秋 3-5
廊下の向こうから、楽しげな笑い声や叫び声が聞こえてくる。
文化祭の準備が本格化し、校舎内はいつにも増して活気に満ちていた。どこかのクラスが大声で出し物の宣伝をしているのか、ドア越しに拡声器の声まで響いてくる。
オレたちの教室も、それなりに慌ただしかった。
机や椅子を動かし、見栄えが必要なところにはベニヤ板をそれ以外のところには段ボールを切って貼り付け、塗装する。3人しかいないはずなのに、やたらと賑やかだ。
ミツキがベニヤ板に「サメ釣り屋台」の看板を描きながら振り返る。
「センセ、ちょっとそこの水色のやつ取ってー」
「ほらよ」
オレは言われるがままに水色のペンキ缶をミツキに手渡す。刷毛を握り、木材に色を塗りながら、オレはふと口を開く。
「そういえば……お前ら、魔法少女なのに魔法には頼らないんだな」
その一言に、ミツキ、リサ、コウリが顔を見合わせる。
「センセ、知らないの?」
ミツキが呆れたように言う。
「魔法少女は、怪人とか怪獣が現れた時以外に魔法を使っちゃダメなんだよ」
「き、基本的にはそうですね……」
リサが申し訳なさそうに補足する。
「え、そうなのか。知らなかった……!」
オレが驚くと、ミツキがにやりと笑った。
「魔法を使えば簡単に終わると思ったんでしょ〜?ダメな大人ね」
「教師を人手に数えているお前に言われたくないな」
ミツキが「へへっ」と笑いながらペンキの刷毛を動かす。教室の窓から射し込む光が、塗りたての木材を優しく照らしていた。
しかし、次の瞬間、ミツキの動きがふっと止まる。
「……私たちの力は、私たちのモノじゃないんだよ」
教室の外では、生徒たちの声が弾けるように響いている。廊下を走る音、屋上で練習している吹奏楽部の演奏、準備に追われる笑い声。
それなのに、この教室の中だけ、時間が止まったように静かだった。
夕暮れの光が窓を染めている。
赤く、橙色に。
ペンキのにおいが、少しだけ懐かしく感じた。
オレは刷毛を握り直し、何か言おうとしたが——やめた。ミツキも、リサも、コウリも、何も言わずに作業を続けていた。
文化祭はもうすぐだ。
祭りが終わると、また日常が戻ってくる。
けれど、彼女たちにとって「日常」とは、本当に普通のものなのだろうか?
窓の外、茜色の空がゆっくりと夜へと溶けていく。静かな教室の中で、オレはただ、ペンキの刷毛を動かした。




