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Argo - Dive into Firewall -  作者: alphadex
虚構と遺骸
6/8

遺骸(Deep Dive)

 > @Argo_sys

 「名前なんか、もういらない。」


 風が鳴いていた。

 ログの海を漂うように、静かで、冷たく、それでいて──どこか人肌に似た空気。

 コードは止まっていない。

 たとえ作者が姿を消しても、“それ”は勝手に呼吸を続けていた。


 篠宮沙介──Argo──はもう、この世界にいないとされていた。司法は彼を裁き、社会は彼を消費し、やがて忘れていった。だが、『コードは忘れない。』


 彼が残した“それ”は、いつの間にか、誰かの手に渡り、誰かのシステムに入り込み、

誰かの暮らしを守っていた。だが誰も、それが「Argoの遺物」だとは気づかない。


 最初にそれを触れたのは、地方の自治体の非常勤職員だった。

 バグだらけの古い業務システム。

「どうせ誰も直さない」と言われていた部分に、たった一行のスクリプトが埋め込まれていた。

---

 #!/bin/sh

 echo "Integrity is not a choice. It's survival."

---


 意味を理解した者は少なかった。だが、その一行の挙動が示す「選択しないことでの防御」は、初めて『意思を持たないはずのもの』が、危険を拒む瞬間**を表していた。



 次に見つかったのは、古いVPS。

 契約者不明、請求が止まって久しいサーバ上に、アクセスログとコードの断片が残っていた。


 中には、ルールベースでも、AIベースでもない、奇妙なトリガーロジックがあった。

 コメントは短く、冷ややかだった。


 「これは検出じゃない。“震え”だ」


 見つけた技術者は、手を止めた。

 その処理は、完璧ではない。明らかに“バグ”とも言えるような感情的な設計。

 けれど ──なぜか消せなかった。



 OSSコミュニティの一角では、“あの人”を知る者たちが、小さな議論を続けていた。


 > 「あれ、本当にあの人のコードなのか?」

 > 「でも、あの書き方……行間の揺れ方、記憶にあるんだよ」


 いつからか、コードのスタイルそのものが「思想の遺伝子」のようになっていた。


 リネームされた関数。匿名のコントリビューション。

 不意に現れる、簡素な出力ログ。


  `echo "Don't trust this. Understand it."`


 それはまるで、『死者からの「読み取り可能な怒り」』のようだった。



 社会は彼を忘れた。

 あるいは、忘れたふりをした。

 だが、**忘れられることすら拒んだコード**が、まだどこかで脈を打っていた。


 SNSでは時折、それに触れた誰かが、こんな投稿をする。


 @anonymous_dev

 「今日拾ったコード、明らかに昔の“あの人”の手癖だった。

 何かに似てる。

 でももう、誰にも聞けない。」


 ---


 篠宮沙介は、どこかで生きているのかもしれない。

 あるいは、もういないのかもしれない。


 だが確かなのは、「この社会が、彼を殺したのではなく──彼の “名前” だけを殺した」ということ。


 残されたのは、「信じようとした人間の残骸」。

 そして、「それでもなお誰かを守ろうとしたコード」。


 最後の投稿、誰もが偽物だと思ったそれには、こう記されていた。


/*

* 名前なんか、もういらない。

* 崇拝もいらない。

* 

* ただ、お前の中にまだ怒りがあるなら──

* それだけで充分だ。

* 

* …… Just go ahead.

*/

「遺骸」とは、*死んだ者の証*ではない。

 『まだ死にきれない“問い”の残滓』だ。


 このエピソードのタイトルは、そうして選ばれた。

 そして、それに答えるかどうかは、

 読者であるあなたの意志に委ねられている。

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