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滅ぶ予定の魔王国ルミナ、実は全員が将軍級でした ~常識人の魔王アルト、血に飢えた国民に担がれて帝国を返り討ちにする~  作者: 雪野湯
第二章 世界を書き換える力

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第33話 ドナドナ

 峠から麓へ向かう道中、イロハがアマネとギドラへある『指導』を行っていた。



「いいですか、お二人とも。アマネさんはスイテン国の代表という立ち位置。ギドラさんはアルト様の護衛という立ち位置です。ですので、言葉遣いにはくれぐれも気を付けてくださいね」


 これにアマネとギドラは揃って苦い顔をした。

「え~、アルト様って言わなきゃならないの?」

「馬鹿な! なぜ仇に継承など――」


「アマネさんは代表としての最低限の礼節を持ってください! ギドラさんは言うこと聞かないとここに置いていきますよ!」

「う、そ、それはわかるけど」

「な、なんだ、このメイドは……?」


 

 ギドラはまったく物怖じしないイロハの迫力に完全に押されている。しかし、それでも私に対して敬称をつけることに抵抗があるようで、なおも食い下がった。


「いや、そればかりは承服しかねる」

「はぁ、仕方ありませんねぇ。では、別の呼び方……そうですね、陛下ではどうですか?」


「俺にとって陛下はリヴァートン皇帝陛下以外あり得ぬ!」

「う~ん、でしたら……お館様では?」

「様は必要ないだろう。お館でどうだ?」

「まぁ、いいでしょう。ということで、話はまとまりました。ね、お館?」


 交渉は私の(あずか)り知れぬ場所で勝手に着地し、私は力なく片手を振った。

「好きにしてくれ……」




 すり合わせが終わり、いよいよ出迎えの待つ場所へと足を踏み入れる。


 麓にたどり着くと、そこには既にカイリ国側の迎えが待機していた。二台の馬車があり、僅かに開いた戸口からは書物が詰まった箱が見え隠れしている。

 御者が二名。そして一般の商人に化けた、おそらく文官と思われる者が四名。



 四名は薄藍の小袖に、墨染めの袴。

 腰には筆入れと巻物を差している。

 御者二名は、その身のこなしからして武人と見受けられた。髪が隙なく結い上げられ、妙に落ち着いた様子を見せている。


 ギドラは馬車を物珍しそうに観察していた。

「木組みに厚手の幌。そして、厚めの紙が貼られた窓とは……随分と奇妙な馬車だな。迎えの者の格好も奇妙だが」

「カイリ国はこの大陸でも一風変わった文化だからな。袴や小袖といった独自の衣装に、木造と土壁で仕上げられた建物を好む。私たちを石の文化とするなら、彼らは木の文化と言ったところか」



 出迎えの一人がゆるりと近づいてきて、厳かに頭を下げた。

「ルミナ王国のアルト陛下でございますね」

「ああ、いかにも」

「このようなみすぼらしい馬車での歓待、ご容赦を」

「理解している。秘密裏で会うのだからな。ところで、馬車内に書物があるようだが?」


「神殿への書物の運搬に見せかけております。もちろん内部は、皆さまが十分休むことが可能な広さを確保してございますので」



 そう言って恭しく頭を下げる彼の衣装を見る。

(衣服は質素で色も地味だが、縫い目や折り目が妙に整っている。馬車は表面が日焼けしており、ところどころに擦り傷。偽装しているが、よく見ると木目が揃っていて、手入れが行き届いているな。偽装としては今一歩というところか)


 出迎えの男は頭を上げると、私たちをさっと見回し、最後にギドラを見て少々困惑した表情を見せた。

「そちらの方は護衛と見受けられますが、なかなかご立派なお姿で……」



 男はギドラの巨漢と、書物の詰まった馬車を交互に見て視線を泳がせている。あの様子では、馬車内にギドラを収めるスペースがなさそうだ。



 ここでアマネが口端を意地悪っぽく吊り上げて言った。

「ふふ、荷馬車にでも乗せておけば?」


 すると、イロハが平然と言葉を返す。

「それだと、ドナドナになっちゃいますね」

「ドナドナ?」

「――っ」


 イロハは不意に口を閉じた。あれは、何か失言をした際に見せる彼女の姿だ。今の会話に何かまずいことでもあったのだろうか?

 だが、すぐに彼女は唇を柔らかく動かし、取り繕った。


「荷馬車に乗せられて売られていく子牛を歌った童謡で、ドナドナというのがあるのです」


 それを聞いたアマネは笑いを吹き出してギドラを見た。

「ぷふっ、子牛って……でも、あいつって、どう見ても親牛だよね。あの図体だと」

「黙れ、小娘」

「あれ、忘れたの? 私、スイテン国の代表の立ち位置。言葉遣いにはお気をつけあそばせ、オホホ」

「……くっ。アマネ嬢、お戯れはほどほどに願いたく存じます」



 ギドラは正体を隠すためにギリギリと奥歯を噛みしめながら、何とか『護衛』を演じた。

 出迎えの男はその奇妙なやり取りにますます戸惑っている。



「あ、あの、お二人は一体? こちらの方はただの護衛ではないのでしょうか?」

「あ~……あの二人はプライベートで仲が良いのでな、だからあんな軽口を――」


「「良くない!!」」


 と、二人から同時にツッコミが入るが……。


「見ての通り、息がぴったりだ」

「はぁ……」

「そのようなことよりも、ギドラをどうするかだ」



 すると、ギドラ自身が答えてきた。


「俺は歩きで構わん」

 しかし、出迎えの男は……。

「いえ、あなた様の体躯で歩いては目立ちすぎます。こちらで衣装を用意しますので、それを」



 促されるまま、手渡された衣装に着替えたギドラ。

 黒褐色の法衣。腰の太い縄帯(なわおび)からは大ぶりの数珠がぶら下がり、片手には重量感のある薙刀。

 

 その姿を見たイロハがぽつりと漏らす。

「まるで、弁慶……」

「イロハ、ベンケイとは?」

「大昔に、そういった剛勇な人がいたんです」


「先ほどのドナドナと言い、もしかして両方ともケンタウルス族の故郷の話なのか?」

「いえ、違います。知っているだけです。それに、もう、そこは滅びてしまいましたから」

「滅びた?」

「あ、ですが……ここにはまだありますね」

「ん?」


 イロハは寂しげな笑みを見せて、軽く顔を横に振ると、ちらりと馬車を見た。

「出迎えの方を待たせてはご迷惑でしょう。アルト様、馬車へ」

「あ、ああ」


 会話はイロハによって打ち切られ、私は馬車へ向かう。

 ふと振り返ると、彼女は無言で額に指先を当て、何かを必死に耐えるように思案していた。


(どうも最近、口が甘いですね。寿命が近いせいでしょうか……)

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