秋 3-6
タバコの匂いが、秋の風に乗って漂う。
センセは金網に寄りかかりながら、無造作に煙を吐いた。少し目を細めて、遠くを見ている。夏が終わったせいか、海の匂いはもうしない。ただ、涼しくなった空気が少し肌寒いくらいだった。
「……お前、またそのパン食べてんのか。好きだなぁ」
不意にセンセがこっちを見る。
「美味しいじゃん」
ミツキは購買で買った袋から菓子パンを取り出して、一口かじった。チョコが甘い。
「毎日は流石に飽きるだろう。というか、こんな時間にそんなモノ食って、夕飯食べれんのか?」
「余計なお世話なんだけど」
ツンと横を向いてパンをかじる。いつもの軽口、いつものやりとり。——けど、いつものセンセじゃない。
ミツキは、なんとなく胸の奥がざわつくのを感じていた。
夏の海以降、センセは変わった。
警護のクリスは、いない。信頼を勝ち得たのか、それとも諦められたのか。どちらかは分からないが、屋上に来る時間だけは警護がつかなくなった。自由になったはずなのに、センセはまるでどこかに囚われたみたいだった。
「……センセ」
ミツキはパンの袋を握りしめる。
「ん?」
センセがこちらを見た。
「……なんか、悩んでる?」
「お前が言うと、すごく深刻そうに聞こえないな」
「ふん、余計なお世話?」
「いや……」
センセは苦笑して、タバコをくわえ直す。その仕草が、やけに大人びて見えた。
——センセの頭の中には、『藤原雪』がいる。
それがすごく、嫌だ。
その名前が出てこなくても、分かる。センセの目の奥に、誰かがいるのが。あの海で見た横顔とは違う、どこか遠くを見ている顔。
あの時までは、センセはオレたちのことを見ていた。
でも今は、違う。
オレがここにいても、センセはどこか遠くの誰かを探してる。
「……センセさ」
ミツキは言葉を選ぶように口を開いた。
「なんだよ?」
「なんで、そんなに藤原雪のこと気にしてんの?」
空気が、一瞬止まる。センセの手が、タバコの灰を落とし損ねるのが見えた。
ミツキは自分の胸の奥に、嫌な痛みを感じる。
センセが私のことを見るよりも、ずっと深く考え込む顔。その顔を見て、ようやく気づいた。
——わたし、センセが好きなんだ。
言葉にしたら壊れてしまいそうなほど、不安定で未完成な気持ち。でも、確かにそこにある。
「……っ、やっぱいい」
ミツキはパンを乱暴に口に押し込み、ごまかすように飲み込んだ。
「おい、そんな食い方して喉詰まるぞ」
「んぐっ……んん……!センセのせいで変なこと言いそうになった!ばか!!」
センセはきょとんとして、それから苦笑する。
「なんだそりゃ……」
ミツキは、自分の頬が熱くなるのを感じながら、黙って屋上のフェンスにもたれかかった。
秋の風が、いつもより冷たく感じた。




