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滅ぶ予定の魔王国ルミナ、実は全員が将軍級でした ~常識人の魔王アルト、血に飢えた国民に担がれて帝国を返り討ちにする~  作者: 雪野湯
第二章 世界を書き換える力

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第36話 逃げず、留まる

――城の中庭


 

 身体を引きずり、意識を刈り取ろうとする強烈な眠気に抗いながら、私たちは一時的に追っ手を撒くことに成功した。私は閉じかけの瞳をこすり、朧げな視界で中庭らしき場所を見つめた。



「城の構造が全く分からないな。障子の小さな窓と裏口の組み合わせ。こちらに地理を把握させないためでもあったか。やるな、ミナヅキめ」

「敵を評価している場合か! メールに引っ張られるがままにあの場を離れたが、イロハを置いてきたのだぞ!」

「彼女なら問題ない。わざと残ったのだろうしな」

「なに?」


 私は椀物を口にした際、こちらを射抜くように睨んでいたイロハの鋭い視線を思い起こす。夢現(ゆめうつつ)の状態で、私はぼそぼそと愚痴をこぼした。


「毒が入っていると気づいていたのに、わざと放置したな。おそらく、マイナスポイントが加算されたはず。こんな状況で、試練を与えなくても……」

「アルト、何をぶつぶつと言っている?」


 と、問いかけてくるギドラもまた目をしばしばとさせて、時折頭を振っている。彼もまた毒が回っているようだ。

 対照的に、メールにはその影響が見られない。


(そういえば、イロハが耳打ちしていたな。食事と聞いて、この事態まで想定していたのか? それでメールには摂取を避けさせた……? いや、今は逃げることが先決だ。だが――)



「くっ、眠気で考えがまとまらない。ギドラ、中庭の壁を破壊できるか?」

「毒のせいで闘気が宿りにくい。一度、拳に纏えば、次はない」

「一度纏えるならば十分だ。今すぐ破壊してくれ」

「敵に居場所を教えることになるぞ」

「構わん、策がある。頼む」

「……はぁ、仇から頼まれるとはなっ。どりゃっ!!」


 ギドラが渾身の闘気を拳に宿し、中庭の石壁を殴りつけた。轟音と共に壁が吹き飛び、私たちが十分通り抜けられるほどの穴が開く。


「アルト、行くぞ」

「いや、このまま中庭に残る」

「な!? では、何のために壁を?」


 私は中庭の中央。小さな柵に囲まれた茂みを見据えた。

「あそこに身を隠す」




――数分後・中庭



 周囲はカイリの兵士たちの喧騒と気配に包まれた。


「どこへ行った!?」

「壁が破壊されている! 中庭から第二内壁側に逃げたのでは?」

「よし、そちらへ向かうぞ。幾人かは念のため城内と中庭の捜索を継続しろ!」


 兵士たちはまさに、私たちの鼻先で怒号を交わしていた。

 小さな茂みの中で、私は笑みを浮かべながら、地面に突き刺したあるモノを見た。


「まさか、対ジャミング魔石がこういった形で役に立つとはな」


 地面に刺していたのは正六面体の形をした灰色の魔石。

 本来は魔導通信の阻害を回避するために用意した魔石だが、その力をメールの魔法で反転させて、ジャミング魔石として転用した。


 さらに、メールの遮蔽魔法を重ねることで、カイリ国の探査魔法から探知されることなく、さらに目視でも私たちを見つけることはかなわない。

 もはや、立っていることもできない私は横になりながら、周囲を警戒しているメールへ声をかける。



「メール、見事だ」

 するとメールは、風の魔法で自身の声を増幅させ、はっきりとした声で応えた。


「もったいないお言葉です」


 イロハがいないため、聞き取りやすく配慮したのだろう。初めてしっかりと耳にした彼女の声は、驚くほど幼く愛らしいものだった。


「ふふ、可愛い声をしているな」


 するとメールは真っ白なフードを深く被り直し、思わぬ答えを返してきた。

「……私は自分の声が嫌いです。とても弱くて」

「弱い?」

「もっと、ドスの利いた声になりたい。例えば、ギドラさんのように」

「え? いや、それは、どうなんだろうか……」


 ギドラのような野太い声のメールなど、想像しただけで違和感しかない。

 少女らしい可愛らしい声のままでいいと思うのだが?

 それに――


「弱くはないと思うぞ。君は十分に強い。小さいが、その声には芯が宿る」

 しかしメールは……。

「ギドラさんの声の方が、格好いいから……」

「そ、そうか」


 個々の美学というものがあるのだろうが……それでも少し受け入れがたい。



 一方、ギドラは城を睨みつけ、焦燥を隠しきれない様子で身体を震わせていた。


「イロハは、本当に大丈夫なのだろうか?」


(ずっと、イロハの心配をしてくれているのか)

「ふふ、君は本当に……」


 彼の優しさに思わず笑みが零れる。

 その笑みにギドラは顰めた眉をぶつけてくる。

「なんだ?」

「いや、なんでもない。君はイロハを心配してくれているようだが、あの子は心配ない」

「確かに腕は立つようだが、敵陣のど真ん中に放置してきたのだぞ!」

「先ほども言ったが、あれは彼女自身の意思だ」

「何のために?」


 私は煌めく魔石の城を見上げる。

「わざと捕まり、内部事情を探るためだろう。彼女ならば拘束されても自力で脱出し、ミナヅキたちに気づかれず情報を入手できる。とりわけ、女王ミカガミとの接触を狙っているはずだ」


「……信頼しているのだな」


「ああ。だが、毒を盛られるのを分かっていて王を放置するという、酷い部分もあるがな。試練という名の愛情表現はやめてほしい……」

「おい、ぼそぼそ声になっているぞ。まったく聞き取れない」

「眠気のせいでしゃべるのも億劫でな。君の方は、私ほど毒が回っていないようだが?」


 私は横たわり、次には眠ってしまいそうだが、ギドラは何度も目をこすっているがいまだに立って、周囲を警戒している。

 私は彼に尋ねる。


「椀物は口にしたか?」

「軽くな」

「そうか、私はかなり味わってしまった。おそらくあの椀物に多量の毒が仕込まれていたのだろう。美味だったんだがなぁ」

「その食い意地のせいで、この顛末というわけか。情けない男だ」

「ああ、返す言葉もない」



 ここでギドラは腕を組み、城を……その中にいるミナヅキを睨みつける。

「しかし、わからん。いくら相手が敵対する魔族とはいえ、一国の大使。ましてや王に毒を盛るなど。そのようなことを行えば、どれほどの悪評が立ち、信用を失うのか。ミナヅキは理解しているのか?」


「理解しているだろう。だが、そこまで追い詰められていた。彼は私を生け捕りにして――」

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