冬 4-12
「……センセ? いま……クリスの声が聞こえなかった?」
ミツキは、ふとした寒気に襲われながら、センセを見上げた。センセは静かに微笑む。
「さぁ、オレには聞こえなかったな」
部屋の中に、微かに漂う 煙の匂い。
焦げつくような、少し苦い匂い。
タバコのそれに似ているけれど、どこか違う。
ミツキは鼻をすんと鳴らしながら、センセの服の袖を掴む。
「センセ。また……タバコを吸ったの?」
センセは少しだけ目を細め、僅かに口角を上げる。
「少し煙の匂いがするかな」
「……いつもと匂いが、違う気がする」
センセは一瞬、動きを止めた。
ほんの一瞬だけ、呼吸すら忘れたように。
けれどすぐに微笑みを取り戻し、軽く肩をすくめる。
「……気のせいだろう」
そうかな。
本人がそう言うのだから、そうなのだろう。
あたしはそう思うことにした。
だけど、何かが引っかかる。でも、何が引っかかるのかが分からない。センセの指が、ゆっくりとあたしの髪を撫でた。
「さっきの続きの話をしていいか?」
「……さっきの、はなしの……つづき……?」
「そう、ミツキがオレのことが好きで、オレがミツキのことを好きな話」
センセの声は 優しくて、温かくて。それでいて 底の見えない深い闇を孕んでいた。胸の奥で、小さな警鐘が鳴る。
——何かがおかしい。
だけど、何がおかしいのかが分からない。
センセの瞳の奥で、奇妙な光が揺らめいた。
——その光を知っている。
でも、どこで見たのか思い出せない。
思い出す前に、センセの手が そっと頬に触れた。
「ミツキ……もう誰も守らなくて良いんだ」
指先がゆっくりと 顎を持ち上げる。
「オレがお前を守る。約束する」
センセの顔が、ゆっくりと近づいてくる。
——ダメだ。
何かが、決定的に、取り返しのつかないことになろうとしている。けれど、身体が 動かない。




