冬 4-11
「私とあなたを一緒にしないで頂戴……!! イワミタケト……!!」
その瞬間、目の前の男は オヤッ という顔をした。
「名前を……誰から教わったんだ?」
「それが、あなたの“本当の名前”なのね」
「……どこから“本当”とするかは考える余地があるな」
センセ――イワミタケトと呼ばれた男は、わずかに俯き、何かを考える素振りを見せた。静寂が落ちる。その沈黙が、やけに長く感じられた。
そして次の瞬間には、もう静かにクリスを見つめていた。
「でも……とても残念だ。クリス。君とは分かり合えると思ったのに」
ぞわり と、肌が泡立つ。
まるで冷たい手が、心臓の奥をなぞるように。
クリスは違和感を覚えた。
指先から、腕、肩へと 何かが入り込んでくる。
関節が軋み、神経が勝手に動かされる。
粘つく何かが、骨の中を這い回る感覚。
「な……に……?」
曲げようとしていないのに、曲がっていく。
銃口が徐々に、徐々に、自分の喉元へと向きを変える。自分の意思に反して動く腕と指先。
止めようと力を込めた瞬間、指がそり返った。
バキッ
鈍い音とともに、薬指が折れる。
「グッ……! なにをして……!?」
「さっきと同じことさ」
イワミタケトは静かに微笑んだ。
クリスは、勝手に口が開くのを止められなかった。
銃口が、ゆっくりと口の中に滑り込んでいく。
舌先に、ひんやりとした銃口の感触。
鋼鉄の味。
奥歯に当たる金属の冷たさ。
喉奥まで入ってきたら、おそらく一瞬で死ねる。
クリスの脳裏に、どうでもいい日常の光景が流れた。
(ああ、野菜室の中にブロッコリーがあったな)
(今日中に茹でなくてはいけない)
(ミツキもトーマスも、ろくに料理なんてしないのだから)
(私がやらなければ、あれは冷蔵庫の奥で閉じ込められて、やがて腐ってしまう)
……こんなところで死ねるか。
「アンタと一緒なんて、死んでもごめんだわ……っ!!」
バキィィッ
トリガーに掛けていた指が、すべて折れた。
続けて、肘関節が 逆方向にひしゃげる。
関節が砕け、ぶらぶらになった右腕から銃が落ちる。
だが、クリスは 無事な左手 で グロックを掴んだ。
(利き腕を残しておいてよかった)
そう思う間もなく、クリスは 引き金を絞る。
銃口の先には、センセの顔をしたバケモノ。
冷たく、乾いた冬の空に、銃声が響く。
次の瞬間、クリスの視界が 暗転した。




