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辺境の魔王アルト~世界で一番小さな国が、世界で一番強かった~  作者: 雪野湯
第二章 世界を書き換える力

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第16話 目覚めた少女

 その少女は柔らかなベッドの上で目覚めた。

 ベッドの天蓋からは薄地のシルクがひらりと降りて、優雅な気品と清楚な調和が静かに心に響く。



 少女はビロードを思わせる翡翠色の瞳を、不安げに左右へと振った。

「……ここは? 私は砦にいたはず……?」


 幻想的な光景に疑問を抱きながら、ゆっくりと上半身を起こす。

 途端、体のそこかしこに鋭い痛みが走る。

「――――っ!」


 その痛みがここが夢ではなく現実であり、自分がガターに囚われていたという忌まわしい事実を想起させる。


「私は、ガターに……」


 少女の名前はアマネ。勇者セッスイの娘。そして、五龍将の一人ガターによって、拷問の末に鉄檻へ閉じ込められていた人物。



 少女は自分の体へと目を下ろす。

 魔導と薬による治療の痕……体に傷が残らぬように、専用の治療薬が塗布された包帯が丁寧に巻かれてある。

 柔らかなシルクのネグリジェを肌に感じながら、眉を顰める。


「手当がされてある……もしかして、どこかの部隊に助けてもらった?」



 ベッドの上で新緑の髪を揺らし、辺りを見回した。


 絵画や壺などの古美術品が飾られ、格調高い本棚には政治論や経済論の書籍。そこには、絵本も混ざっているという不思議な配列。

 調度品は華美であるのにそこに嫌味はなく、威厳と優雅さを漂わせる。


 そこからアマネは、この場所がどういうところなのかと推察する。

「貴族の屋敷? だとすると、やっぱり私は救出されたんだ。それにしても……」


 再び辺りを見回す。

 長い歴史を積み重ねた重厚さがありながら、古臭さを一切感じさせない、心をとても落ち着ける緩やかな時間が流れる室内。

 この部屋の持ち主がいかに上品で、穏やかな人物であるかを部屋は伝えてくれる。

 

 

 その穏やかな時間に心を落ち着け、アマネは小さな安堵の息を漏らす。

 するとそこへ――


――カチャリ


 という、ドアノブが回る音が響いた。

 アマネの心身に電流のような緊張が走り、生まれたばかりの安心感は一瞬にして霧散した。


 扉は開き、そこから現れる人物をアマネはじっと見つめる。


「まだ、眠っているんでしょうかねぇ?」

 


 少女の声とともに、その人物は現れた。

 黒色のワンピースに白色のエプロンを纏うという、クラシカルなメイド姿の少女が、食事を載せたワゴンを押しながらアマネへ顔を向ける。


「あ、お目覚めのようですね。よかった。傷の具合はどうですか?」

「え? ええ、手当してもらったようで問題ないわ」

「そうですか。私はアマネ様の世話係を申し付けられました、イロハと申します」



 イロハと名乗った深紅の長髪と青く澄んだまんまる瞳を持つ少女は胸元に手を当てて、小さな会釈をする。

 しかし、その小さな所作からはこの部屋と同じく、メイドらしからぬ気品が伝わってくる。

 その佇まいから、(あるじ)の人柄さえも感じ取れる。



 その流れるような所作に一瞬、心を奪われたアマネだったが、すぐに我に返り、名を告げた。

「えっと……もう名前を知っているようだけど、私はアマネ。アマネ=チエナミ」

「お父上のご高名はこのルミナにまで轟いております。そのような方のご息女をお迎えできて、恐悦至極に存じます」


「……ルミナ? どこだっけ? 聞いたことあるような、ないような?」

「アマネ様、朝食をご用意いたしましたが、いかがされますか? まだ、お体の方が回復していないのであれば――」

「いえ、問題ない。いただくわ」



 返事を受け取り、イロハは小さな会釈を返し、テキパキと準備を始めた。


 テーブルに食事の品を並び終えると、ベッドから立ち上がろうとしているアマネに手を貸そうとした。

 だがアマネはそれを断り、自らの足でテーブルに着席する。

 その様子を見ていたイロハは傷の治りが想定より早いと感じて、少々驚いた様子を見せる。


(ふむ、さすが勇者の娘というところでしょうかねぇ。どんな世界もそうですが、勇者と名のつく人たちは、回復力が通常の生命体よりも優れている傾向にあるみたいです)



 イロハの奇妙な視線を感じたアマネが話しかけてくる。

「ん、どうした? 私の顔に何かついてる?」

「いえ、申し訳ございません。アマネ様の美しさに瞳が奪われてしまっていたようで」


「くすっ、面白い子。メイドでそんなお世辞いう人初めて」

「重ね重ね申し訳ございません」

「いいって、気にしないで。それよりも――」

 

 アマネの視線が、並べられた朝食へと注がれる。

 

 白ご飯、お味噌汁、卵焼き、焼き鮭、そして湯豆腐。



「お米を主食とした献立……もしかしてここって、カイリ国なの?」

「いえ、カイリ国は隣国でございます」

「カイリが隣国? ということは、ここはキンリュウリョウ? それともケイドサ?」



「どちらでもございません。ここはルミナ。魔族の王が治める、他種族が共存する国」



「……………………はい?」


「ここは帝国ヴォルガの最東端に位置する場所。他種族が共生する日出国(ひいずるくに)ルミナでございます」

「は? はぁ? はい? 魔族の王? 待って待って? でもあなた、人間でしょう?」



 猫耳も尖った耳も、濃い体毛も牙もない少女。姿は人間そのもの。

 疑問に囲まれる少女の問いに、イロハはこう返す。それは、ちょっぴり困ったような態度を見せながら……。


「皆さん、そう勘違いされるんですよねぇ。ですが、私は人間ではなくて、ケンタウルス族です」

「ケンタウルス!? え、だって……」


 瞳を見開き、イロハの下半身に向ける――そこに馬の胴体はなく、人の胴体に二本の足。

「あのさ、ケンタウルスって神話に出てくる種族でしょ? 馬の下半身と人間の上半身の?」

「そのケンタウルスとは違うんですよ。詳しくお話しすると、私がいなくなってしまいますので……申し訳ございません」



 そう言って、再びイロハは困ったような態度を見せて、そこに微妙な笑みを浮かべる。対して、アマネはさらに多くの疑問符に(まみ)れている。

 

「え、いなくなる? 今のどういう意味?」

「ともかく、私がケンタウルス族出身であることは事実ですし、人間ではないことも事実です」

「そ、そう? え、でも……ちょっと待って、私、なんか混乱してる」


 アマネは自身の頭を両手で抱えて苦しむ仕草を見せた。

 その動きを見ている限り、傷に差し障りがないと判断したイロハは朝食を勧める。


「まずはお食事を。その後はお着替えをご準備いたしますので、それが終えましたら、我が王、アルト様と謁見を」

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