第15話:記されなかった仕入帳
午後の診療所は、ほどよく空いていた。暑さに負けて寝込んだ子どもがひとり、湯あたりを起こした職人がひとり。それ以外には、客の気配もない。
「やっぱり、変ね」
シノは、木箱の中から取り出したばかりの白梅堂の包みを見つめた。
薬草は一見、丁寧に包まれている。だが封の糊が一部、やや湿っていた。包装紙の香りに交じるように、ほんのかすかな異臭がある。
「この香り……モエギタケが混ざってたとしたら、ただの劣化品じゃすまない」
「毒草に詳しい人が、混ぜたってこと?」
ユエが問うと、シノは黙って首を振った。
「……むしろ逆。毒草の毒性を知らずに、“似てるから安く仕入れた”って可能性のほうが高い。知っててやるなら、もっと隠す」
つまり、「毒性に無自覚な仕入れ」があった――そのほうが、話としてはよほど厄介だ。
だからこそ、シノは白梅堂に直接聞いた。
「仕入帳を見せてください」
が、返ってきたのは奇妙な答えだった。
『帳面が盗まれたんですよ、三日前に』
「偶然にしては、出来すぎてるわ」
シノは包み紙を折り返し、紙端の印に目を凝らす。
そこに記されていたのは、「千ノ目商会」という小さな問屋の印字だった。
「千ノ目商会……聞いたことない。新興?」
ユエが首をかしげると、シノはふっと小さく笑った。
「聞いたことない問屋が、“町の三つの薬屋”に同じ草を回してるの。しかも、全部劣化品」
「つまり?」
「つまり、仕入れ元がひとつで、同じルートから“毒になりうる薬草”が流れてる」
この街には、小さな薬問屋が十軒以上ある。しかし、最近急に「仕入れが安くなった」と話題になっていたのは、三軒。その中に白梅堂も含まれていた。
(千ノ目商会――帳面を残さない取引)
それは、意図的なものか、それとも“記録できない理由”があるのか。
その日の夜、シノはひとり、診療所の裏で文箱を開いた。
先代――つまり祖母が遺した、古い薬草見聞録。その最奥のページに、手書きの名が記されていた。
【千ノ目商会:背後に“回薬一族”の影】
そこに添えられた一文を、シノはゆっくりと読み上げた。
「“安物の薬草は、安いままでは終わらない。命の値を下げていく”――」
静かな夜風が、紙をめくる。
翌日、裏通りの空き地には、一匹の野良犬が死んでいた。
舌を出し、泡を吹いて倒れたその姿を見て、町の子どもが泣きながら診療所に駆け込んできた。
「センセイ! クロが、クロが死んじゃった!」
駆けつけたシノがまず確認したのは、犬の口元と、脇に残された紙包みだった。
包みには、噛みちぎられた痕と、半分ほど食いちぎられた草片。
そして――その草片の切り口には、「染料」のような痕が残っていた。
「……塗られてた?」
指先で草片を拾い、香りを嗅ぐ。
そこにあるのは、薬草の香りではなく、人工的な「甘い匂い」だった。
「誰かが、わざと食べさせた可能性がある」
思わず吐き出した言葉に、ユエの表情が凍る。
「毒見の実験……?」
「もしくは、“人間以外”での試験」
安い草で、毒の強さを測る。しかもそれが、人ではなく動物相手ならば罪には問われにくい。
それが“仕入れ前の確認”だったとしたら――?
血の気が引くのを感じながら、シノは草片を包み直し、文箱に記した。
【仕入れ前の毒性検査に、動物が使われた可能性】
【千ノ目商会は、薬屋を試すだけではなく“混ぜ物”の調整をしている】
その行の最後に、こう記す。
【これが試験なら、次は“本番”がある】
書き終えた話の掲載が終わったので、一度完結済みにしておきます。
明日以降執筆が終わり次第、掲載を再開します。




