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第34話:風鳴りの夜、目覚めの香

 夜が深まり、辺境診療院の渡り廊下は、風が吹くたび木々の葉をすり抜ける音で満ちていた。


 レイは調薬室にこもっていた。棚には乾いた薬草と、いくつかの漬け薬の瓶。湯を張った小鍋の中では、桂皮と沈香が煮出され、かすかに甘やかな香りが漂っている。


(……おかしい)


 調薬しながら、レイは今日一日の出来事を反芻していた。あの新任女官——リュウという女の足取りが軽すぎる。外見や動作は田舎出の素朴さを装っているように見えたが、あまりに手際がよく、薬草の名前を一度も間違えなかったのが気がかりだ。


「レイ様、夜更けに失礼いたします」


 障子の向こうから声がした。診療院の古株看護女官、セイカである。彼女は小さな提灯を掲げながら、いつもよりやや早足で中に入ってきた。


「先ほど、兵舎で倒れた兵が運び込まれました。意識不明です」


「中毒?」


「いえ……毒の兆候は薄いのですが、目の瞳孔が極端に開いていて、痙攣が続いております」


 レイはすぐさま上衣を羽織り、調薬棚から小瓶をいくつか選び取ると、提灯の火を頼りにセイカの後を追った。


 兵舎の離れに運び込まれた男は、まだ若かった。頬はこけ、手足は不自然に引き攣っている。枕元には、その男の上官と思われる人物が眉をひそめて立っていた。


「こいつは、夕食を食べた直後に急に倒れた。……だが、皆同じものを食べている。異常を示したのは彼だけだ」


「箸や椀に薬剤が塗られていた可能性もあります。食器はすぐに処分されましたか?」


「……洗ったが、捨ててはいない。調理場にあるはずだ」


「すぐに確認を」


 そう言いながら、レイは兵士の手首に指を当てる。脈は早く、打つたびに微かに不整脈を含んでいた。


(これは……草烏頭か? いや、症状が違う。痙攣、幻覚、昏倒——これは、たぶん……)


 思考の中で一つの名が浮かび上がる。


「……睡香草か」


 それは、ほんの少量でも神経に作用し、深い眠りに落ちさせる薬草だ。だが大量に摂取すると、脳の中枢を過度に抑制し、最悪、呼吸が止まることすらある。


「——解毒には……金針の抽出液と、蜂膠の薄溶液を混ぜたものを注入して」


 レイは急ぎ、その場で調合にかかった。彼の指先は微かに震えていたが、その震えは緊張ではなく怒りの表れだった。


(こんな薬、城の厨房にあるはずがない)


 つまり、これは——意図的な混入。


「セイカ。あの新任女官リュウを、連れてきてください。できれば、食器と共に」


「……はい」


 セイカが走り去った後、レイは静かに兵士の額に濡れた布を当て、そっと呟いた。


「意図的に人を眠らせる薬。しかも、致死量寸前。お前が、何を見てしまったんだ?」


 兵士は答えなかった。代わりに、口の端から細い血の糸を流した。


 その夜、外では風が強くなり、木々がざわめいていた。まるで誰かの呻き声のように——。

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