冬 4-8
センセはしばらくミツキの顔をじっと見つめていた。
その視線の奥に何が潜んでいるのか——ミツキには分からなかった。ただ、じわりと肌の奥へ染み込んでくるような違和感だけが、確かにそこにあった。
「オレも好き。ミツキのことが好きだよ」
ふわりとした響きだった。ひどく軽やかで、まるで風に溶けてしまいそうなほど頼りない。それなのに、その言葉は静かに降り積もるようにミツキの中に入り込み、いつの間にか身体の内側をじんわりと冷やしていく。
喜びのはずなのに。心が弾むはずなのに。
なのに——なぜ?
センセの手が伸びてくる。
ゴツゴツとした指の腹が頬に触れた瞬間、温もりが伝わった。けれど、それは人のぬくもりというよりも、何か違うもの——形だけを真似た、作りものの温かさのように思えた。
「……センセ?」
小さな声が漏れた。
センセの指が、ゆっくりとミツキの頬をなぞる。その動きがあまりにも優しすぎて、まるでガラス細工に触れるような慎重さだった。普段の乱雑な仕草とはかけ離れている。
違う。違う、これは——。
(——これは、本当にセンセ?)
自分の問いが、自分の中に沈んでいく。
そのとき。
階下から、誰かが駆け上がってくる音が聞こえた。
反射的に振り返る。
けれど、そこには誰の姿もない。ただコンクリートの階段が、無機質な影を落としているだけだった。
……いや、違う。
誰も「いない」わけじゃない。
ミツキの耳は確かに捉えていた。足音は、まだ続いている。確かに、こちらへ向かっている。けれど、それなのに、誰の姿も見えない。
センセが、息を吐いた。
「……ああ、邪魔者が来ちゃった」
ひどく冷めた声音だった。
その声が、ミツキの耳元で響く。けれど、それがセンセの口から発せられたものなのか、どこか別の場所から囁かれたものなのか、判別がつかなかった。
同時に、世界がわずかに歪んだ。
ほんの一瞬、視界の端が揺らめく。何かが反転したような感覚に、ミツキは息を呑んだ。
気づけば、屋上を覆う空の色が変わっていた。
さっきまでの冬の曇天はいつの間にか剥がれ落ち、代わりに、得体の知れない「なにか」がそこに広がっている。
——あれは、なんだろう?
ミツキの背筋に冷たいものが走るが、それを知覚する前にミツキの体はまるで岩のように動くことができなくなった。




