春 1-7
3時過ぎ、宿泊施設に到着した一行は、部屋に荷物を置くとすぐに夕飯作りの準備を始めた。
これからみんなでカレーを作ることになっている。
「よし、カレー作りの準備を始めるぞ!」
センセが元気よくキッチンに立つ。
みんなはキッチンに集まり、それぞれ役割分担を始める。
「ミツキ、お前は野菜を切ってくれ」
「え、私……?」
ミツキは目を丸くして戸惑う。
野菜を切ったことがないわけではないけど……いままでの人生で料理らしい料理をした記憶がなかった。野菜を前にして不安を感じる。
「ほら、これをまず切って」
センセが手渡したのは大きなジャガイモ。
「これ、どうやって切るの……?」
「縦に切って、また横に切ればいい」
ミツキはまるで解説書を読んでいるように真剣に見つめる。
あれ、切り方がわからない……と思ったその瞬間、ジャガイモがスパーン!と跳ねた。
「うわっ!」
ミツキは慌てて手を引くと、ジャガイモが手元から飛び出して床に転がっていった。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわよ!」
オレは笑いながらミツキの周りを掃除し始めるが、その後ろでコウリが無言でニンジンを手に取る。
「コウリ、お前は……?」
「……切る」
無表情でニンジンを持ってきたコウリだが、その手が少し震えている。
「おいおい……無理すんなよ、切り方も、わかるのか?」
コウリは無言で包丁を振り上げ、ニンジンを切り始める。しかし、どうも切り方が乱暴で、ニンジンが飛び散ってあちこちに転がる。
「コウリ、もう少し丁寧に……」
「できてる」
「あ、ああ、そうだな」
子供も成長を見守ることも大人の勤めだ。
そう、無理やり納得するしかない。
その様子を見ていたリサが、そっと台所の端に近づいてきた。
「ああ。リサ、お前も手伝ってくれ」
「わかりました。私、を使うね」
普段は控えめで大人しいリサだが、台所に立つとまるで別人のように動き出す。そっと鍋を取り、あっという間に火をつけて具材を炒め始めた。
「リサ、すごいな」
「ううん、そんな……」
リサはどこか恥ずかしそうに答えながらも、手際よくカレーを作り続ける。
「おお、リサ、すごい!手際が良い!」
「……リサ、料理得意なんだ……」
ミツキとコウリもその様子を見ながら驚きの声を上げる。
「リサは普段から家で料理してるのか?」
「うん……兄弟が多くて、手伝うことが多かったんです。いまは寮生活ですけど」
リサは少し顔を赤くしながらうなずく。
「えー、じゃあ、家ではすごい大変だろ?」
「まあ、そうだね……でも、弟も妹もみんなかわいいし、毎日楽しかったよ」
「へぇ……」
ミツキが思わず納得したように頷く。
そしてリサが鍋にスパイスを加え、カレーの香りが一気に広がる。
「なんだよ、この匂い……すごくいい匂いだな」
「おお、やっぱカレーって最高だな」
コウリもつい、笑顔を見せる。
そして、カレーが完成し、食卓に並べられる。
「みんなで作ったカレー、いただきます!」
オレが声を掛け、みんなで一斉に手を合わせた。
コウリは皿に盛られたカレーを見つめ、しばらく黙っていたが、やっと一口食べて、ホッとした表情を浮かべた。
「……うん、うまい。意外と」
「意外とってなんだよ」
オレが笑いながら言うと、コウリは小さく肩をすくめた。
その後も、みんなで楽しくカレーを食べ、笑い声が絶えなかった。
――この瞬間だけは、みんな普通の生徒の顔だった。