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第10話:銀の飾りと血の香

 真夏の陽射しが、薬館の格子窓を突き抜け、棚の硝子瓶に微かに光を宿す。涼を求めて中庭の竹林から運ばれてきた風鈴が、微かに揺れた。


 りょうは薬壺に仕込んだ薬湯をかき混ぜながら、そっと眉を寄せた。


「おや、今日はやけに静かですね」


 彼女の独り言に応じる者はいない。普段なら顔を見せにくる侍女の桃蘭とうらんもまだ姿を現さない。


 だが、それはすぐに破られる。門が慌ただしく開かれ、足音が駆け込んできた。


「凌様、また死人が出ました!」


 桃蘭の声には、明確な焦燥と恐怖があった。


 現場は、後宮の奥にある織工房。貴妃たちの衣装を仕立てる女官たちの一人が、朝一番の点呼に現れず、呼びに行った同僚がその遺体を発見したのだという。


 凌が現場に到着したとき、すでに内侍司ないししの役人たちが周囲を封鎖していた。女官の遺体は仰向けで倒れ、口元に血をにじませていた。


 いつも通りのパターンに見えた。毒死。それも、血を吐いているなら消化器系だ。


 しかし、凌はすぐに違和感を覚える。


「この出血、喉の損傷とは少し違いますね……」


 遺体に指を当てると、唇の内側が妙に乾いていた。普通、毒物で胃から出血した場合、口腔内には酸性物質の焼けたようなにおいが残る。だが、それがない。


 ――おかしい。


「桃蘭、彼女の名前は?」


琴雲きんうんという者で、今年で十九歳です。毒見役ではありませんが、仕立て物の献上前に絹を咥えて歯触りを確認する役目を持っていました」


 その一言が、凌の思考を一気に鋭くした。


「絹……。まさか……」


 彼女は即座に女官の指先を見た。小さな傷がいくつか。だが目を引いたのは、右手中指の爪の隙間に光る銀の微粒。


「桃蘭、工房に銀の装飾糸を使っていたか?」


「はい。今月の献上衣は“銀の枝垂れ柳”の刺繍入りだと聞いています」


 凌は大きく頷くと、作業場に向かって走り出した。織物用の糸巻きを片っ端から調べ、やがて一つの巻きにたどり着いた。


「……これだ」


 その糸には微かに異臭があった。銀の粒子が不自然に多く含まれ、指で擦るとぬるりとした感触が残る。


「この銀、たぶん塩化銀と何かを混ぜてある」


 彼女は薬館に戻ると、塩素水と硫化物試薬を調合して小さな皿に銀糸を溶かした。反応はすぐだった。


 黒変。そして、青緑の色。


「これは……亜ヒ酸だわ」


 塩化銀に見せかけた毒。さらに細工糸に混ぜ、口から摂取させる――巧妙だが、絹を咥えるという習慣を利用した、狙いすました毒殺だ。


 翌朝、凌は皇后に謁見を求めた。


「この毒は、特定の衣の装飾糸に仕込まれていました。次の献上衣に使われる予定だったものです」


「それは……もし、彼女が死ななければ……?」


「――陛下がその衣を口に触れた瞬間に、死に至る可能性がありました」


 室内に緊張が走った。


 毒が標的を外してしまったのは偶然か、それとも警告だったのか。凌は思う。


 ――これは単なる後宮の争いではない。


 銀のように煌めく毒の糸。その背後には、もっと深い意図が潜んでいる。


 そしてそれは、凌が“医術”と“観察”という武器で切り込むべき、新たな謎の幕開けだった。

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