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辺境の魔王アルト~世界で一番小さな国が、世界で一番強かった~  作者: 雪野湯
第二章 世界を書き換える力

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第18話 王の表の思惑

 アマネは状況が理解できず、隣で呆れた顔をして立っているイロハに短く疑問を尋ねた。


「ナメクジ化?」 


「はぁ~……アルト様はやる気を失うと、あのようにダメダメ魔族になっちゃうんです。せっかく、久しぶりにやる気を見せて、王らしい王になっていたのに。どうしてくれるんですか、アマネ様」

「え、え……私が悪いの?」



 イロハは人差し指をピンっと立て、ちょっぴり怒った声を出す。そこからジワリと湧き出る迫力に、アマネは完全に呑まれてしまった。

「いいですか、アマネ様。魔族や人間といった関係を一旦わきに置いて、よく考えてみてください」

「え、う、うん」


「アマネ様は命を救われ、手当を受けて、手厚く保護されたわけですよね。いわば、アルト様は恩人です。そのような方に対して出会うなり、蛆虫はいくらなんでもあんまりでしょう」


「そ、それは……で、でも、相手は魔族! 何か企んでいるのに決まって――――」


「そう思いたいならそれで結構ですが、それを含めてもアルト様の母……プラヤ様の形見のドレスを侮辱するのはさすがに……」



 思わずアマネはドレスの表面をサッと撫で、慌てたように身をすくめる。

「このドレスって……あいつの、ママの……そうなの?」


「はい。アマネ様に合う女性服がメイド服ぐらいしかなく、それでは非礼だろうと、アルト様が大切に保管されていた形見のドレスを提供なさったのです」


 事情を深く知ったアマネは、バツが悪そうに頬を小さく掻く。

「え、え~っと、そ、それはちょっと悪いことしたかなあ~って思うけど。で、でもさ、魔族がどうして人間の私を厚遇する必要があるの? そんなの不気味で――――」



「アマネ様!」


 イロハは声に明確な怒りを乗せた。それにたじろぎ、一歩、足を後ろに下げるアマネ。

「な、なに……?」



「どんな不満や不穏な思いがあろうと、他者を傷つけることを肯定してはいけません!」



「いや、そう、そうだけど……」


「その迷い――アマネ様ご自身も、どこかでわかっているのでは? その迷いにこそ、心を傾けてください。いいですね……」

「は、はい!」



 イロハが私のために怒っている。その様子をとろけた瞳で見つめていると、ブルックが厳しい言葉を投げつけてきた。


「魔族と人間の溝の深さは知らぬ陛下にとって、アマネの言葉や態度は衝撃的なものだったのでしょう――ですが! あの程度の誹謗で為政者がやる気を失うとはなんたることか! だらけてないでシャキっとなされい!」


「そ、そうは言うがな、ブルック。ただでさえ書類整理で参っていたところに、これだぞ。年端もいかぬ少女から、ああまで言われるとなぁ」

「大きな事を起こした以上、陛下はこれから先、老若男女問わずに批判の声に晒されるのですぞ!」


「それはそうなんだがなぁ……はぁ、こんな気分で、書類の軍団に立ち向かうとなると」

「陛下!」

「はいはい、やりますよ。やればいいんだろう。私は王だからな!」



 愚痴りながらも仕方なしに、無理やりやる気を奮い立たせ、両手で机を押して背筋をピンと張ろうとした。

 すると、書類が一枚、さらりと机から滑り落ちて、アマネの足元で止まった。

 彼女はそれを拾い上げて、軽く目を通す



「ん? 俸給支払いの書類? なんでこんなものを、王がわざわざ?」

「――――っ!? 少し見ただけで、内容がわかるのか、君には?」

「え? そりゃこの程度。本来の役職は事務方だし……パパが戦場に立つことを許してくれなかったから」



 ムスッと何やら不機嫌そうだが、そんなことよりも聞き捨てならないフレーズがあった。

「ほっほ~、君は事務方だったのかぁ」


 すぐさまブルックの声が飛んでくる。

「陛下、駄目ですぞ」

「まだ何も言ってはいないではないか!」


「わかりますよ、何を企んでいるのか。いいですか、機密も含まれているのですぞ」

「大した機密などないだろう。それに今知られたところで痛くもかゆくもないものばかりだし」

「そういった規範意識の低さが、後々大きな問題に――」



 ここで、私たちのやり取りに疑心を抱いたアマネの声が割り込んでくる。

「ちょっとあんたたち、何を言い合っているの? 企む? やっぱり、私を何かに利用しようとして……」


「それについては……そうだな、もとより、そのつもりは多少あった」

「――っ!? だから、魔族は――」

「だが、君にそれを強制するつもりはない。そう決めている」

「はぁっ?」


「まずはその内容について話す前に、君に尋ねたい。君はルミナのことをどれほど知っている?」



 問いかけにアマネは眉を顰め、不承不承の態度を見せるが、答えは素直に返してくる。

「ほとんど知らない。帝国の端にある国で、イロハの話では他種族が共存している国とか。その程度よ」


「それで十分だ。このルミナは人間と敵対していない。そのため、君と敵対する理由もなく、また粗雑に扱う理由もない。よって、賓客としてもてなしている。その上で、君が懸念する企みについてだが……」


「やっぱり、何かあるのね?」



 私は彼女の問いに対して、一拍置き、アマネの瞳をまっすぐと見つめ、声音に重みを乗せた。


「このルミナは、帝国と対立するつもりだ」

「――えっ?」



「だが、ルミナ一国では帝国と構えることができない。そのため――――人間の国、カイリ国との同盟を望んでいる」


 この言葉に、アマネは目を見開いたまま固まった。

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