冬 4-6
クリスが職員室の扉をくぐった瞬間、警報が鳴り響いた。
——防火壁が作動している。
空気が振動するような轟音が廊下を駆け抜け、鋼鉄の壁が無機質な音を立てながら降りていく。その速さは容赦なく、まるで逃げ道を削り取るかのようだった。
クリスは反射的に足を止めた。
そして——視界の端で、何かが動いた。
防火壁の隙間、その向こう。
朝の光を背に、ミツキが駆けていた。
制服の裾をなびかせ、迷いなく階段を駆け上がる。彼女の足取りは軽やかで、それでいて切迫していた。
「——ミツキ……?」
言葉が喉の奥でかき消える。
どこへ行く気だ? 何をしようとしている?
だが、問いかける間もなく、すぐに理解した。
——屋上だ。
朝日がまだ柔らかい光を投げかける、あの場所。かつて、ミツキとセンセが並んで座っていた屋上。誰にも邪魔されることのない、ふたりだけの空間。
あの時、やめさせていれば——胸の奥が、冷たく軋んだ。
「ミツキ!! 待ちなさい!!」
叫んだ。だが、彼女は振り返らない。鋼鉄の壁が、ゆっくりと視界を閉ざしていく。
ミツキの背中が、足が、その金色の髪の端までもが、朝の光とともに隔たれていく。
——完全に遮断された。
クリスは拳を握りしめる。いやだ。
こんなところで終わらせるわけにはいかない。
ドンッ——
拳を壁に叩きつける。冷たく、揺るがない鋼鉄の感触が返ってくる。
「クソッ……!」
息を乱しながら、クリスは考えた。
次に向かうべき場所は? まだ、追いつける道は?
旧校舎。外階段。
クリスは迷わず駆け出した。
朝の空気が、頬を撫でるように流れていく。遠くで、鳥の声が聞こえた。金属の階段を踏みしめるたび、靴音が乾いた空に響く。
胸の奥が重い。それは体の疲れではなかった。嫌な予感が、胸の奥で膨らんでいた。
心臓が速くなる。だが、それでも足を止めることはない。
——ミツキに、追いつかなければならない。
その一心で、クリスは屋上へ向かって駆け続けた。
手すりにかけた指が冷たい。肺が焼けるように痛む。だが、そんなことはどうでもよかった。
——ミツキ。止まれ。
叫びたいのに、声が出ない。
思い出すのは、風の音。湖の水面を揺らす、小さな波。
そして——
遠くの対岸で、無邪気に手を振る、小さな影。
「——!」
クリスは奥歯を噛みしめる。
違う。これはただの錯覚だ。
ここは湖じゃない。あの子は、ミツキじゃない。
それでも、どうしてだろう。
朝の光を背負いながら、迷いなく駆けていく小さな背中が、あの日と重なる。
頼む、そちらに行かないで。
振り向くな。手を振るな。ただ、止まって。
そうすれば私が、助けてあげられるから。
胸の奥で誰かが叫んでいる。それは幼い頃の自分だ。結局、図体だけが大きくなっても、心は大して成長しないものね、とクリスは毒吐いた。
だが、クリスの叫びはミツキには届かない。ミツキは振り向かない。彼女は、ただ前だけを見て、屋上へと向かっていた。
クリスは息を詰める。世界が一瞬、無音になったような気がした。
まだ間に合う。
あの時と違って、今度こそ——足を止めるわけにはいかない。
防火壁の仕組み、全然調べてません。全部想像です。
警報機鳴ったら外に逃げましょう。




