姿だ。



 私は静かに、震える指先を見た。

「はぁ、情けないな。ここぞという場面で、君に頼るとは」

「配下を頼ることは当然のことですよ、アルト様。今回は、私の読み違いというミスもありますし」

「ん?」

「フフ、こちらの話です」


 私に向けられた、かすかな微笑み。だが、次の一瞬でミナヅキに向けられたのは、凍てつくような怒り。


「アルト様に毒を盛るなどという暴挙……少々、苛立ちを覚えました。ですので、ここで発散させていただきます」



「……そうか」


 一瞬、「ならば私が椀物を口にする前に止めてくれ」と言いかけたが、空気を読んで言葉を飲み込んだ。


 まぁ、それはそれ、これはこれ。で、分けているのだろうが……厳しさという愛情――ブルックと言い、イロハもまた世話が過ぎる。



 そのイロハが、悠然とミナヅキの前に立つ。


「ミナヅキ様、確認いたします。私たちはあなたの奸計を打ち破りました。まだ、お続けに?」

「ふん、くだらない確認ですね。あなた方はいまだ籠の鳥。確かにエルフの少女には驚かされましたが、私が健在するかぎり、あなた方に勝利の目はない」


 ミナヅキの視線が私を射抜く。

「毒の効果が、まだ残っているようですね」

「さぁ、どうだろうな?」

「フフ、強がりを」


 彼は鞘に手を添え、風を切り裂くような速度で太刀を抜いた。

 瞬間、周囲の魔力はゼロだというのに、彼の全身から黄金の輝きが滲み出る。



「たとえ、この場から魔力が失われようとも、この太刀――月詠(つくよみ)がある限り、私から力が失われることはない!!」


 蜃気楼のように揺らめく黄金の闘気を纏うミナヅキ。そのプレッシャーは、先ほどの魔方陣をも上回る。


「さぁ、始めましょう。いえ、終わりにしましょう」

「はい、そうですね」


 イロハは私とミナヅキの間に、事もなげに割って入った。


「あなたの相手は、このイロハ一人でございます」

「なっ!?」


「おや、どうされました? ご不満でも?」

「何を馬鹿なことを! アルト、このような茶番など必要ありません。剣を抜き、前に立て!!」


 私の両手は、剣を手にすることなく、ゆっくりと腕を組んで見せた。

「茶番のつもりはない。本気だ。あのエルフ流に言えば、本気(マブ)だな」

「何をわけのわからないことを!」

「わからない? イロハが君の相手をする。そう言っているだけだ」

「だから、そのようなくだらない――」


「もし!! イロハが敗れることあらば――我が首を、差し出そう!!」


「――――っ!?」


 組んだ両腕を解き、右手をイロハへと向ける。

「イロハはただのメイドではない。私が最も信頼する臣下の一人。彼女が私の期待を裏切ることなど、天地が覆っても有り得ぬ! そのイロハが前に立つというのならば、私は先にあるものをすべて受け入れる!」



 突き出した手をミナヅキへと向け、信頼と自信に満ちた声で言い放った

「だから、もう一度言おう。彼女が敗れることあらば――――この首を差し出そう!!」


 この宣言に、ミナヅキは激昂した。

「なんと愚かな王なのだ、貴様は!! このような少女一人の肩に、国運のみならず自らの命まで賭けるとは!!」



 凄まじい威圧が襲いかかるが、私はそれを涼しげな顔で受け流す。

 背後からは、アマネとギドラの悲鳴に近い声が上がった。


「ちょっと、いくらイロハが強いからって、これはさすがに無茶でしょうよ! 相手は勇者なのよ! ルミナナンバー2のブルックさんならまだしも……」

「毒が残っていようと、勇者と渡り合えるのは貴様だけであろうが!!」


 この二つの言葉に、私は一瞬だけ首を傾げた。

「ん? ああ、そういうことか」

「なによ?」

「何が、そういうことなのだ?」


「どうやら君たちは、私をルミナ一の使い手だと思っているようだが……ルミナのナンバーワンは――――イロハだ」


「な、なんですってぇえぇ!!」

「な、なんと!!」



 二人の瞳が、イロハの一点に収束する。

 当のイロハは、ミナヅキに静かに声をかけた。



「ミナヅキ様?」

「はぁ、なんですか?」

「失礼します」

「――へ? がはぁぁあ!!」


 イロハの姿がわずかに揺れると、(まばた)きよりも早くミナヅキの腹部を殴りつけていた。

 彼は後方へ吹き飛ばされるが、倒れることなく地を滑り、体勢を立て直す。



 その反応を見て、私は二度だけ軽く手を叩いた。


「ほう。やるな、ミナヅキ。不意打ちに近い一撃を、しっかり後方に飛んで威力を殺したか」

 これにイロハはコロコロとした笑いを返す。

「クスクスッ、手加減しましたから。ミナヅキ様も、何が起きたか理解できないまま気を失いたくはないでしょう?」


 私たちの会話にギドラとアマネ。そして、一撃を食らったミナヅキの顔色が変わった。

「まったく、見えなかった……」

「な、何という()き動き……」


「グッ、速く、重い一撃。身に纏う気配は、何ら普通の少女であるのに……」



 彼らの言葉に、私は小さな笑みを浮かべる。

「フフ、イロハは闘気や魔力を身から放つという真似をしないからな。達人特有の威圧感もない。ただ、純粋に――強いだけだ」



 これを受けて、ミナヅキは太刀を強く握り直し、初めて完全な構えを取った。

「なるほど……王が命を賭けるだけのことはある。油断を切り捨て、全力で挑ませてもらいましょう!!」



 ミナヅキから黄金の闘気が猛り狂い、城の天蓋をチリチリと焼く。

 対照的にイロハは、どこまでも無音。悠然と佇んでいる。



「ふふ、久しぶりのイロハの本気か。堪能させてもらうとしよう」

「あの、アルト……」


 後ろから、アマネの遠慮がちな声がした。振り返ると、ギドラと揃って引き攣った顔で私を見ていた。

「どうした?」

「興味本位なんだけど、ブルックさんがナンバー2で、イロハがナンバー1なわけじゃん。じゃあ、あんたはナンバー3?」

「いや、私はルミナで、五番手といったところだ」

「え、あんたで五番……じゃ、じゃあ、3番と4番は?」


「君は事務の関係上、会ったことがあるな。商工会の長――羊の爺さんがナンバー4だな。ああ見えて、武道の達人なんだぞ」<第6話 血に飢えた民に登場>

「あのおじいちゃんが!? 嘘でしょ!?」


 この叫び声に、ギドラがアマネに問いかける。

「どのようなお人なのだ?」

「普段は大人しいんだけど、帝国の話になると『帝国、KO・RO・SE!!』って叫び始める人」

「なんだ、その危険人物は……」


「それでアルト、ナンバー3は?」

「雑貨屋の(みなと)だ。もう剣を置いて久しいが、今でも恐ろしいほどの使い手だぞ」

「ああ、あの雑貨屋の。確かに、妙に雰囲気のある……ん、剣の使い手? 湊? ――あっ!」

「どうした、小娘?」


「小娘言うな! 思い出した、そうだ、あの湊だったんだ! 私が生まれる前の伝説だから、完全に忘れてた!!」

「何の話だ?」


「ギドラ、あんたも聞いたことあるでしょう! 四十年前、突如姿を消した『六剣聖』の一人、湊のことを!!」

「剣聖と言えば、魔族も人間も問わず、剣の頂に立つ者に与えられる名――その一人が、ルミナにいるのか!?」


「四十年前に行方不明になって、剣聖の名は他に譲られたけど、今でも歴代最強と(うた)われる伝説の剣聖。そんな人が、ルミナに……」



 二人の会話を聞いて、私は湊の腕前に得心がいった。

「なるほど、そんな大層な人物だったのか。道理で強いわけだ」

「あんたは知らなかったんかい!!」

「あまり人様の過去に触れるべきではないからな」


 アマネは頭に手を当て、頭痛を押さえるような仕草を見せる。

「呆れた。あんな大人物の事くらい把握しておきなさいよ! だけど、どうして、湊が魔族の国家に?」

「ああ、父に敗れて、それ以降、彼は父の師事を受けていたそうだ。そのためにルミナに残ったんだと」



「はぁぁぁっぁ!?」


 アマネは両手で頭を抱え、激しく左右に振る。

「あの湊が敗れただけじゃなくて、教えを乞うなんて。何なのよ、あんたのパパって……」

 ギドラは声を上擦らせる。その声には畏怖と警戒が混ざり合っているようだ。

「何という、人材の魔境。やはり、ルミナは捨て置けぬ存在……」


 二人は互いにそれぞれ苦悩する仕草を見せている。

 私は隣に立つメールへ話しかけた。


「二人のことはそっとしておいて、イロハを見守るとするか」

「ん……勉強する」

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