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滅ぶ予定の魔王国ルミナ、実は全員が将軍級でした ~常識人の魔王アルト、血に飢えた国民に担がれて帝国を返り討ちにする~  作者: 雪野湯
第二章 世界を書き換える力

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第38話 瞳が求める姿はみんなの理想

――中庭


 

 ギドラは、メールの膝の上に頭を預けて眠るアルトを、驚愕と軽蔑の入り混じった眼差しで見下ろしていた。


「信じられん……いくら毒が回っているからといって、敵地の真っ只中であっさり寝るものか? しかも、俺は貴様の命を狙っているのだぞ!?」


 彼の叫びに、メールは眠っているアルトの銀髪を優しく撫でながら、静かに答えた。

「あなたを、信頼しているからだと思います」

「なんだと?」

「ギドラさんはお強い。だから、自分が眠っても大丈夫。ギドラさんは高潔で義理堅い。だから、寝首を掻くような真似はしないと」

「――っ! 下らぬ! アルトの評価など、実に下らん!!」


 ギドラはさらに声を荒げるが、その怒号はメールの遮蔽魔法によって外には漏れない。

 メールは気にする様子もなく、ただ愛おしそうにアルトを撫で続けていた。当のアルトは、毒の影響もあり、無防備な顔で深い眠りに落ちている。



 ギドラは一度大きく息を吐き出して心を落ち着かせると、メールに問いかけた。

「とても王とは思えぬ姿。なぜ、このような王を貴様らは慕う?」


 ルミナ国の住民も、山道の橋にいたドワーフやエルフも……皆が皆、アルトを慕っていた。

 確かに人は良いのかもしれない。だが、一国の王としての評価は、ギドラにとって『値しない』ものだった。



 これにメールは、とても悲しげな声を生む。


「アルト様……とてもかわいそうな方なんです」

「ん?」


 柔らかな銀髪に指を這わせながら、メールは北にあるルミナの方角を見つめた。

「アルト様はお優しい方。戦争をすれば、多くの血が流れる。だから、争いなどしたくなかった。……だけど、周りのみんながそれを許さなかった」

「それは、弱腰の王を認めないというルミナの気質なのか?」


 メールは静かに首を振った。

「ううん、違う。みんなは『アルト様』を見ていないだけ」

「見ていない?」

「うん……みんなは、アルト様の後ろにいる人たちを見ている。先代のタイド様やプラヤ様、そしてリヴュレット様を」



 フードの隙間から見える潤んだ黄金の瞳に静かな怒りを宿し、ルミナを睨みつける。

「アルト様を『大切な方の子や孫』としか見ていない。それは親しいブルック様やイロハちゃんも同じ。誰も、アルト様本人を見てあげない。みんなが求めるのは、タイド様やリヴュレット様のような存在。その子と孫であること」



 メールは瞳から怒りを消して、慈愛を込めて、眠るアルトを見つめた。

「アルト様はみんなの想いに応えてあげた。無理をして……だから、せめて……私だけでも『アルト様』を見てあげたい。そう思って、この任務に志願した。私は、優しいアルト様が……好きだから」


 好き――その言葉を漏らした彼女は撫でるのをやめて、両手でフードを引っ張り顔を隠してしまった。



 ギドラは眠るアルトを見つめ、憎しみと同情がないまぜになる複雑な表情を浮かべる。

(あれほど慕われていながら、孤独な存在というわけか。アルトという男は……)




――――城内・ある一室


 イロハは窓を開き、外の様子を伺っていた。

 下を見ると地面は遥か遠く、上や横を見るとエラナ鉱を研磨して作られたつるつるの城壁。


「これでは手をかける場所もなく、落ちちゃいますね。普通ならば……」


 イロハは丸いお耳をぴくぴくと動かす。

「……見張りは二人。扉の前に陣取っているだけ。この小一時間、室内を伺う様子もなし。私が女性だから配慮しているといったところでしょうか。これならば、少しばかり部屋から抜け出しても大丈夫そうですね」



 イロハは窓枠に膝を乗せ、上を見上げた。

「では、行きますか」


 立ち上がると、ぴょんっと飛び上がり、指先に力を込めて、堅牢な城壁を深々と穿つ。


「なかなかの硬度。ですが、私の前では豆腐と同じ。最低でもアダマンタイトやウルツァイト窒化(ちっか)ホウ素くらいの硬度はないと。ケンタウルスで使用されていたレイメタルであれば、さすがに歯が立ちませんでしたが」



 イロハは指先で壁を穿ちながら、城の頂を目指す。

 穂先が鋭い三角帽子の屋根の頂点に片足で立ち、深紅の瞳に光を宿して、周囲をゆっくりと俯瞰した。


「女王ミカガミがまだ健在ならば、城のどこかにいると思うんですけどねぇ~。この場合、最も魔導防衛が強固な場所となるはずですが…………あった」



 視線の先には『空中楼閣』があった。

 魔石の力によって浮遊する重層の建物。

 それは城から伸びる透明なガラス張りの空中廊下と繋がっていた。



「いかにもという感じですが……居場所を隠すつもりなどないのでしょうね。この城の全体防衛力と、あの空中楼閣の局所防衛力と探知能力。近づくことすらままならない――私以外ならば……」


 イロハの瞳はさらに輝きを増し、魔導監視網の死角を瞬時に見抜き、計算を行う。

「空中廊下の背面を抜け、途中から屋根側に回り、楼閣の探知システムに瞬間的な電圧をかけると0.2秒の空白が生まれますね。侵入には十分すぎる時間」


 想定したルートをイロハは難なく通り過ぎて、空中楼閣の壁に埋め込まれた魔石に手を当てる。

「魔法を無効化する術式が組み込まれている。だけど、それでは私が使用する魔法――『紋章アルゴリズム』は止められません」


 魔石に振れた手の周囲に、薄緑に光る幾何学模様の図形が浮かび上がる。

「サンダーボルト」


 そう唱えると、電光が迸り、魔石の防衛が一時的にダウンした。

 その隙を逃さず、イロハは手近な窓から内部へと滑り込む。


 廊下に降り立ち、じっと自分の手のひらを見る。

「この星の一般的な雷の魔法ブロンティス・ウンダとは違い、私の使う雷の魔法は電圧が高いですからね。魔石もひとたまりもなかったでしょう。では、さらに厳重な場所を探して、女王ミカガミの場所を特定しましょうか」




――空中楼閣・その内部



 鉄壁の守りを誇るためか、内部には侵入者を想定した兵士は少なく、代わりに女中たちの姿が目立った。

 彼女たちが着用する仕立ての良いメイド服から、仕える相手の格の高さが容易に推測できる。



(これは、当たりのようですね)


 女中たちの動きから、最も厳重に、かつ大切に扱われている部屋を特定。イロハは高い天井に張り付き、女中が退出した一瞬の隙を突いて、影すらも残さずするりと室内へ侵入した。



 部屋の内部は広く、絢爛ながらも落ち着きのある品位に満ちている。

 そこには大きなベッドがあり、一人の老女が横たわっていた。



 老女は、気配を完全に殺していたはずのイロハの存在に気づく。


「ごほんごほん、あら、まだ残っていたの? ん、おやおや、あなたはどこの子かしら?」

 咳き込みながらも、見知らぬ女中を前に慌てる様子を見せず、老女は柔らかな声で語りかけてきた。



 イロハは老女の勘の鋭さと度量に敬意を表し、厳かにスカートの両端を持って頭を垂れる。


「私はイロハと申します。ルミナ国王アルト陛下のご意を承り、謹んでご挨拶申し上げます。陛下は貴国の安寧と友好関係を深く願われております。本日は、そのお言葉を直接お届けするために参りました」

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