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辺境の魔王アルト~世界で一番小さな国が、世界で一番強かった~  作者: 雪野湯
第一章 民の狂奔、王の知性――帝国への剣

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第1話 巨大な帝国へ挑む

――ルミナの城下町・中央広場



 石畳が敷き詰められた円形の広場。そこから八本の道が放射状に伸びている。

 石造りの家が建ち並び、中央には噴水。そして周囲には……まばらな人影。


 深蒼のドレスを纏ったアマネは、新緑の長い髪を左右に揺らして辺りを見回す。

「本当にここが町の中央なの? 全然賑わってないけど?」

「残念ですが、ルミナの人口は最盛期の二十分の一。五千人ほどしかいないため、仕方がないのです」


「五千人? 中規模の町程度じゃない。とても国家とは呼べないわ。しかもそんな状態で帝国と構えるなんて、正気とは思えない!!」

「厳しい評価ですが、返す言葉もありません」



 イロハはとても寂しげな表情を見せた。それにアマネは慌てた様子を見せる。

「ご、ごめんなさい。別に悪く言っているつもりじゃなくて……」

「はい、理解しております。アマネ様」


「本当にごめんね。あと、その呼び方だけど……」


「呼び方、ですか?」


「うん、敬称は必要ないよ。『アマネ』で構わない。あんまり堅苦しいのって苦手だし」

「ですが、アマネ様はアルト様の賓客。そういうわけには――」


「その客が構わないって言ってんだから気にしないで。それに、私がそう言ったと言えば、あのなめくじの王様は気にしないんじゃないかな?」

「それはそうですが……」


「じゃ、決まりね! よろしく、イロハ」


 少しばかり強引だが、そこに親しみを感じてイロハは小さな笑いを漏らす。

「くすっ。はい、よろしくお願いします。アマネさん」

「ついでに言葉も崩して構わないから」


「それは……努力します」

「フフ、そうして」



 アマネは屈託のない笑顔を見せた。その笑顔を見たイロハは心の中でこう分析する。

(この方、感情的ですが根は悪い方ではないと判断できますね)



「どうしたの、イロハ?」

「いえ、ちょっと今日のお夕飯の献立を考えていました」

「え、今、この状況で?」


「アマネさんにリクエストがあれば今晩はそれに致しますが」

「そうね、私はお肉が――って、イロハがお城の料理を作ってるの?」


「一応、私がメイド長ですので。他のメイド方と一緒に」

「メイド長なんだ?」


「はい。あとはブルックさんがたまにお手伝いをしてくれます」

「ブルックっていうと、あのおじいさん魔族?」

「ええ、ルミナの唯一の将軍なんですよ」


「……将軍がたった一人? しかも、メイドの手伝いをしてるんだ」

「はい」




 アマネは片手で頭を抱えた。

「なんだろう、私の知る魔族像から遠くかけ離れてる――――」

 彼女は首を軽く横に振る。そして、気を取り直すように辺りをゆっくり見回した。


 少数ながらも様々な種族が闊歩する姿。

「魔族、獣人に……本当に魔族以外の――――」


 目の前を通り過ぎる、美しい桃色の尾びれを持つ人魚。

「な、人魚!? いま、ぴょんぴょん跳ねていったけど、地面大丈夫なの? あとは……嘘!? ドワーフとエルフが談笑してる! 仲悪いのに……」


 ふいに風がそよぎ、揺れる街路樹……と思いきや、それは根っこを足として、町の奥へと消えていった。

「え、今のトレント!? ただの木だと思ってた」



「ルミナは多くの種族が共存する国ですので」


 この端的な答えと、自分が受けた衝撃のギャップに対して、アマネは少しだけ声を上ずらせる。


「え、ええ、そう……みたいね。本当にいろんな種族がいるんだ。でも、どうすればこんなことが成立す――――ちょっと待って! あの人! 人間じゃない!!」



 アマネが指さした先……そこにいたのは雑貨屋を営む(みなと)という男性。

 彼女の声が聞こえていたようで、(みなと)が二人のもとへ近づいてきた。


「やぁ、イロハちゃん」

「こんにちは、(みなと)さん」

「こちらが噂のセッスイ様の娘、アマネさんだね?」


 (みなと)は朗らかな笑みをアマネへ向けた。それにアマネは答えと疑問を交える。

「ええ、そうだけど……どうして、人間のあなたが魔族の国にいるの?」

「話せば長くなるけど、簡単に言うと先王タイド様のもとで学びたくて、ここに住み始めたのがきっかけかな? もう四十年以上前の話になるけど」


「先王? そういえば、ナメクジ王の親って?」

「ナメクジ王? ああ~、ナメクジ化しちゃったんだ、イロハちゃん?」


「はい。ですが、すぐに復活しました。それどころかブルックさんとやり合うおつもりです」

「へ~、珍しい。アルト様がブルックさんと構えるなんて」

「ろくでもない理由なんですけどね」

「あははは、そうなんだ」



 ごく自然に会話を行う(みなと)の姿にアマネは眉を顰めっぱなしだ。

「わからない。魔族に学びたい? そして住むなんて? 理解不能よ」


「ん? まぁ、そうだろうね。私だって昔は偏見があった。それをタイド様に見事ぶっ壊されたよ。あ、そういえば君は、アルト様のご両親について尋ねようとしていたところだったね」

「ええ」


「お二人とも、かなり昔にお亡くなりになっている。まだ、幼かったアルト様を残してね」

「……そう」



 アマネはアルトの境遇を知り、少しだけ同情を心の片隅に生む。だけど、それをすぐに振り払う。

(あいつは……魔族)


 

 (みなと)はその微妙な心の変化に気づくが、あえて触れずに会話を続けた。

「ところで、アマネさんのドレスはプラヤ様の物では?」


「あ、うん……そうみたいね。私に合う服がなかったようで、これを」

「そっか。アルト様が母の形見として大事にしていた服を……君は大切な客として扱われているようだね」

「え……そ、それは……」



 アマネは胸元に手を置き、なでるように少しだけ動かす。

 今、彼女に脳裏に過ったのは、このドレスをアルトの前で罵倒した場面。

 知らずとはいえ、母の形見を貶めたことに対する罪悪感が心を満たす。幼くして母を亡くしたという境遇を知った今はなおさらに……。


 だけど同時に、その罪悪感を否定するものがあった。それは相手が魔族だからという、人間に根付く偏見と差別。



 痛みと憎しみがないまぜになった心は、顔に歪みを生んだ。

「――――っ」


 ここでも、(みなと)はごく自然に疑問だけを言葉に乗せる。

「おや、どうしました? 傷が深いと聞いてましたが、もしや痛みが?」

「いえ、大丈夫。気にしないで」

「そうですか。それにしても、ふふ」


 (みなと)はアマネが纏うドレスを慈しむように見つめ、ぽつりと漏らす。

「ドレスを見ていると、プラヤ様のことを思い出すなぁ」



 そこへ、通りがかった獅子のような姿をした獣人族の男性が声を被せてきた。

「ああ、ミナトの言う通り、一瞬プラヤ様かと思って驚いたぜ」



 彼の言葉に釣られてか、まばらながらも行き交う人々が集まりを見せ始める。


「プラヤ様かぁ。とてもお優しく美しい人だった」

「それなのにタイド様が病に倒れたあと、後を追うように……」

「アルト様を残してな。我らが創造主パーニー様も酷なことをなさる」

「聡明なる王タイド様と穏やかなる妃プラヤ様をお呼びになさるとは……いくらなんでも早すぎる」




 集まる人々は魔族、獣人族、人間族と様々だ。

 彼らは皆一様にして、先王タイドとその妃プラヤの死を悼む。

 そして、ドレスを纏うアマネの中に、かつての王妃の面影を追っている。



 多くから見つめられたアマネは心が落ち着かなくなり、誤魔化すように頬を掻いて、町の人々に尋ねた。

「そのプラヤという方と私は……似てたりするの?」



 すると、(みなと)や獅子の獣人族や町の人々は――


「いや、全然ですねぇ。もっとお淑やかな感じですし」

「それに、すっごい美人だったもんな」

「そうそう、女の私でさえ思わず目を奪われるくらい、完璧なプロポーションだったし」



「「「正直、似てるのはドレスだけだよなぁ。アッハッハッハ!!」」」


 

 寂れた町に、暖かな笑いが広がる。

 その渦中に立つ少女は……プルプルと震えながら拳を固めた。

「ねぇ、イロハ。こいつら、全員、ぶん殴ってもいいかな……?」

「アマネさん、落ち着いてください! 皆さん、失礼ですよ。解散。解散してくださ~い!」


 イロハの声に人々は素直に従い、プラヤとタイドの思い出を語りながら、この場から去っていった。



 アマネは荒い鼻息を彼らの背中にぶつけている。

「どうせ私はお淑やかじゃありませんよっての! 出るところも出てませんしね!」

「落ち着いて、アマネさん。アマネさんだって十分可愛いですから!」


「ありがとう、イロハちゃん! ……でも、大人としての魅力は?」

「こ、これからだと思います……」


「――くっ! やっぱり!!」


「と、とにかく、ここから移動しましょう」

「もう、なんなのよ、あいつらは!」


 そういってアマネは去り行く人々――特に、一人の男の後姿を睨みつける。

(あの(みなと)って人、雰囲気あるなぁ。それに、どっかで名前を聞いたことがあるような、ないような?)

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