第21話:毒草の在処
乾いた風が診療院の中庭を吹き抜け、わずかに赤く色づいた葉が、ひとひら、ふたひらと地面に落ちた。
「……この匂い、やはり似ている」
レイはしゃがみ込み、片手で葉を摘んだ。淡い紫の斑が入った楕円形の葉は、山間に咲く《カグチ草》に酷似している。しかしこの辺境の気候に自生するはずがない。
後ろで腕を組んだまま見守っていたセイは、眉を寄せた。
「それ、毒草じゃないのか? 畑の外れでも見かけたぞ。診療院の裏庭にも……」
「そう。誰かが意図的に植えている」
レイは葉を薬包紙に包み、薬篭の底に仕舞った。
「カグチ草は乾かすと強い催眠性が出る。特に老人や幼児には致命的だよ。……最近、この村で“眠り続ける”患者が増えてるって話、覚えてる?」
セイははっとして、思い出したように頷いた。
「……じいさんが一人、風呂で溺れかけたのも、それが原因ってことか?」
「眠り草なら、自分が意識を失うことすら気づけない。だから恐ろしいんだ」
レイの声に熱がこもる。だが次の瞬間には冷静さを取り戻し、視線を薬草園の奥へと向けた。
そこに、小柄な影がひとつ、腰を低くして何かを埋めていた。
「……おや?」
レイは無言で近づく。影の持つ小鍬が一瞬止まり、背後を振り返る。
「……お嬢さん。何をしているの?」
それは、最近診療院に出入りしていた少女、ユメだった。年の頃は十にも満たないだろう。
「……ごめんなさい。おばあちゃんに頼まれて……」
視線を伏せたユメの袖口から、小さな布袋が覗く。ユウはそっと手を伸ばし、それを指差した。
「それ、見せてくれる?」
ユメは一瞬ためらったが、すぐに観念したように差し出した。袋の中には乾燥した小さな葉がぎっしりと詰まっていた。――間違いない。カグチ草の葉だ。
レイは、深く息を吐いた。
「……誰に言われたの?」
「……おばあちゃん。村の人が夜眠れないって言うから、これを煎じて渡すようにって……でも、誰も死なないって言ってた」
レイは優しく、しかし明確な口調で告げた。
「ユメ、それはね、“誰も死なない”んじゃなくて、“まだ死んでいない”だけだよ」
少女の顔に、ようやく恐怖の色が浮かぶ。
「悪い人じゃなかったの……ただ、役に立ちたかっただけで……」
涙をこぼしながらそう告げるユメに、レイは膝を折って目線を合わせた。
「気づけて良かったね。誰かが亡くなる前に、止められた」
少女の肩にそっと手を置きながら、レイは静かに言った。
「人を癒やす薬は、使い方次第で毒にもなる。覚えておいて」
その夜。
レイは診療記録をまとめながら、古い巻物を一枚開いた。
《毒草目録》――祖父が遺した、手書きの植物図鑑だ。
「……祖父さんも、こうやって“未然に防いだ”のかな」
灯火の下、レイの目が細められた。
医術とは、病を癒すだけのものではない。人の愚かさを見つめ、止める技でもある。
そしてその奥には、知ることでこそ立ち向かえる「無知の毒」が潜んでいるのだった。




