冬 4-9
「ミツキを離しなさい!!」
クリスの怒声が空気を切り裂いた。銃口が真っ直ぐセンセに向けられる。だが、彼はまるでそれを意に介さない。微動だにせず、ただ淡々とミツキを見下ろしていた。
「……ミツキ。すこしここでじっとしていてね」
センセの声が優しく響く。まるで幼い子供をあやすような口調だった。
その瞬間——ミツキの瞳から、光がすっと消えた。
彼の意識が、まるで泥の中に沈んでいくように遠のいていく。体は鉛のように重く、声を出そうとしても喉が動かない。ただ、そこに立ち尽くすことしかできなかった。
(なに、これ……?)
心が警鐘を鳴らしているのに、体はまるで反応しない。クリスは歯を食いしばった。
「ミツキに、なにをしたの……!?」
銃を構える手がわずかに震える。それでも、指にかけた引き金を引くことはできなかった。
センセはゆっくりとクリスへ視線を移した。
「なにもしてないよ。……まだ、ね」
ふわりと微笑む。
だが、その笑みには人間らしい感情が欠けていた。まるで、誰かが人の皮をかぶったような——そんな薄気味悪さがあった。
センセは一歩、足を踏み出す。銃口を向けられているというのに、怯む様子はまるでなかった。その瞳には、不気味なほどの冷静さと、確信に満ちた光が宿っている。
「ミツキにはオレの世界に入ってもらったんだ。」
「……世界に入る、ですって?」
クリスは思わず聞き返した。寒気が背筋を這い上がる。
センセの微笑みが、ほんのわずかに深まる。
「そう。」
乾いた声が落ちた。
「オレの力は、特定の条件が揃うと発動する仕組みなんだ。名前と顔。それが揃えば、オレはその人をオレの世界に取り込むことができる。」
その言葉に、クリスの心が凍りついた。
センセの言う「オレの世界」とは、決して比喩ではない。
これは——現実だ。
「名前と顔が一致すると、オレはその人の意識をオレの世界に閉じ込めることができる。その世界は、オレの手のひらの中。現実のように見えて、でも違う。全部、オレが作り上げたものなんだ。」
ぞわり、と嫌な悪寒がクリスの背を駆け上がる。
センセはもう一歩近づく。その足取りは静かで、確実で、まるでこの世界の法則すら支配しているかのようだった。
「つまり、名前と顔が揃った瞬間から、そいつの世界はオレのものになる。」
静かな声が響く。
——オレのものになる。
その言葉が、クリスの中で重く響いた。
「……アンタの世界って、一体、何なのよ。」
かすれた声で問う。センセはふわりと微笑んだ。
「オレの世界は……彼女たちが望んだ場所を作ることだ。」
「望んだ……世界?」
その言葉に、クリスは眉をひそめる。
「オレならどんな場所でも、作り出せるし作り替えられる」
センセの瞳が、ひどく純粋な光を帯びる。だが、それがかえって異常に思えた。
「君のいる現実なんて、もう意味を成さない。オレが作る世界では、すべてがオレの思い通りになるんだ。」
——ぞっとするほどの確信。
クリスの指が、引き金にかけた力を強める。
「バカなことを考えないで頂戴! そんなの、支配と変わらないじゃない!」
鋭い声が屋上に響く。
だが、センセはまるで傷ついたように、肩をすくめてみせた。
「そう言われると、傷つくなぁ。クリス。」
軽やかな声とは裏腹に、その目には微塵の揺らぎもなかった。それどころか——底知れない闇が、そこに広がっていた。




