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辺境の魔王アルト~世界で一番小さな国が、世界で一番強かった~  作者: 雪野湯
第二章 世界を書き換える力

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第30話 相討つ。そして悲哀

 両拳を前に出して、重厚な構えを取るギドラ。

 彼から立ち上る気焔は、ガターの気を明確に上回る。


 ガターに一太刀すら浴びせられなかったアマネに、勝ち目はあるまい。

 そう、私は評価したのだが、隣のイロハが異を唱える。


「その判断は尚早かと」

「ほう、その理由は?」


 イロハはアマネへ顔を向ける。


 アマネは炎を風の如く纏い、突き出すように構えた剣先に凄まじい密度の魔力を集めていた。

「たしかに、単純な技量ではアマネさんは劣るでしょう。しかし、あの砦の時とは違い、体調は万全。さらに『勇者』の娘という点が、勝敗の不確定要素として残ります」

「ん、それはどういう意味だ?」


 イロハは一度目を閉じて、そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「勇者とは……敵の強さに比例して成長を繰り返し、誰にも真似できぬ秘儀を会得している傾向が強い。もし、アマネさんにその『萌芽』があれば……」

「勝敗は見えぬ、か。私は勇者という存在を詳しく知らないが、厄介そうな相手だな」



 私は猛る炎を纏うアマネに、期待を込めた笑みを向けた。

 対照的に、イロハはギドラに対して、何やら難しそうな表情を浮かべている。


「どうした、イロハ?」

「いえ、あれだけの実力を持ちながら、なぜつるつる頭のガターさんの部下などに甘んじていたのかと思いまして。アマネさん輸送任務も、『ガターさん』にしかできないために、あの砦を訪れたという報告を聞いてますし」

「フフ、それは単純な話だ」



 イロハは私を見上げて尋ねる。

「ご教示を」

「彼はガターを父であり兄であると言った。その彼のために、常に一歩引いていたのだろう。ガターはあの尊大さゆえ、ギドラの実力と謙虚さに気づいていなかっただろうがな」


「尊敬する者への配慮ですか。ですがそれは、互いのためになりません」

「そうだな。だが、そうであっても心を傷つけることをできなかった。それは甘さかもしれんし、不要な優しさだったかもしれん。だが――」



 私はじりじりとアマネににじり寄るガターを、どこか好意的な瞳で見つめる。

「人間の子を救う優しさ。仇討ちという義理堅さ。ギドラという男――話せる男かもしれないな」



 言葉を止める――イロハは無言でポシェットから水筒を取り出して、私にお茶を渡す。

 完全に観戦ムードに入る。


 いつもならここでアマネの鋭いツッコミが飛んできそうだが、彼女は戦いに意識を集め、こちらに気を向ける余裕はない。

 ギドラもまたそう。それは私に構っていられないほど、アマネに実力があるという証左でもある。




――アマネが地を蹴った。



 一気に間合いを詰めて、一振りで数刃を生み出す。


 しかし、ギドラはそれらを難なくさばいて、お返しに拳を突き出した。

 アマネはそれをひらりと躱し、一閃――刃を薙ぐが、ギドラは刃の腹を拳で叩き落とし、素早く翻ると強烈な回し蹴りを放った。


 すぐさま剣を戻し、刃の腹で蹴りを受け止めたアマネだったが、勢いを殺しきれず後方へ大きく飛ばされてしまう。


「このっ!」

「無駄だ、小娘。貴様の剣は軽い――軽すぎる! それでは百年経とうが俺には届かぬ!」


 この一言に、アマネは両肩を震わせ――


「な、な、な、な――――――――なめんなぁぁぁあ!!」


 全身より炎を生み出す。

 それは鮮やかな赤ではない。空の青よりも深く、濃い、蒼き炎。

(ほむら)の担い手であるテジャスよ! 我に(ほむら)の加護を――不知火(しらぬい)!!」


 

 彼女から溢れ出した炎は一度全身を包み、次には剣の一点へと収束した。

 その姿を見た私は思わず、身を乗り出す。


「――なっ? アマネの魔力が数倍に跳ね上がったぞ!?」

「火を司る精霊の加護のようですね。これがアマネさんの秘儀なのでしょう」



 アマネは蒼に交わり、オレンジ色の炎が噴き出る片目に笑みを浮かべた。

「フフフ、もうどうなっても知らないから! 消し炭にしてやる!!」

「こ、これは――ならば、こちらも全力で迎え撃とう」


 ギドラは一度拳の力を緩め、再度ぐっと固く握りしめた。

 そして、静かに、静かに、体の芯――奥深くから己の気を高め、右拳に集め始めた。



 周りを顧みない両者の盲目的過ぎる情熱に、私は顎に手を置いて小さな鼻息を漏らす。

「ふむ、これはいかんな。あのような力が正面からぶつかり合えば、この場はどうなるものか。孤児院は大丈夫だろうか?」

「はい、問題ありません。メールさんの防壁は強固です。両者がぶつかり合っても、その衝撃を完璧に中和可能でしょう。一番の問題は……」


 イロハは左右に顔を振って山道を見た。

 その意味を察し、私は嘆息をもらす。



「はぁ、道がもたないか……せっかく橋を整備したのに、別の場所が壊れてしまっては元も子もない。一騎打ちの横槍は気が引けるが……」

「私が間に入りましょうか?」


「いや、私が行く。イロハは衝撃の緩和に終始しつつ、落石に気を付けてくれ。メールにもそう伝えるように」

「はい、かしこまりました。アルト様」



 私は一歩前に乗り出す。その瞬間――二人の戦士は交差した。

「くらえぇえぇ! 蒼焔旋風剣ヴェントゥス・フラメウス!!」

「小癪な小娘がぁ! 爆轟迅雷(ばくごうじんらい)!!」


 

――両者、そこまでだ!!――



 私は二人の間に割り込み、右手の剣でアマネの刃を受け止め、左の手のひらでギドラの拳を受け止めた。

 

 二人は私に向かって大きく目を見開く。

(う、うそ、私の全力を――)

(片手で受け止めただと!?)



 私は双方に矛を収めるよう諭した。

「君たち、このような狭い山道で何を考えているんだ? 孤児院に被害が及ぶと思わなかったのか?」


「あ……」

「ぬ、それは……」



 二人は状況を理解したようで、剣と拳から急速に力が失われていった。

 私は剣を下ろし、拳を下ろす。アマネとギドラもまた、気まずさを交えつつ構えを解いた。

 

 私はイロハとメールに状況を確認する。

「二人とも、大事ないか?」


「はい、お三方のぶつかり合いで生まれた衝撃はすべて、メールさんが魔導壁で完璧に中和しました。そのおかげで、追加の落石の心配はありません」

「そうか、メール。ご苦労」

「…………す」



 メールは照れ臭そうにフードを深く被り直す。声は小さいが、先ほどの衝撃を中和できるとは、彼女が有能であることは間違いない。

 その彼女をアマネとギドラは睨み付けるように……いや、驚き交じりに見つめていた。


(嘘でしょ。アルトがいくら止めに入ったって、魔力が減じたわけじゃないのに!)

(あのエネルギー量を造作もなく中和するとは……あのエルフの少女、只者ではない!)


 二人は何やら困惑しているようだが、戦いへの熱はひとまず引いたようだ。

 私は両手をプラプラと振る。するとそこへ、イロハが静かに歩み寄ってきた。



「あたたた」

「手を痛めたのですか?」

「ああ、急なことだったもので、少しだけ手首をな」

「そうですか……」


 イロハは表情を変えず、ポケットからメモ帳とペンを取り出す。

「マイナス10ポイント」

「……なんだ、その不吉なポイントは?」

「これですか、ブルックさんに頼まれているんです」


 実に不穏な空気を感じるが……その中身を尋ねてみる。

「なにを……頼まれたんだ?」

「ここ十数年、アルト様はだらけていたじゃないですか」

「いや、そうまでだらけてはいなかっただろう? 政務はしっかり(こな)していたし」

「ですが、剣の修練をさぼって、釣りに行ってましたよね?」

「そ、それは……」


「ブルックさん曰く、いくら再起したとはいえ、その衰えはあるはず。そういうことで監視役を頼まれました」



「クッ、なんとも抜け目のない爺さんだな。で、そのポイントが溜まるとどうなる?」

「マイナス50ポイントで……………………『地獄巡りツアー・バージョン3』行きだそうです」


「なぁぁあっぁあぁぁあ!!」


 ブルック名物地獄巡り=それは死んだほうがマシだと思わせるまさに地獄の訓練。

 しかも――


「なんだ、そのバージョン3とは!?」

「腑抜けきったアルト様は殺すためのコースですね」

「殺す!? 明確に言っては駄目だろうが!!」



「殺すのは『腑抜けきったアルト様』ですよ。コースを巡り終えた頃には廃じ……立派な王に」

「今、廃人って言いかけなかったか? なぁ、イロハ!?」


「フフフ、気のせいですよ。アルト様」

「その笑顔は全く信用できない! イロハ、少し手を痛めただけだし、今のは問題ないだろう。な、イロハ!!」


 私はイロハに縋りつくようにポイントの撤回を求めるが、イロハはにこにこ笑顔のまま何も返さない。



 後ろからは、アマネとギドラとメールの会話がおぼろげに聞こえてくる。

「何なの、あれ?」

「俺が知るか」

「誰もあんたに聞いてない! ねぇ、メール? あれ、メール?」


 メールはフードを両手でぐっと引っ張り、顔を完全に隠していた。

「じごく、めぐり……ガタガタ、ダメ、あれは……」

 怯えに震えを重ね、そこだけ局所的な地震でも起きたかのように、メールは体を揺らし続ける。


 これにギドラが疑問を抱く。


「どうしたというのだ?」

「私が知るか。というか、もう、何なのこの状況?」


 あれほど猛り、殺意溢れる場がすっかり消え失せていた。

 残っているのは、私の懇願のみ。

「頼む、イロハ! ポイントの撤回を!!」

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