第37話 時に力を与え、時に過ちを与えるモノ
――城内、ある一室にて
「アルト様を生け捕りにし、『魔王の甘言を撥ね退け、見事アマネ様を奪還した』。そのような筋書きで手柄とするためですね、ミナヅキ様」
捕らえられたイロハは牢に入れられることなく、賓客をもてなす豪奢な部屋を与えられていた。
もっとも、部屋の前には厳重に兵士が配され、扉には外から鍵がかけられている。紛れもない監禁状態であったが……。
イロハの問い――いや、明言にミナヅキは苦笑を見せた。
「毒に気づき、王を逃がす。そして、この明晰さ。なるほど、ただの御付きメイドではないようですね」
「……カイリ国は軍事的な意志が弱く、他の人間国家からは弱腰と見なされている。その上、女王陛下は病に伏し、国内情勢は非常に不安定。そのような隙を突かれ、現在はキンリュウリョウとケイドサの二国に狙われています」
この言葉を前に、ミナヅキの水色の瞳が鋭い眼光を宿した。しかし、イロハは構わずに淡々と言葉を続ける。
「だからこそ、魔族の王であるアルト様を捕らえることでカイリ国の立場を明確にし、他国への牽制に使うつもりだった。アルト様を差し出すことで、最前線で戦う『四カ国連合』からの評価と保護を得るために」
「む……」
「人間国内で強力な軍事力と発言力を持つ連合の後ろ盾を得られれば、キンリュウリョウもケイドサも、安易にカイリへ軍事行動は起こせなくなりますからね」
「……いやはや、恐ろしく聡明なメイドですね」
ミナヅキはイロハを評価しつつも、どこか見下したような態度を崩さない。
それは、食事の間での彼女の立ち回りが護衛としては不十分に見えたため、『多少知恵の回る小娘』程度にしか見ていないためだろう。
しかし、次の一言で彼の表情は一変する。
「所詮、延命に過ぎない」
「――なに?」
「一時的に戦雲は遠ざかるでしょうが、件の二国がカイリを諦めるはずがない。結局は飲み込まれるでしょう」
「黙りなさい!」
「私たちルミナと手を組むという選択肢の方が、より建設的であったでしょうに……」
イロハの静かな指摘に、ミナヅキは突如、狂ったように笑い声を上げ始めた。そして次の瞬間、獣のような咆哮を上げた。
「ククク、はははは、アハハハハ! ――小国ルミナと手を組んで何ができるというのだ! そんな真似、忌々しい侵略者たちに絶好の口実を与えるだけのことです!!」
「アマネさんを人質にすればよいじゃないですか」
「――っ!?」
「そのためにカイリへお渡ししたのですよ。スイテン国は八大勇者最強のセッスイを擁する、どの国も無視できない勢力。その娘がカイリに滞在している限り、他国も下手な手出しはできません」
「馬鹿な! セッスイ様のご息女を利用するなどという、そのような浅ましい真似などできるものか!!」
ここで、イロハは小さな嘆息をついた。
「はぁ、孤児を見せしめにするような状況でありながら、妙なところで矜持を見せますね。これだから感情によるブレは計算しづらい」
「君は何を言っているんだ?」
「私は常に、心という危うさと、可能性の是非について考えています」
「何を言っているかさっぱり理解できませんね。これ以上、君と対話しても無意味なようだ」
ミナヅキは会話を打ち切り、立ち去ろうとする。
その際、吐き捨てるようにこう付け加えた。
「君のことを牢に入れるつもりでいた。だが、それに強く反対したのは、君が冷淡に人質にしろと言い放ったアマネ様だ。彼女の好意によって、君にはこの部屋が与えられたんですよ」
「なるほど、それで……フフ、アマネさんもやりますね」
イロハの笑みの真意が理解できず、ミナヅキは忌々しげに首を振る。
「君は人間のようだが、利用しようとしていたアマネ様からの好意に何も感じないのか。その冷徹さ、魔族国家に所属するだけのことはある。非常に不快な存在だ。同じ人間であるからこそ、余計に……」
「私は人間では――」
「やはりこれ以上の会話は無意味なようだ。言っておくが、ここは高層階だ。窓から逃げようとしても無駄ですよ」
そう言い残し、ミナヅキは部屋を出ていった。扉が閉まる音は静かだったが、その所作には抑えきれない憤懣が宿っていた。
イロハは彼の背中を見送っていたが、その意識は既に次の行動へと移っていた。
(アマネさん、私が逃げやすいように配慮してくれたんですね。では、そのお心遣いに報いるためにも……隙を見て、情報収集といきましょうか)
――そのころ、中庭では
アルトは必死にミナヅキの意図をギドラに説明しようとしていたのだが……。
「ふにゃれて、こにょうように」
「おい、寝るな。しっかりしゃべろ!」
「ふよよよ、でニャるから、zzzzzz……」
魔王アルトは、ついに完全に夢の世界へと旅立ってしまったのだった。




