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第4話:毒見の落とし穴

 朝の空気には、ほんのわずかに干した藺草の香りが混じっていた。


 レイは、腰に巻いた布巾を結び直しながら、調薬室の脇にある小さな庭を横切る。陽射しの加減を観察しつつ、薬草の葉先がどの程度しおれているかを確かめていた。


(うん、午前の陽を二刻以上浴びたら……このユンニャン草は主成分が壊れる)


 この草は熱に弱く、乾燥させるより「すり潰して使う」のが本来の使い方だ。それを知らずに、いけすかない宦官どもがせっせと吊るして干していたのを思い出し、レイは肩をすくめた。


 調薬とは、乾かせば良いというものではない。自然の恵みには、それなりの“取り扱い説明”が必要だ。


 そんなことを考えていると、背後から足音が近づいてきた。


「おい、例の妃の食膳、毒見役が倒れた」


 呼び止めたのは、例の“青衣の宦官”ことリィフェンだ。冷え切ったような目でレイを見つめ、報告を手短に切り出す。


「嘔吐と痙攣。だが妃本人は何ともない。毒見役が死んだだけだ」


「……へぇ」


 レイは目を細め、顎に手をやった。


「食べ物は?」


「持ち帰り済み。今、医局が検査している」


「検査、ね」


 その言い回しに、鼻で笑いそうになるのを堪える。医局の検査とは、せいぜい“匂いを嗅ぎ、水に溶かして変色するかどうか”を調べる程度だ。科学的分析とはほど遠い。


 彼女は袖をまくり、リィフェンに言った。


「その毒見役の口の中、見せてくれる?」


「なぜだ」


「ヒントがある気がするから。わたし、証拠がないと動かない性質で」


 数刻後、後宮の片隅にある簡易仮安置所。白布にくるまれた毒見役の女の口を、レイは静かに開かせた。


 案の定──


「……これは、“刺激性嘔吐”。胃の中身を吐き出させるための反射だね。中毒の反応にしては、早すぎる」


 口腔内の腫れ。喉奥の赤い斑点。胃ではなく、咽頭への直接刺激。


「誰かが、吐かせることを狙って“毒に見せかけた”だけの可能性がある」


「つまり……毒じゃない?」


「厳密には、毒“ではない”成分を使った、偽装毒。多分、配膳の中に“過剰な塩化アンモニウム”を混ぜたものがあった。いわゆる“膨張剤”の濃度を高めてね。普通は微量だから問題にならないけど、意図的に盛れば、咽頭の粘膜が反応する」


 リィフェンは腕を組み、しばし黙ってから言った。


「つまり……これは“毒見役だけを狙った毒”?」


「もしくは、“妃が食べる前に誰かに倒れてもらう”必要があったんだよ。妃本人を狙うふりをして、混乱を起こしたかった」


 そう、たとえば──「妃の立場を揺さぶる」「周囲の信頼を失わせる」「侍医の評価を下げる」。狙いは幾通りもある。


 しかも、犯人は“毒を使った”とは言い切れない。


「毒じゃないなら、罰せられにくい。だが、宮廷で毒見役が死ねば、それだけで充分に騒ぎにはなる」


 リィフェンの眉がわずかに動いた。


「……面白い推理だ。だが証拠はあるのか」


「舌の裏側に、微細な白い沈着物。アンモニウム系の過剰摂取で、たまに見られる症状。成分を検出できれば確定できるけど──」


 そこでレイは小さくため息をついた。


「検査薬を使える環境、後宮にはないんだよね。辺境の薬館なら、簡易試薬があったんだけど」


 都は華やかで、道具は不足している。皮肉なものだ。


「……その代わり、“再現実験”はできるけど?」


 レイはニヤリと笑った。

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