第一話「霊と会話する少女」
春、桜の咲く頃ー新学期、東京郊外の広い敷地に建つカリナ女学院。
チャイムが鳴り昼休みが始まる、生徒たちが教室から飛び出し思い思いに校内を動き始め、あたりは明るい笑い声に包まれる。
対照的に人気のない改築工事中の別館の屋上にポッンと一人立つ少女。
フェンスを乗り越え屋上の端に立ち、大きく両手を広げて目を閉じる。
—春風が彼女の長い黒髪を静かになびかせる。
「私はどうすれば良いの? ……飛ぶの!?」
少女が呟く。
『違うわ、あなたは死なないで!』
別の少女の声が聞こえる。
「あなたはずっとここに居たの?」
『ええ、私はここから身を投げたから……自殺したの!』
「そう」
『……驚かないの?』
「うん、私はそう言う人たちとばかり話して来から、それで私は何をすれば良いの?」
『何も!』
「何も?」
『でも久しぶりに話せて良かった……二年ぶりかな?』
「二年……」
『何故、私の声が聞こえるの?』
「わからないけど、小さなころから」
と話しながら、少女は身軽にフェンスを乗り越え屋上に戻る。
『姿は!?』
「姿は見えない……声しか聞こえないの」
『そう……見えないの』
(少し残念そう)
この制服の少女の名は西野彩16歳。彼女が2歳の時に大好きだったおばあちゃんが亡くなった。しかし、その後も彩にはおばあちゃんの声が聞こえ、亡くなったおばあちゃんと話す姿が家の中で度々見られた。両親は心配して専門医に相談したが、感受性の強い幼少期によく見られる現象で、一時的なものとして処理されていた。
しかし、小学校に入ってからも状況は変わらず、更に学校や街を歩いていると、自分たちの声が聞こえる彩に気づき、話を聞いてもらおうと霊たちが群がるようになる。最初は霊との会話を楽しんでいた彩だが、楽しい話をする霊ばかりとは限らず、恨みや憎しみなど彩にとっては聞きたくない話も多く、さらに四六時中霊の声が聞こえる彩はノイローゼ状態になってしまい、最終的には外出もできず、学校にも行けなくなり、家に引きこもる日々が続いた。
それでも、なんとか小学校を卒業して中学校に入ると、今度は霊と話す変な子として知れ渡り、クラスでも仲間外れにされ孤立してしまう。話し相手のいなくなった彩は、今度は自ら進んで霊と話をするようになる。そして、今年入学した高校の校舎の屋上で、また新しい話し相手を見つけたのである。
「先ずは自己紹介ね、私の名前は西野彩16歳、ピカピカの一年生!」
『えっ同級生!? ……あっ、いや私は三年生の長谷見幸子!』
「先輩ですね!」
『うううん、やっぱり同級生!』
「じゃあ、ため口ね!」
『うん、そうね』
「じゃあ、サチって呼んでも良い?」
『良いよ、じゃあ私はアーヤって呼ぶね』
「アーヤか、そのまま!?」
『ホントだ!』
「ハハハハハ」爆笑する二人。
「私ね、屋上から楽しそうな歌声が聞こえて上がって来たの、あれサチが歌ってたの?」
『うん、私!』
「歌うまいんだー」
『ありがとう、私ね歌手になりたかったの』
「成れるよ、きっと……あっ!」
『大丈夫、気にしないで』
「ごめん」
『謝らないで、悲しくなるから』
「ごめん」
『こら!』
(苦笑いする彩)
『ここね、私が自殺したから縁起が悪いって改装工事してるのよ、でも縁起が悪いって失礼よね』
「えっホント、失礼だね!」
『ところで、アーヤ学校は好き?』
「学校? ……普通かな、サチは?」
『私は大嫌い! ……イジメられてたから』
「イジメ……か、私も無視されてた、中学の時、霊と話す変な子って……イジメだよね、これって」
『同じだね!』
「同じだ!」
『アーヤは死んじゃだめだよ!』
「どうして?」
『良いことないって!』
「……」
黙り込む彩。
『ごめん、せっかくだから楽しい話しよう!』
「そうだね、じゃあさ、推しの話は?」
『それ、それ!』
二人は昔からの仲良し同級生のように昼休みを過ごし笑い合う、そしてチャイムが鳴る。
「あっ、昼休み終わっちゃう、明日また来るね!」
『うん、じゃあまたね!』
「うん!」
と声のする方へ手を振り屋上から階段を駆け下りる彩。
改装中の別館から本館へ走り込む彩。本館玄関の靴箱から上履きに履き替えようとする彩の後ろからドンとぶつかる大柄な生徒、彩はぶっかった勢いで弾き飛ばされる「イター!」と見上げる。
「邪魔だよ、どこ見てんだよ、お前!」
と怒鳴る三年生の桑原倫子、まるで悪役レスラーの様な風貌をしている。
「あっ、すいません、でも、あなたが……」
「でもあなた……お前、あたしに逆らうつもりかい? いい度胸してんな!」
尻もちをついて倒れている彩に掴み掛かろうとする倫子、近くにいた二年生数人が慌てて彩に駆け寄り、
「ほら、あなた謝りなさい。すみません先輩、この子一年生なので倫子先輩のこと、まだ知らないんです」
「あとで、私たちが良く教えておきますから」
「ああ、そうしとけ!」
教室に上がって行く桑原倫子、遅れて取り巻き連中も上がって行く。
彩に「大丈夫!」と声をかける二年生「ありがとうございます、大丈夫です!」とスカートをパンパンと軽く掃いながら立ち上がる彩。
「気を付けてね、特にあの桑原先輩には」
「昔ね、あの先輩にいじめられて自殺した子がいるんだから!」
「だめよ、証拠もないのに……」
「だってホントじゃない!」
「あっ、噂だからあくまでも、気にしないでね!」
二年生たちも、そそくさと教室に戻って行く。
「自殺した子!? ……あっ、いけない授業始まる」
と教室へ駆け上がる彩。
彩のクラス授業中―
後列窓側に座る彩、外を眺めながら、「さ・ち」と小さく唇がうごく。
翌日放課後、改装中の別館屋上に上がって来る彩。
「ごめんね、昼休みに来れなくて、担任に呼ばれちゃってさ、サチ、サチ! いないの!?」
辺りを探すが返事がない。
「お前か、あの子をここに留めたのは!」
声に驚き彩が振り向くと、頭にヒジャーブを巻いた中東女性風の女が杖を持ち立っていた。
「えっ、あなた誰ですか?」
「お前かと聞いておるのじゃ!」
「誰ですかと聞いているでしょ!」
「お前かと……あっ、もう良いわ娘。私の名は慈音尼、簡単に言うと日本中の地縛霊を成仏させておる」
「えっ、成仏って、サチもういないの?」
「いないのじゃないわ、成仏してあっちの世界へ行きました!」
「うそ何で勝手に、行く前にお別れの挨拶をしたかったのに!」
「バカ言うな、転校するのとはわけが違う、奴は地縛霊だぞ!」
「地縛霊って呼ばないで、サチが可哀そう!」
「もう良い、お前わしと一緒に来い!」
「えっ!?」
襟首を掴まれ子猫のように連れて行かれる彩。
夕暮れ、町外れにある古びた木造二階建てアパートの二階角部屋。
食卓テーブルの上に置かれたお茶とお煎餅を前に向かい合う彩と慈音尼。
不思議そうに部屋の中を見回わしている彩、昭和レトロの雰囲気漂う室内。
「娘、お前はなぜその能力を有意義に使わんのじゃ!」
「その能力!?」
「とぼけるな、お前は霊と会話が出来るではないか!」
「こんなの能力じゃないし、こんな力いりません!」
「だから有意義に使えと言うておるんじゃ、今すぐわしの弟子になれ!」
「いやです!」
「いやですって、話も聞かずに、まあ聞きなさい」
慈音尼が静かに話し始める。
「良いか、この世には事件、事故、自殺などで亡くなった人たちの霊が、何らかの理由でその場所に留まり成仏できない状態、つまり地縛霊となり存在している。その理由も様々で、怨み、憎しみや現世への思いを断ち切れぬもの、そして自分が死んだことにすら気がついていないものまで、日本中に数えきれないほどの地縛霊たちがおる。そして、その個々の地縛霊のとどまる理由を解明し、心をほどきその場から解放して差し上げる『解放師』と呼ばれる仕事をしとる。”人助け”ならぬ”霊助け”の仕事じゃ、どうじゃ娘、やりたくなったじゃろ!」
彩は慈音尼の話が終わると、すっと立ち上がり、
「私、まだ16歳、高校生ですし、学校、自宅との往復、それに勉強もしなければなりません、で、お時間がございません、それに霊の声が聞こえるだけで、他には何の特殊能力もありませんので、はっきりとお断りさせていただきます!」
言い終わると、そのまま玄関をから出て行く彩。
「おい待て、待たんか!」
と慌てて立ち上がる慈音尼、だがバタンと閉まる玄関。
「娘……せめて煎餅の一枚も食べて行けや」
力なく椅子に座り込み、テーブルの上に置かれた煎餅をパリッとかじる。
夜、駅前のゲームセンターから出て来る桑原倫子、店の前で取り巻き連中と別れ自宅へ向かう。繁華街を過ぎいつもの抜け道の公園に入る。公園内の照明が途切れた暗い歩道を歩いていると、突然ナイフを持ち倫子に襲いかかる制服の少女。「うわっ!」と驚き咄嗟にカバンで押し返す、押された少女倒れそうになるが、もう一度ナイフを構えなおす、わずかな月明かりが少女の顔を照らす、「幸子!」驚く倫子、その少女は長谷見幸子であった。
「ひっ、生きてる!? な、なんで、いや、とにかくやめろ、私が悪かった、謝るからさ、許してお願い!」
「許さない!」
とナイフを振りかざす、その瞬間、慈音尼が二人に割って入り、
「やめるんだ!」
「邪魔しないで!」
怒りの表情の幸子、怯えて固まっている倫子に慈音尼が叫ぶ。
「早く逃げろ、これにこりてイジメはやめることだな!」
「オレはイジメなんか、やってねえよ!」
後ろも見ずに必死に逃げる倫子。
「ううっ!」倫子を追おうとする幸子を「やめるんだ!」と杖で制する慈音尼、止められた幸子は怒りの表情で、今度は慈音尼にナイフを振りかざし襲いかかる。慈音尼そのナイフを杖で弾き、みぞおちを突く「うっ!」と気を失い倒れる幸子。
倒れた幸子に鈴を鳴らし呪文を唱えると幸子は苦しみ始め、幽体離脱の状態で体から霊魂が分離する。
「私の邪魔はしないで!」
と叫び、浮遊霊と化した幸子は闇夜の空に舞い上がり消える。
「待て、逃げるな!」
慈音尼が叫ぶ、すると倒れていた幸子の顔が彩の顔に戻り目を覚ます彩。
「えっ、私は!? イテテて……」
お腹を押さえながら起き上がり、目の前の慈音尼に気づき、
「えっ、慈音尼! ここは?」
「すまん、わしのミスじゃい、幸子は成仏しておらんかった、奴は浮遊霊となって逃げ去ってしまった」
「えっサチ、いたの!?」
「ああ、お前の体に憑依してな」
「えっ、私に憑依! えっ!?」
「何か心当たりはないのか?」
「私、慈音尼のアパートを出た後、サチのために屋上にお花を買って供えに行ったの……あっ、そこから記憶が無い」
「そこじゃ! 奴はお前に憑依して自分をイジメた桑原に復讐をするつもりだったのじゃ!」
「サチはそんなことしない……ただ淋しかっただけ……」
「自分と話の出来るお前と出会い、楽しく生きるお前の姿を見て気持ちも変化したんじゃろう、自分を死に追い込んだ桑原に、復讐を遂げたいとの思いが増したのじゃろう」
「私のせいで彼女が復讐に目覚めた、そんな……」
「自分を責める必要はないが、今後は安易に霊と親しくならんことだ」
大きくため息をつき、しゃがみ込む彩。
「浮遊霊となった奴はおそらく自宅へ戻る、しかし、今夜はもう動かんじゃろう、明日また考えるとするか」
「うん」
力なく答える彩。
閑静な住宅街にある彩の自宅、帰って来る彩。
「ただいま」
「遅かったわね、食事にする? お風呂が先?」
と優しそうな母親が台所から声を掛ける。
「食事はいらない、お風呂に入るね」
と部屋に荷物を置き着替えて風呂場へ向かう彩。
リビングから心配そうに父親が出て来て、
「大丈夫かあの子、こんな遅い時間に帰って来て食事も要らないって、悪い友達でも出来たんじゃないのか?」
「大丈夫ですよ、あの子に限って、せっかく今回は楽しそうに学校に行ってくれてるし、もう暫く様子を見てあげましょう」
「そうか……」
不安そうな表情でリビングへ戻る父親。
風呂場で浴槽につかっている彩、スルッと背中をすべらせ、頭まで湯船にもぐる。しばらくして湯船から頭を出し、両手で顔を押さえ泣き始める。
「サチ、ごめんね……」
翌日、放課後—携帯電話のマップに表示されたルートを頼りに幸子の家を探す彩。
「『わしは桑原を見張るから、娘は幸子の家に』って、私ひとりじゃ……あっ、ここだ!」
玄関に立ちインターホンを鳴らす彩。
『はい、どなたですか?』
インターホンから声がする。
「あのー私サチさんの友達で西野彩と言います」
『えっ、幸子のお友達? ……ちょっと待ってね』
玄関の扉が開き「はい」幸子の母親が出て来る。
玄関に立つ制服姿の彩を上から下まで眺めて、
「幸子のお友達? あなた三年生かしら?」
「あっ、いえピカピカの一年生です」
「一年生!? 幸子とはいつのお友達かしら?」
「えーっと、中学です!」
「あら、中学の後輩なのね、わざわざありがとうね、お上がりなさい!」
「あ、ありがとうございます、これ」
と小さな花束を差し出す。
「まあきれい、幸子に、ありがとう、どうぞ中へ」
「はい、お邪魔します」
「ここが幸子の部屋よ」
と幸子の部屋に通される彩。
「幸子、お友達が来てくれたわよ、あっ、花瓶もってくるわね」
と部屋を出て行く母親。生前のままの幸子の部屋、今にも幸子が帰って来てもおかしくない手つかずの部屋。話していた推しの男性アイドルの写真が貼られ、勉強机の上に置かれた幸子の写真。
彩、部屋を見回し小声で「サチ、いるの!? ……ごめんね、私のせいで……」しかし、返事はない。
母親が花瓶を持って戻り、お花を差し替えながら、
「あなたはイジメられたりしてない、大丈夫なの?」
「はい、ありがとうございます、大丈夫です!」
「幸子は優しい子でね、私たちが心配しないようにと、いじめのことを黙って一人で抱えていたの、私がもう少し早く気づいてあげていたらと思うと……」
涙ぐむ母親。
「お母さん大丈夫です! きっとサチさんは毎日元気に、歌の練習をしていますよ!」
「えっ、そう、そうよね、実は今朝ね、この部屋から幸子の歌が聞こえた気がしてね」
「えっ、歌声が!?」
「そう、それで私慌てて部屋をのぞいたのよ。……いるはず無いのにね、そうだ彩さん、幸子のために買ったケーキがあるから一緒に食べましょう」
「やったー、サチごちそうさま!」
と笑顔を取り戻した母親と嬉しそうにリビングへ向かう彩。
誰もいなくなった幸子の部屋、閉め切った窓のカーテンが微かに揺れる。
リビングでケーキを食べながら話をしている彩と幸子のお母さん。
「結局いじめは無かった事にされたの、みんな見ていたはずなのに、クラスメートの誰も証言してくれなかったのよ、それで担任の先生や学校側も、いじめの実態は無かったと結論を出したの……」
泣き始める母親。
「そんな、ひどい!」
幸子の部屋からカタンと音がする。
「えっ、幸子、帰ったの!?」
と母親が立ち上がり幸子の部屋に向かう。
「おかあさん!」
彩も慌てて部屋に向かう。
扉を開け誰もいない部屋を見て、ため息を吐きながらリビングへ戻る母親。
机の上の幸子の写真が倒れていることに気づいた彩は、部屋を見回し、
「サチ……いたの?」と呟く。
夕暮れの繁華街を取り巻きと歩く桑原倫子、遠くから尾行する慈音尼。
幸子の家を後にし、慈音尼の携帯電話に連絡をする彩。
「慈音尼、サチやっぱり戻ってた。でもいなくなった、そっち向かったと思う」
「わかった、娘は家に戻ってるんじゃ!」
「えっ、だって!」
「心配するな、これはわしの責任じゃ、ここは任せとけ!」
「うん……」電話が切れる。
少し寂しげな彩。
深夜、カリナ女学院別館屋上。
夢遊病者のように上がって来るパジャマ姿の桑原倫子、屋上の手すりの前に立ち乗り越えようとする。
「目を覚ませ、桑原!」
慈音尼の声に目を覚ます倫子。
「わっ、どこ、えっ、学校!?」
思わずその場にしゃがみ込む。
「出てこい幸子!」
叫ぶ慈音尼。
「また貴様か、私の邪魔をしよって!」
天空から姿を現し静かに降りて来る幸子、しかし、その顔は悪霊と化した恐ろしい顔と変わっていた。
「貴様悪霊に、どうして!?」
「うるさい、貴様から先にかたずけてやる!」
「来い!」
倫子を連れ階段を駆け下りる慈音尼、そこへ彩が駆けつける。
「慈音尼!」
「娘、どうして!?」
「なんか学校な気がして!」
階段を駆け下りながら、
「幸子が悪霊になった、浮遊霊の彼女を誰か悪霊へと変化させたのじゃ!」
「えっ、誰がそんなことを?」
「わからんが、正直奴が悪霊になった今、解放師のわしの手には負えんかも!」
「負えんかもって、どうするの?」
「わからんが、桑原を頼む!」
「えっ!」
二人を校舎入口に残し、グランドへ飛び出す慈音尼。
「わしはここだ、かかって来い!」
悪霊となり数段パワーアップした幸子は、グランド上空に浮かび上がり嵐を呼び起こす。
空には暗雲が立ち込め、激しい雨と雷が鳴り響く。
「早く、ここから逃げて!」
幸子が慈音尼に気を取られている隙に、裏門から倫子を逃がす彩。
幸子は慈音尼を睨み付け、
「私の邪魔をする者は許さん!」
幸子がそう叫ぶと、強風が起こり校舎の窓が激しく震え始める。
激しい雨にうたれながらも、韻を結び呪文を唱え続ける慈音尼、空高く舞い上がった幸子は笑いながら叫ぶ。
「何度やったら分かる、お前のちんけな呪文で私は倒せん!」
幸子が慈音尼に向かって手をかざすと、突風が起こり慈音尼が空中に舞い上がる。「うわー!」嵐の中地面に叩きつけられる慈音尼、そこへ折れて吹き飛ばされた大木が倒れ込む。さらに幸子が校舎の窓ガラスを破壊し鋭角なガラスの破片が慈音尼を襲う。「危ない!」慈音尼を守ろうと立ちふさがった彩に割れた窓ガラスの破片が突き刺さる。「ううっ!」
「娘、なぜ来た、危険だ、私にかまうな!」
大木に挟まれ起き上がれない慈音尼が叫ぶ。
「サチ! あなたは優しい子、人を殺したりしないで!」
激しい雨に打たれながら彩が叫ぶ。
「うるさい!お前に何が分かる、死んでいる私の気持ちが分かるものか!」
「分かる! ……いえ、分からないかも、でも、でも、私も小さい頃から霊と話をする変な子と呼ばれ、いじめられ、どこにも居場所がなかった、でも、こうしてサチという友達ができ、居場所もできた、もうやめて、私たち友達でしょ!」
「ともだち……アーヤ……」
しばらく目を閉じる幸子、再び目を開き、
「実は私あなたに憑依した時に、あなたの心の中をすべて感じることが出来たの、あなたの私に対する優しい気持ちは本物だと分かったわ、そしてあなたの中にある、私と同じ心の寂しさもね」
「ありがとう……私もサチの優しさに救われたわ!」
「うれしい、生きている間、私の言葉は誰にも届かなかったのに、死んで初めて私の言葉が届く人が現れるなんて皮肉ね」
静かに地上に降りて来る幸子、徐々に嵐がおさまり星空が輝く。慈音尼に倒れかかっていた大木は消え、彩の体に刺さっていた窓ガラスの破片も消えていた。全て幸子の幻想であった、驚く二人の前に降り立っ笑顔の幸子。
「なんだか復讐の気持ちも無くなったわ、ありがとうアーヤ!」
「良かったサチ」
「うっ、うううううっ!」
突然、苦しみ始める幸子。
「どうしたのサチ!?」
『復讐させるためにせっかく悪霊にしてあげたのに、憎しみを忘れたあなたはもういらない』
何者かの声がする。
苦しみながら徐々に消滅し始める幸子。
「さようならアーヤ、もう少し早く会いたかったな……」
「サチ―!」
消滅する幸子。
「誰だ、正体を現せ!」
杖を構え慈音尼が辺りを見回す。
月明かりの校庭の遥か遠くに、白いブラウス、赤いスカート、赤い靴をはいたおかっぱ頭の女の子が立っている。
「貴様か!」
「えっ、小学生!?」
突然、そのままの立ち姿で目の前まで移動してくる女の子、驚く二人。
慈音尼は杖を振りかざすが、その状態で体が固まってしまい動けない。
「なな、なんだ!?」
「慈音尼!」
慈恩尼に駆け寄る彩。
「へー、あなたは動けるの、私の術がかからないなんてクールね」
「お前、その子には手を出すな、ただの子じゃ」
「私の術がかからない子が、ただの子なわけないよ」
「逃げろ彩!」
「いや!」
少女の目の前に毅然と立ち、
「あなたは誰? サチはどこにいったの?」
「私は子悪魔よ、あの子の魂は消滅させたよ、ハハハハハハ!」
「何がおかしいの!」
「どうせ死んでいるのよ、魂なんてどうでも良くない、お姉さん!」
「ダメよそんな考えかた、亡くなった人だからこそ大切にしなければいけないの!」
「あああ、やっぱり人間てばかね、死んで!」
彩に向かい手をかざす。
「やめろ!」
縛りを解いた慈音尼が杖で殴り掛かるが、少女はすっと風のようになびき杖をかわす。
「やっと縛りが解けたね、時代遅れの解放師さん」
再び二人に向かい手をかざす「死んで!」
その瞬間、彩と慈音尼の姿がスッと消える。
「えっ、消えた!? 瞬間移動、……まさかあの解放師が、いや、あの娘か! ……一体何者、あの娘!?」
と言い残し少女もスッと消える。
深い森の中へ姿を現す彩と慈音尼。
「えっ!?」
「おい、ここはどこじゃ?」
辺りを見回す二人。
「慈音尼、凄い術を持ってんじゃん、見直したよ」
「わしなもんか、お前じゃよ!」
「私なわけないでしょ……えっ、私、ほんとに!」
「ああ……しかし、先ずここはどこじゃ!?」
「待って、携帯で調べて見る」
ポケットから携帯電話を取り出す彩。
「どうじゃ」
「だめ圏外、電波が届いてない!」
「はーっ」
「呪術で何とかならないの」
「なりません、お前が移動したんじゃ、お前の深層心理にある山じゃ」
「わかった、ハワイ!」
「バカ言うなよ!」
× × × ×
真暗な空間、中央に大きな光の渦のようなものが浮かんでいる。
その前に立つ先ほどの女の子。
「祖奴は何者だ!」
光の渦から声がする。
「はっ、まだわかりませぬ。能力は未熟ではありますが、只者では無いと思われます」
「大きくなる前に、早めに摘み取るのだ!」
「はっ、かしこまりました!」
× × × ×
森を抜けた道路の前で『東京』と大きく書かれたダンボールを杖に貼り、大きく掲げている慈音尼とその横に立つ彩。無視して走り去る多くの車たち、今度は彩だけが杖を持ち道路脇に立つ、数台の車が一斉にハザードを出し止まる。
東京へ向かう高速道路をマイペースで走る老夫婦のキャンピングカー。
後部座席でいびきをかいて寝ている慈音尼と、窓から見えるのどかな景色を眺めている彩。
つづく




