秋 3-7
朝から校舎は異様な活気に包まれていた。
教室の窓を開けると、廊下の向こうから笑い声や準備の掛け声が響いてくる。屋台の呼び込み、ステージのリハーサル、ポスターを抱えて走る生徒たち……普段の授業とは違う、文化祭特有の熱気が学校を支配していた。
「うわっ、賑やかだな……」
オレは思わず眉を上げる。久々にこういう雰囲気に触れたせいか、少し気圧される。
「センセ、ぼーっとしてないで!こっちはまだ準備終わってないんだから!」
ミツキが腕まくりをしながらオレを睨んだ。彼女の目の下にはほんの少しだけクマがある。昨夜、屋上でのことを引きずっているのか、それとも単に文化祭の準備疲れか……。
「はいはい、手伝うよ」
「言うのが遅い!」
サメ釣り屋台の準備はまだ終わっていなかった。
海に見立てたブルーシートの上に手作りのサメ型浮き輪を並べる。釣り竿の代わりに、磁石付きのヒモをつけた棒。引っかけて釣り上げるだけの簡単な遊びだが、子供ウケは良さそうだ。
その肝心の釣竿の準備が間に合っていないのだ。全員で釣竿の先に紐を結ぶ作業に追われていた。
「……ほんとに大丈夫なのか?」
「大丈夫ですっ!」
リサがキビキビと準備を進めながら答える。いつもはおどおどしているのに、こういう作業になると意外と頼りになる。
「意外としっかりしてるんだな」
「ひ、ひどいですよセンセ……。わたしだって、こういうのは得意です」
リサはむっと頬を膨らませながら、手を動かし続ける。その隣で、コウリは無言で紐と磁石を結ぶ作業をしていた。
「コウリ、お前も手伝うんだな」
「……うるさい。どうせやるなら、ちゃんとやるだけだ」
「へぇ、真面目だな」
「別に」
相変わらずの不機嫌そうな顔だが、手はしっかり動いている。
準備に追われるうちに、文化祭開始の時間が近づいてきた。校舎内の喧騒が一際大きくなり、校庭ではマイクテストの音が響く。
「もうすぐ始まるぞ!」
「はい!」
「やれやれ……。なんだかんだで間に合いそうだな」
そう言いながら、オレはふとミツキを見る。
彼女は半端に結んだ紐を手に持ちながら黙って、遠くの空を見ていた。文化祭の喧騒とは対照的に、どこか寂しげな顔で。
「ミツキ?お前、どうした?」
「……なんでもないよ」
ミツキはそう言って、ペンキの筆を動かし続ける。
けど——オレには分かっていた。
屋上でのこと。文化祭の準備中に、ふと見せる視線。そして今の、どこか遠くを見ているような表情。
ミツキは、オレを見ている。
オレはそのことに気が付かないようにして、何も言わないまま、ペンキの缶を持ち上げた。
「ほら、手が止まってるぞ。まだやることは山ほどある」
「……分かってるよ」
ミツキは何事もなかったように笑って、筆を動かす。
秋の空は高く、文化祭の喧騒が広がる中——オレだけが、そのひとつの気持ちに気づいてしまっていた。




