表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/35

第15話:記されなかった仕入帳

 午後の診療所は、ほどよく空いていた。暑さに負けて寝込んだ子どもがひとり、湯あたりを起こした職人がひとり。それ以外には、客の気配もない。


「やっぱり、変ね」


 シノは、木箱の中から取り出したばかりの白梅堂の包みを見つめた。


 薬草は一見、丁寧に包まれている。だが封の糊が一部、やや湿っていた。包装紙の香りに交じるように、ほんのかすかな異臭がある。


「この香り……モエギタケが混ざってたとしたら、ただの劣化品じゃすまない」


「毒草に詳しい人が、混ぜたってこと?」


 ユエが問うと、シノは黙って首を振った。


「……むしろ逆。毒草の毒性を知らずに、“似てるから安く仕入れた”って可能性のほうが高い。知っててやるなら、もっと隠す」


 つまり、「毒性に無自覚な仕入れ」があった――そのほうが、話としてはよほど厄介だ。


 だからこそ、シノは白梅堂に直接聞いた。


「仕入帳を見せてください」


 が、返ってきたのは奇妙な答えだった。


『帳面が盗まれたんですよ、三日前に』


「偶然にしては、出来すぎてるわ」


 シノは包み紙を折り返し、紙端の印に目を凝らす。


 そこに記されていたのは、「千ノ目商会」という小さな問屋の印字だった。


「千ノ目商会……聞いたことない。新興?」


 ユエが首をかしげると、シノはふっと小さく笑った。


「聞いたことない問屋が、“町の三つの薬屋”に同じ草を回してるの。しかも、全部劣化品」


「つまり?」


「つまり、仕入れ元がひとつで、同じルートから“毒になりうる薬草”が流れてる」


 この街には、小さな薬問屋が十軒以上ある。しかし、最近急に「仕入れが安くなった」と話題になっていたのは、三軒。その中に白梅堂も含まれていた。


(千ノ目商会――帳面を残さない取引)


 それは、意図的なものか、それとも“記録できない理由”があるのか。


 その日の夜、シノはひとり、診療所の裏で文箱を開いた。


 先代――つまり祖母が遺した、古い薬草見聞録。その最奥のページに、手書きの名が記されていた。


【千ノちのめ商会:背後に“回薬一族”の影】


 そこに添えられた一文を、シノはゆっくりと読み上げた。


「“安物の薬草は、安いままでは終わらない。命の値を下げていく”――」


 静かな夜風が、紙をめくる。



 翌日、裏通りの空き地には、一匹の野良犬が死んでいた。


 舌を出し、泡を吹いて倒れたその姿を見て、町の子どもが泣きながら診療所に駆け込んできた。


「センセイ! クロが、クロが死んじゃった!」


 駆けつけたシノがまず確認したのは、犬の口元と、脇に残された紙包みだった。


 包みには、噛みちぎられた痕と、半分ほど食いちぎられた草片。


 そして――その草片の切り口には、「染料」のような痕が残っていた。


「……塗られてた?」


 指先で草片を拾い、香りを嗅ぐ。


 そこにあるのは、薬草の香りではなく、人工的な「甘い匂い」だった。


「誰かが、わざと食べさせた可能性がある」


 思わず吐き出した言葉に、ユエの表情が凍る。


「毒見の実験……?」


「もしくは、“人間以外”での試験」


 安い草で、毒の強さを測る。しかもそれが、人ではなく動物相手ならば罪には問われにくい。


 それが“仕入れ前の確認”だったとしたら――?


 血の気が引くのを感じながら、シノは草片を包み直し、文箱に記した。


【仕入れ前の毒性検査に、動物が使われた可能性】


【千ノ目商会は、薬屋を試すだけではなく“混ぜ物”の調整をしている】


 その行の最後に、こう記す。


【これが試験なら、次は“本番”がある】

書き終えた話の掲載が終わったので、一度完結済みにしておきます。

明日以降執筆が終わり次第、掲載を再開します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ